終末期ケアを取り巻く諸制度
<添付資料>
貧血が原因で苦痛症状を呈している時でも、少なくとも2週間の生存が期待できる患者には、輸血が適応となる。
めまいや労作性呼吸困難が、貧血によるものなのか、進行した悪性腫瘍によるものなのかを鑑別するのは難しい。患者の予後が、(数日というより)数週間ならば、輸血をしてみるとよい。それで症状がかなり改善されれば、輸血をした価値があったことになり、症状に変化がなければ、事態は明確になり、それ以上の輸血の適応はない。
進行した悪性腫瘍の衰弱や疲労の回復には、輸血はあまり有効ではない。
あえて輸血をすることがあるのは、(結婚式に出席するなどの)特別の機会に患者を元気づける場合である。しかし、その効果は(1〜2日間)の短期間にすぎない。
輸血1単位は、ヘモグロビン値を約1g/dL上げる。普通は、輸血の初期段階で循環血液量を増加させて心不全を起こすことがないように、フロセミド40mgを経口投与しながら、4単位の赤血球パックを16時間以上かけて与える。
セント・クリストファー・ホスピスでの4年間(1980-1983)の調査結果によると、(入院した約2,500人のがん患者の中で)輸血を受けたのはわずか23人であった。そのうち、13人が改善を示し、7人は軽い副作用(発熱、心不全、一過性の錯乱を伴った尿素値上昇)を起こし、1人だけが重症の、輸血による副作用を示した。輸血はリスクを伴うので、末期患者と取り組む時には、医原的な災いを起こすことにも配慮しておかなければならない。
多種類の輸液を受けても効果が少ない時には、患者は気軽に話し合いに応じ、輸血の中止を歓迎するものだ。いつもしている輸血を止めたからといって、それが死を早めることはない。時には、低いヘモグロビン値に合わせて、数週間も数か月も生きる患者がいる。
コントロール不能なある程度以上の出血は、通常、輸血の適応とならない。かえって、出血を激しくするだけである。
低色素性小球性貧血(平均赤血球血色素量も平均赤血球容積もともに低い)を示すような鉄欠乏性貧血の患者で、予後がかなり期待できる場合には、鉄剤を与えるとよい。硫酸鉄の錠剤は、胃炎を起こさせないために食事と一緒に与えること。かなり病気が進んで、鉄欠乏による便秘に悩んでいる患者には、他のどんなものよりも鉄剤投与の価値がある。
Anorexia 食欲不振
食欲不振は、ホスピス患者の約65%に起こる。
対応策には次のようなものがある:
1. 原因を探る
2. コルチコステロイドの投与を考慮する
3. メトクロプラミド[制吐薬]を考慮する
4. 食欲がそそられるような食事を提供する
5. 患者と家族に説明する
6. 栄養士からの助言を求める
1. 原因―鵞口瘡、吐き気、便秘、高カルシウム血症を治す。不必要な薬はすべて中止する。食欲不振は、化学療法や根治的放射線療法の後に起こる。放射線療法も緩和ケアのための低線量なら、食欲不振を起こすことは稀である。原因不明で食欲不振が起こることも多い。ある場合には、腫瘍ペプチドに起因していることもあり、それが代謝に影響する(その証拠に、プラスマフェレシスが24時間の食欲を改善させたこともある)。心理的な要因も重要である。食欲不振は患者の意欲(モラル)によっても左右される。ひどい食欲不振に陥っている患者も、ひとたびホスピスやデイケア・プログラムに入って安心できる環境になると、食欲を回復することが多い。
2. コルチコステロイド―患者は食欲不振を病状の悪化と受けとめる。終末に近い暗示と受けとることもある。食欲が回復すれば意欲を増すことが多い。コルチコステロイド(デキサメタゾンを1日4mg、あるいは、プレドニゾロンを1日30mg)が、約80%の患者の食欲回復に役立つ。サイプロヘプタジンもときどき食欲亢進薬として用いられるが、効果の出ることは稀である。酢酸メゲストロール(1日に480〜1,600mg)が進行性乳がんの患者の食欲を回復させ、体重も増やすという証拠もいくつかある。ビタミンCの大量投与(1日に500mgを4回)を6週間以上続けるのも、食欲を回復させ、状態を好転させるという証拠もある。
3. メトクロプラミド―食欲不振が膨満感や胸灼けによって起こるのは、胃の拡張不全が原因である。その時には、食前のメトクロプラミド10mg投与が有効である。(→胃の拡張不全症候群)
4. 食事―美味しそうに見える(塩味や薬味を利かせた)味つけの濃い好物が出されると食がすすむ。患者が普段からたしなんでいれば、食事と一緒にアルコール飲料を出すのも適当な方法である。少量ずつ出すのが大切なのである。量が多いと、健康だった日々を思い出し、意気阻喪させることもあり、患者によっては吐き気を惹き起こすこともある。従来の食事時間を厳格に守るよりも、おなかがすいたと感じた時に食べさせる方がよい(電子レンジがあると、それに直ぐに応じることができる)。また、病室以外の部屋で食べる方が食欲を増すこともある。
食事時間に、強烈な調理のにおいがただようのは避けるべきである。患者は気持ちがよくないのだから、時には冷たい食事を好む。少し手をつけた程度で許してあげることも必要である。流動食さえあれば十分なのである。(■食事療法)
5. 説明―患者の食欲が不振であることを、家族に説明しておくことが大切である。心を込めてつくってきた食事を患者に拒否されると、家族は愛情を拒否されたと感じるかもしれない。病気が進むと患者の味覚に変化が起こり、好みが変わるのが普通であることを、家族に説明しなければならない。動かなければ、食べ物への欲求が落ちるのである。食べないからといって、危険になることはない。患者は、いま自分に何が必要であるかを知っているのである。家族ができることは、最後まで水分を飲ませるようにすることであって、食べるようにすることではない。したがって、死を間近にした患者に食事を強要するようなことを、家族にさせてはならない。
6. 栄養士―栄養士からのアドバイスも受け入れることである。栄養士は、栄養のバランスに関してアドバイスしてくれる。患者の味覚が変化したり、口腔内に炎症がある場合を乗り切る方法を示唆したり、いろいろな経口栄養食品の利用についても助言してくれる。
★高カロリー輸液や経静脈的非経口的栄養法は、実際的にみて食欲増進や体重増加にはつながらない。末期の患者には、ほとんど使えない。(■栄養)
Antibiotics 抗生物質
進行した疾患の症状をコントロールするには、抗生物質は重要な位置を占める。感染で症状が起こったら(細菌培養検査のために、擦過物などの検体を採取した後)、直ちに、適当な抗生物質で治療しなければならない(つねに、薬物アレルギーの有無を尋ねておくこと)。
蜂窩織炎、肺炎、尿路感染症には、広域の抗生物質を処方する。時には、菌血症によると思われる発汗のある患者にも薬剤感受性の検査結果を待たないで、試験的に広域の抗生物質を投与する。
嫌気性菌に対する広域抗生物質であるクロラムフェニコール500mgの1日4回投与は、非常に有効である。副作用は全くといってよいほどにない(骨髄障害は稀で、3万人に1人の割合である。末期患者には受け入れられる率である)。
致死的と思われる肺炎患者には抗生物質を与えないでおくことが時には正しい処置となることもある(この時、呼吸困難、咳、胸痛などの症状にはモルヒネやスコポラミンで対処する)。クオリティ・オブ・ライフについて話し合いをしてみると、ときどきは、患者が肺の感染症に対して、これ以上積極的な治療を望んでいないことがある。その決定を、医師が行わなければならない場合もある(患者をよく知っている医師が望ましい)。積極的な治療をしても、死への道程を延ばすだけである。患者の残りの人生の質を向上させるどころか、「医師のつとめとして生き永らえさせる」だけである。
Anticholinergics 抗コリン作動性薬
スコポラミンは、末期のケアには重要な薬である。分泌物をおさえ、
●理学療法(関節可動域の拡大、呼吸法、緊張緩和療法(リラクセーション))
●作業療法
●グループによるレクリエーション活動
●趣味や手工芸
●家族へのサポート
●霊的な支え(チャプレン、教会の行事)
●ソーシャルワーカーとの接触
目的―デイ・ホスピスの目的は、患者ができるだけ自立性を保てるように援助することにある。全体的なリハビリテーションの一部として、患者個人が成長するよう奨励される。医療や狭い意味での治療よりは、社会的なものや気晴らしに重点が置かれる。患者(時には家族も参加を希望して)は、デイ・ホスピスにおける活動を楽しむ。(■作業療法)
デイ・ホスピス・ケアは、介護家族に身体的、心理的な休息を与えるだけでなく、それに加えて、家族に〈休暇〉を与える。その間、デイ・ケアは、有能なサポート・グループとして、患者が感じていることや欲求不満などについて話し合う。
デイ・ホスピスのプログラムにしたがって、症状コントロールやリハビリテーションが上手くいくと退院可能である。家に帰っても、さらに新しくサポートが受けられる。(■リハビリテーション)
N.J.さん、56歳、男性 肺がんとなり非常に心配症であった。痛みのコントロールのためにホスピスに入院してきたが、恐ろしくて家に帰れなかった(「1日中、一体何を考えているのだろう?」)。ところが、入院中にデイ・ホスピスに通いはじめ、木工品作りを習い、それに夢中になってしまった。これが彼に家に帰る自信をもたらし、自宅でもその趣味を続け、週に2回デイ・ホスピスに通って、最後の6週間を家で過ごすことができた。結局、その日々がN.J.さんと妻の充実した時間となった。
Dehydration 脱水
末期の脱水は苦痛にはならない。脱水の唯一の症状は口の渇きである。しかし、患者は口の渇きを感じない。それは、飢餓状態の人が空腹を感じないのと同じである(イギリスのホスピスでは、臨死患者に経静脈的に輸液をすることはない。患者が渇きを訴えた時のみである―それも稀である)。
死が近づいている人に、経静脈的輸液をすると、不快感を増すだけである。家族の感情的な苦痛をもつのらせることになる。
末期の脱水は避けられないことではない。高カルシウム血症の研究をした時、22人の患者から死の48時間以内に採血したところ、12人は尿素窒素と電解質の値が正常であった。
死が間近な患者には、脱水がいろいろと有利に働く。肺からの分泌が少なく、吐き気のような症状も減る。尿量も減って、失禁の可能性が小さくなる。
ただし、2時間おきの口腔ケアは大切である。
Denial 否認
否認は異常な行為ではない。特定のことに心を集中させるのは正常だが、それが行き過ぎると否認が起こる。人間の精神が正常に機能するためには、情報を選択できなければならない(例えば、われわれを取り巻く危険性に絶えず注視していると、無用な不安に陥ることになる)。
進行がんを持つ人間にとり、否認はがんと取り組む正常な心理過程(メカニズム)である。病気と差し迫っている死を、どの程度まで受容するか、心が動揺するのである。(■死にゆくことへの対応)
★「太陽も死もじっと見つめるこ、とはできない」(ラ・ロシュフーコー)
生き方を変えるような知らせ(「あなたはがんに罹っています」)を聞けば、すぐにいろいろな結果を考えて打ちのめされる。それに適応しようとするなら、知らせの内容を否認して、他のことに集中せざるを得ない。悪い知らせを受け入れるようになるまでには、時間がかかる。
横隔神経(頸部から縦隔へ走る)の刺激、横隔膜を押し上げるような巨大肝腫、胃部膨満(ガスや食物による)、あるいは尿毒症などによって起こる。
ガスは、ハッカ水(下部食道括約筋を弛緩させる)や抗発泡作用のあるシメチコン、水酸化アルミゲルなどで緩和できる。
メトクロプラミド10〜20mgを1日4回服用すると効果がある。クロルプロマジン25mgを1日に2〜3回服用してもよい。特に、尿毒症の時に効く。ひどいしゃっくりには、クロルプロマジン25mgの静注を試みるとよい。
大きな縦隔腫瘍がある場合には、放射線療法が適応になる。
最後の手段としては、横隔神経遮断術がある。局所麻酔5%のフェノール注入や頸部の横隔神経を圧挫する方法を用いる。
Hoarseness 嗄声(させい)
嗄声の主な原因は:
●喉頭の鵞口瘡(■カンジダ症)
●反回神経麻痺
患者は、声が完全に出なくなるのではないかと恐れるが、そのようなことまでは起こらないと説明して安心させることが大切である。
反回神経麻痺による嗄声は、気管支のがんによくみられる。これには、麻痺した声帯の外側にテフロンを注入する。テフロン樹脂が声帯を正中に押していくので、正常に機能している側の声帯と接触できるようになり、その結果、発声が回復する。
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