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人体解剖実習レポート
順天堂大学大学院スポーツ健康科学研究科 井上節子
 解剖実習1日目、御遺体を前にして学生実習とは考え難く、緊張の連続であった。3日目くらいまでお茶の水の行き帰り時、自宅での予習で机に向かっている時、眠る時、頭の中をそのことが駆けめぐり家族に解剖室の状況、先生方のこと等、聞いてもらった。息子(医学部の学生)にも長距離電話で解剖の話をしていたように思う。誰かと話さなくては落ち着かなく、他人に話せない分、家族には迷惑をかけていた。
 4日目くらいから、手指が荒れたり、手首が痛くなったりと実習室で『物質の世界の存在』を感じるときがあった。坂井先生が言われているとおりであった。ガレノスの1600年頃すでに、人体の不思議を解明することが始められたと言う事に感銘を受けた。私は2002年に初めて実習に臨み、人体の諸器官の有用性をガレノスと同様に目の前に見せていただいた。今日まで解剖学の発展により、人体の解剖から得た知識は、医学だけでなく、工学的、社会学的、全ての学問に生かされて来ていることを感じた。
 人体解剖に3種がある事、正常、病理、法医解剖とあるなかで、私たちは正常解剖を行うこと、そして教育的な解剖であることを最初に伺った。そして献体について存命中に、意志決定が行われていることも伺った。20年前になるが、私の父が国立病院で亡くなったとき、大変お世話になった先生が、解剖の許可を私の家族に問われた。私たち家族は大変悩んで、父ならどのように答えるか考え、生前、手術が大嫌いであったので、献体をお断りしたと言う経緯があった。それ以来私は、献体は残された家族が決定することであると、何となく考えていた。しかし、坂井先生は『人格を持った個人の遺体』と、ご遺体であっても人格があることを強調されていた。何となく先生の言葉にほっとした。
 順天堂大学にある標本と同じ様な標本を、7年前に『人体の世界』と言う展示会が横浜で行われた時私は見た。その時購入した本が、今自宅にあるが、この時人の臓器に不思議さを感じた。私は短大で、生化学と生化学実験を受け持ち、将来栄養士になる学生の教育に当たっている。以前より人体の構造に興味があった。教員の不足から、去年、一昨年と解剖学実習を任され自分なりに学びながら、実験を行っていた。このカリキュラムの中で人体測定があり、胴、上肢、下肢、頭部等の大きさを細部に渡って、50カ所くらいの測定を行ってきた。これらのデータを統計処理して、20歳代の女性の体位についてまとめてきた。
 この時測定データのばらつきが生まれやすい箇所が何ヵ所かあった。このことがこの実習で理解された。脂肪が多く付いていたり、骨と骨の結合部が内部にあったりで誤差が生まれやすいと理解することができた。
 骨格だけでなく解剖していて筋肉が大きく目についた。同じ実習グループの男性達は筋肉について詳しく、とても興味を持たれていたように思った。筋肉は鍛えるとぺらぺらでなく、強く、厚くなる。骨格を激しく動かすスポーツには、これを鍛えなくてはできないと思った。私は2、3年前より肩が痛く、肩を動かす筋肉に関心を持って見た。肩、上腕骨が動くとき、関節が擦れ合うと痛くなる。五十肩の始まりなんだと感じた。多くの骨の名前、筋肉の名前、神経の名前、はじめに先生が内側、外側、外転、内転のお話があったので少しは理解しやすかったが、覚えることはできなかった。
 人体を機能から見ると、動物機能、植物機能があり、植物機能が『生命の維持、エネルギーの供給、恒常性』、動物機能が『情報による身体の制御、生命の活用』など、なるほどと思える分類になっていた。又最近多く行われている、臓器の移植を身近に感じたが、動物機能を持っている物は移植を行わないとのことでした。私の孫が解剖学を学ぶときは、動物機能を持った骨、筋肉、神経も移植が行われていて、骨の大きい体格の良い、筋肉もりもり、神経の図太い人の移植を受けることが出きるかもしれないと思った。また外界と接している部分は、内部に広い表面積を持って物質交換を行っていること、このことを目の当たりに見た。小腸の輪状ヒダ、本で見るのと同じであった。
 循環器系の心臓、心房、心室、動脈、静脈を立体構造として三次元で見たことはすばらしかった。どうしても先生が黒板で説明された事や本では私には理解できなかった。私は学生時代から数学や、科学で立体構造の把握が苦手だった。がその配置、血管の流れ、神経がどのように巡らされているかこの実習では良く理解できた。人体は三次元構造でできていると改めて認識した。解剖の中でいつくかの膜を見ることができたが、胸膜、腹膜、横隔膜、くも膜等、他の臓器と膜で分けられていること、臓器の表面がつるつるしていて擦れ合わないことなどうまくできていた。いつも私は山に登るが、靴擦れができたり、ザックの肩に当たる部分が赤くすれたりしていたくなることがある。こんなに動いて内臓が擦れ合って、まめでもできないのかと考えたことがあった。傷が付きにくく、他の物質が入りにくく、他にも多くの働きが膜にあって、臓器がつるつるしていると思った。又この様な繊細な膜が、どのような構造であるか、もっと理解されれば、日常の生活の中で利用できる。人の体は無駄が無く、合理的、効率的な物ばかりが詰まっている。
 先生の講義の『誠実で責任感の強い腎臓』に大変興味が引かれた。もっと長い時間がほしかった。不要物を排出、内部環境の恒常性、これらの働きに、糸球体(ネフロン)と尿細管が働いている。糸球体の形状の維持に外向き、内向きの圧力がバランスしていて、内部の圧力が、ろ過の圧力の原動力となっていることにびっくりした。腎臓では1日に多くの血液がろ過される。私も血清中のタンパク質のろ過を実験室で行っているが、フィルターを使ってろ過するのに苦労している。遠心分離で1400Gの回転で、30分で少量ろ過をしている。もっと、誠実で責任感の強い臓器の話をお聞きしたかった。
 この実習で、多くのことを学んだが、生化学の講義の中でマクロとミクロが結びあって説明することが多くなったと、感じている。生化学はミクロ的部分を教えていることが多いが、今回の経験で、マクロ部分と結びつけて話すことが多くなったように思える。こうすることで、学生に嫌われる生化学の授業を理解しやすく、興味を持ってもってもらえると思った。今現在は学生としてより、社会人(教員)としてとても役に立っている。私のような若くない者に、貴重な経験をさせていただいたので、すぐ社会に還元できるように努力したいと思っている。御献体をして下さった方、順天堂大学の先生方に深く感謝いたします。







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