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解剖学実習を終えて
琉球大学医学部 山口真弓
 私が医学の道を進もうと思ったのは、アパルトヘイト時代の南アフリカ在住中貧しい黒人の子供たちが医療を受けられず苦しんでいる姿を見たのがきっかけでした。この人たちのために自分は何ができるのだろうか。それを考えたとき、私は医療者として、直接命を救っていきたいと思うようになりました。一人でも多くの病に苦しんでいる子供たちのためになりたい。そしてその子達が元気に学校に通ったりと幸せに暮らしてほしい。そういう強い思いと目的を持って医学を志しました。
 しかし医学部に入学すると、一年目は専門分野でも、顕微鏡レベルでの細胞の観察や体内での化学的な反応を覚えるなどという勉強におわれている自分がいました。もちろん分子レベルでの物事の理解があってこそ、人間の病気を治すことができるのですが、それらの知識が自分のなかで将来患者さんを治療するために全て役立つのだということを忘れがちでした。
 ところが、解剖実習が始まってご遺体を前にした時、「あー、医者とは人間のためにいるのだ」というあまりにも当たり前なことに気付かされました。
 私の前にいるご遺体の解剖を通して人間の体の仕組みについて理解を深めるという貴重な機会であると感じたと同時に、この方の亡くなる前の事、私達のために献体しようと決意してくださったときの気持ちなどを想像し、身が引き締まる思いがしました。
 実習を通して、今までテキストで学んだ事の理解が何倍も深まり、私達一人一人の体の精密な作りに感動しました。そして一人の人間の生命の偉大さを少し感じたような気がします。
 この実習で得た感動、また知識を最大限に生かし、常に人のために、との一点を忘れない医師に成長していきます。
 
『無題』
山形大学医学部 山口佳剛
 僕は今まで人の死に直面する機会がなかった。それゆえ自分が自分の手で御遺体を解剖することに対してものすごく大きな抵抗、恐怖感を抱いていた。
 しかし、一旦実習が始まってしまうとそういった恐怖心は全く感じなかった。あるのは驚きと感動の連続だった。人体は小宇宙とよばれているが、正にその通りだった。筋肉、血管、神経、骨・・・ありとあらゆる組織や器官が複雑繊細かつ精密に合理的に機能しているのが肉眼レベルでも明らかにわかった。その人体の構造、人体の神秘・驚異を自分の目で確かめたことは、今後医学を学び医師になる上で非常に大きな体験になると思う。
 ―人間は生きているだけですごい―それが実習を終えて最も感じていることである。人間は人間社会の中で自らの存在が小さなものに感じることが多い。またはそのようなことは考えないが、偶然の産物ではないこの人体の素晴らしさを考えても、一人の人間の計り知れなく尊く価値のある存在であると考えざるを得ない。さらに大宇宙の目から人間を見つめこの地球上に生まれたことを考えると、小宇宙においてどの組織断片もそれぞれかけがえのないものだったように、一人の人間もこの宇宙の進化において独自の存在意義があるように感じてしまう。少々詩的で医学生として不適切な発想かもしれないが、それくらい人体の完璧な秩序は不思議であった。
 献体者の方、その御遺族の方々、医学生として、一人の人間として素晴らしい学習の機会を与えてくださり本当にありがとうございました。解剖実習で学び感じたことは、今後の人生において忘れることはありません。
 
人体解剖学実習を終えて
日本歯科大学歯学部 山崎由季
 私たちの解剖学実習は、9月下旬の「解剖体諸霊位供養法会」に参列することから始まりました。
 実習が始まったばかりの頃は恥ずかしい話ですが、倫理観ということを特別に意識してはいませんでした。ところが、授業で実習を進めていくうちに「自分はものすごいことをしてしまっているのではないか。ただ授業であるからといって、この献体してくださっている方の尊厳はどのように考えたらいいのか」と思うようになりました。今、私たちの目の前におられる献体の方も、以前は同じように食事をし、仕事をし、一緒に住んでいた家族が居たわけです。献体してくださった方の生前を想像すると、とてもいたたまれない気持ちになったのをよく覚えています。また、その献体の方がどのような気持ちで私たちのように未熟でたいした知識も持たない学生に、亡くなってからも自分の身体を献体しようと思われたかを考えると、一回一回の実習を真剣にやらないわけにはいきませんでした。未熟な学生たちの将来と発展のために自分自身を捧げる。これほどまでに大きな愛のある奉仕があるのでしょうか。
 献体してくださった方にも家族があったわけです。その家族の方々は、自分の家族が献体すると決めた時、どんな気持ちだったのでしょう。正直、私だったら考え込んでしまうかもしれません。家族の方たちも、私たち学生に奉仕してくださったわけです。本当に頭の下がる思いがしますし、また私たちはその気持ちに応える義務があると強く感じました。このようなことを考え、感じるようになってから、私は目の前にいらつしゃる献体してくださった方を「最大の師」であると思うようになりました。解剖学実習を終えた今、知識だけでなく、人間が生きているということについての尊厳や倫理観を考える機会を与えてくださった全ての献体の方と、そのご家族の方に心からの厚い感謝と黙祷を捧げたいと思います。







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