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解剖学実習を終えて
弘前大学医学部
丹野倫宏・多田誠一郎
立川伸雄・千葉茂樹
 私たちは、四月から七月までの三ヶ月間解剖学実習をさせて頂きました。今終わってみて思うことはまず、人体がいかに複雑かということです。神経を例にしても、体の様々な部位、そして隅々まで複雑に走り、しかもそれらの一本でもちょっと触れただけで体に麻痺が起こり得るのです。これらのことが何故起こるのか、この目でしっかりと勉強させて頂くことができ、ありがとうございました。
 そして、この実習の中で私は人のこころについて考えることができました。実習の講義中、先生がおっしゃいました。「あなた方にとっての最高の先生は、献体して下さった方々である。彼らは言葉で教えて下さることは無いけど、私たちの知りたいことは全て隠すことなく教えて下さる」。私は、この言葉を聞いた時、亡くなった後に医学の為に、医学生の為に献体して下さった方々の遺志に改めて感動し、感謝しました。私たちは今回の実習で学んだことを基礎に医学を学び、やがて医師になるでしょう。私は私たちの班に沢山のことを教えて下さった最高の先生の顔を一生忘れないと思います。そして今回感じた気持ちを忘れず大事にしていきたいと思います。
 
ご遺骨返還式の感想文
金沢大学医学部 知念直史
 解剖学実習が始まってから約2ヶ月が瞬く間に過ぎ去っていきました。4月にご遺体と対面した時は、強い違和感を感じましたが、日々を過ごしていく中、ご遺体から様々なことを教えて頂きました。授業中の先生達の教えも得難いものがありますが、ご遺体でしか理解することの出来ないことが多々ありました。例えば神経・血管の走り方は、実物を見ることが大変重要であると感じています。筋肉のどこを抜けていくのか、どの筋肉を支配しているのといったことをしっかりと確認できました。また心臓や消化器系臓器の構造、顔の表情を作る筋肉、脊髄の構造、上肢・下肢・指の動き方など、教科書でイメージしていた体の構造と実物との違いの大きさには、只々驚かされるばかりでした。慰霊祭は、このような貴重な経験をさせて頂いたことを再確認させてもらう意味でも私にとって大変必要な時間でした。
 当然のことですが、御霊のお体には生前、一人の人間としての一生が積み上げられておられます。ご遺骨返還にご臨席下さいましたご家族の方々がそれを証明しています。私にも家族がいて、特に母は献体を希望しています。私もしらゆり会会員のご家族の皆様と同じ立場に立たされる可能性が高いのです。私は母と27年間過ごしてきました。母が楽しむ姿・苦しむ姿を見続けてきました。ですから母が献体して、医学生が解剖するときには彼らに母の最後の時間を一緒に過ごしているということを少しでも感じながら勉強してもらいたいと願っています。自分がそのように感じながら解剖させてもらったと自信を持って言うことはできませんが、実習の始めと終わりで「今日もよろしくお願いします」「ありがとうございました」と心の中で言えたと思います。
 私が医師になる道は、まだまだ遠く険しいものです。しかし解剖学実習で御霊から頂いた知識・経験を十二分に活用しながら勉学に励んでいけると思っています。御霊と過ごした時間を心に刻み、毎日一歩一歩進んで行きたいと思います。改めて御霊とそのご家族に深く御礼を申し上げたいと思います。
 
生きることの大切さ
愛知学院大学歯学部 辻本友美
 解剖学・口腔解剖学では人体の解剖を行い学ぶということは入学前から知っていました。最初はなぜ歯学部なのに人体の全身を解剖して学習する必要があるのか、不思議で仕方ありませんでした。しかし、その思い以上に誰でも経験することができるとは限らないとても貴重な実習ができることに大きな期待がありました。入学してからも先輩に解剖学・口腔解剖学実習がどのような内容のものなのかを興味本位で聞いて、漠然と「大変そうだなぁ」としか思っていませんでした。
 二年生に進級して講義が進むにつれて人体の構造がすべて理にかなったものであると感じて、より人体への興味が湧きました。黒板で学ぶ平面的な人体より自らの手で解剖して立体的な人体を学んでいきたいと思いました。
 しかし、いよいよ解剖学・口腔解剖学実習が始まる前に見た篤志解剖に関するビデオは私の実習に対する考えが軽率であった事を教えてくれました。また、同時に緊張と不安と恐怖心が生まれてしまいました。献体していただいた方々やそのご家族の方々の思いは私が考えていたよりもはるかに深いものであることを認識し、実習への意欲を再び呼び起こしました。
 いよいよ実習が始まり、初めて実習室に入った時の防腐剤の匂いとご遺体が並んだ光景は今でも忘れられないくらい衝撃的でした。「こんなにも多くの故人の方々が私たちのために一生を共にした体を提供して下さったんだ・・・」とか、「本当に人の体にメスを入れるのか・・・」とか思いつつ、ご遺体の前に着席してご遺体を覆っていた布シーツを開いて対面し、黙祷をしていると涙があふれてきました。未熟者の私が一人の人間の人生を共にした体にメスを入れていいのか、戸惑いました。しかし、実習が始まるとそんな事は思っていられないくらい大変でした。初めてメスを入れる大役を受けた私は手が震え、なかなかメスを入れる事ができませんでした。その時「まだまだ成長途中の私たちに好意で献体をしていただいた事はとても勇気のあることだ」と思ったので、精神を統一してメスを入れさせていただきました。ご厚意は無駄には出来ないという一心で皮切を行いました。
 実習が進行するにつれて、始めほど戸惑う事もなく黙々と実習を行う中で本当に人体の仕組みというものはすごいなぁとの思いを深くしました。神経の一本一本を剖出したり、血管をたどっていく事でその思いは益々大きくなっていきました。この事を気付かせて下さったご遺体の方々に本当に感謝しています。
 実習を終えるにあたって、私が今まで考えていた以上に人間の命は大切なものであることを実感しました。苦楽を共にしたご遺体を解剖することによって「生きる」事の大切さを知りました。また、「生」ある者必ず「死」を迎えるのだという真実を身をもって教えていただきました。未熟な歯学部生のために献体して下さった方々に心から感謝申し上げますと共に、これからの私の生活態度を見直していきたいと思います。故人をはじめご遺族、ご親族の方々、私に素晴らしい経験をさせて下さり本当にありがとうございました。
 
解剖学実習を終えて
久留米大学医学部 辻 由貴
 解剖学実習が始まったその日のことを今でもはっきりと覚えています。先輩方から実習について色々と聞いていましたが、実習を実際に経験してみないことには想像できないことでした。私は、今までの人生において身内や知人の死というものに全く接したことがありませんでした。そんな私にとって、人の「死」の重み、人の温もり、「死」に対する恐怖など実習が始まる前に考えることは沢山ありました。まず実習初日に思ったことは、献体して下さった方に対して失礼のないように学ぼうとする意欲はもちろんのことですが、精神的な準備をしておけばよかったということです。ご遺体と対面した時、何を最初に感じるのだろう、何を感じないのではないかという不安な気持ちもありました。いざご遺体と対面すると、一つの偉大な人生を終えられた方のご厚意によって私達は学ばせていただいているのだと思いました。私達は、医師になりたくて医学を学んでいます。医学は、人の「生」から「死」までを学びます。将来、医療に携わる者としては「生」に対し執着しなければなりません。実習では、「生」のために「死」から多くのことを学ばせていただきました。
 血管や神経の走行、筋肉の起始、停止、作用、内臓学など人体の構造や機能が教科書には詳細に書かれていますが、実際に一つ一つを自分で確認しながら実習していくと人間の体の奥深さ、神秘を感じた。実習を行っている期間、一貫して解剖学実習に意欲的であったとは残念ながら言うことはできません。黙祷に始まり黙祷に終わる実習において、黙祷をしている時に自分が医師になりたいことを再確認し、心の緩みを正すようにしてきました。四ヵ月間の実習を振り返ってみると、肉体的にも精神的にも辛いものでしたが、その辛さ以上に実習を通して学んだものは大きかったです。私の医学の勉強は始まったばかりです。今回の実習での経験を、これからの勉強に生かしていきたいと思います。私達の勉強のために献体して下さった方の思い、ご遺族の深い理解を無駄にしないように一生懸命勉強していかねばならない。最後に、献体して下さった方の御冥福を心よりお祈り申し上げます。ありがとうございました。







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