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日本大学松戸歯学部 周藤泰之
 その瞬間、体に電流が走った。
 解剖室の独特な空気・におい・湿度、そして何より感じたことは、言葉では言い表すことのできない雰囲気であった。解剖台の周りに座り先生の話を聞いている間、私の頭の中はネルに包まれた遺体の事でいっぱいだった。今思えば、あの時、怖さ・不安・期待などの思いが脳裏をよぎっていた。そして、遺体が包まれているネルを取り外し、私は初めて遺体を見た。自分に解剖ができるのかという不安が増した。先生の言われるがまま、メスに刃を付けた。
 ついにその瞬間がやってきた。遺体の背中にメスを入れた。手が震えていた。しかし、メスの刃は遺体の背中に吸い込まれるように軽い力で入っていった。頭の中は真白であった。ほんの一瞬の出来事であったが、私の人生の中では、今までにない大事件であり、私という人間が大きく成長した一瞬であった。
 次の瞬間、ふっと現実に戻ったかのように全身に鳥肌が立ち、本当に解剖をしているのだという実感、本当にこのような事を行って良いのかという恐怖感、初めて背すじが凍るという表現がわかった気がした。その後は気持ちを落ち着け、メスとピンセットを使用して皮膚を剥離していった。その日の実習は、非常に早く感じ、心身共に疲れた実習であった。
 次の週から毎回、七時間にも及ぶ実習が行われ、一週間が「あっ」という間に感じ、テストが行われる度、数多くの神経、筋、骨などの名称を学び、膨大な知識を頭に詰め込んでいった。
 半年間に分けての解剖も終了し、今感じることは、まず、献体をしてくれた、名前も知らない老人に、心の底から感謝し、また、私たちの実習をサポートしてくれた先生方にも感謝の気持ちを感じている。この半年間を終え、人間の構造を学ぶのと共に、献体をしてくれるという、見返りのない奉仕の心、感謝心、なども学ぶことができ、歯科医師を目指している者として、今回の経験を生かし、人に尽くすことができ、やさしさの持てる、人間的にも大きな歯科医師になれるよう、これからも多くの事を学んでいきたい。
 
『無題』
千葉大学医学部 瀬尾雄樹
 僕が生まれて初めて遺体を目の当たりにしたのは、一九九五年の阪神大震災のときであった。僕は当時、被災地の真ん中に住んでいた。近所の建物が軒並み全壊や半壊といった状況の中、運良く助かった僕は、遺体置き場となった中学校の体育館へ興味本位で足を運んでみた。棺も無く毛布一枚かけられて次から次へと運ばれてきて、順番に並べられていく遺体の数々。中には身元も分からず放置されている遺体もあった。当時中学二年生であった僕にとって、その光景はあまりに現実離れしたものであった。阪神大震災被災という経験は、僕に医学部進学の少なからずの動機を与えたが、実際遺体と向き合ったことで得たものは、「恐怖」という名の遺体への先入観であった。
 僕にとって解剖学実習とは、本格的に医学に触れる第一歩であり、学習に対する意欲が高まるのを感じながらも、一方、遺体への恐怖というトラウマから、何とか避けて通れないだろうかという気持ちも募ってくる時期でもあったりもした。
 しかし、実習前に受けた解剖学の講義で、森先生に「私達は君達の先生ではない。君達の先生は、目の前にあるご遺体である」という言葉を聞かされて、僕は献体をして下さった方がどれほどの善の心をもって我々に体を貸して下さるのか、その意志を強く感じざるを得なかった。「献体」という言葉には単に自分の身体を提供するにとどまらない、自分の身体を学生に全て学びとってもらい、精一杯勉強してもらうことにより良い医師を作り出し、医学全体のために役立てるという、とても尊い意義を含んでいる。もはや解剖学実習は中途半端な気持ちではやり通すことは出来ないと思い、遺体に対し恐怖心を抱いていたことを恥かしく感じた。
 実習初日にお目にかかった御遺体、それはとてもきれいな顔をしたかわいらしいおばあちゃんだった。おばあちゃんにとって献体とは、後生に残す最後の貢献であろう。そのとき目にしたおばあちゃんの顔は、生前に思っていた医学に貢献したいという意志を、まさに果たそうとしている喜びに満ちた顔にも見えた。おばあちゃんの遺志を全うするためにも、僕も甘えは捨てて、高い意欲のもとで積極的に実習を進めていかなければならないと思った。これはもはや、医師としての責任感と殆ど同じものではないかと思った。
 実習は二ヶ月という短期間に集中して行われたが、それは肉体的にも精神的にもつらい日々だった。剖出がなかなかうまくいかず、イライラしながら体力はどんどん消耗していく毎日。投げ出しそうになったことも何度かあった。そんな僕を支えてくれたのは、何よりもチームワークだった。足を引っ張ってばかりの僕をいやな顔一つせず手伝ってくれたパートナー、手取り足取りいろんなことを教えて下さった先生方、お互い声をかけて励ましあった友達・・・かつてこれほどチームワークの大切さを体感したことは無かったかも知れない。そしてこの実習で養った協調性を、今後医師となってから直面する医療現場でも生かしていきたい。
 実習中、常に心がけたこと、それは、何でも実際自分の目で見て、手で触れて確かめることを怠らないということだ。特に実習も後半に進み、剖出にも慣れてくると、どうしても家での予習の段階で教科書を読んで学んだ部分は、実習で手を抜いてしまいがちになる。また、剖出がうまくいかない部分は、めんどくさいからあとで家でアトラスを見て覚えればいいやと剖出を中途半端にして先へ先へ進んだりもしたくなった。しかし、それでは実習の価値は無いし、何より尊いおばあちゃんの遺志に背いてしまうことになりかねない。テストで点を取るだけの勉強なら、教科書やアトラスだけを見ていれば出来るかも知れない。しかし、実習中に五感を働かせて得た知識は、教科書やアトラスでは得られない、かけがえの無いものであり、自分が何科の医者に進もうと、絶対に必要なものに違いない。知識の単なる暗記にとどまらない、体験としての勉強を怠らないということを、僕は常に自分に言い聞かせながら実習にのぞんだ。
 今、実習を終えてからすでに一ヶ月過ぎようとしているが、実習の感動はいまだに冷め遣らない。僕はこの実習で、解剖学という学問はもちろんのこと、生の意味、死の意味、そしてこれから患者としての人間と接していく際に我々がどういう態度で接していかなければならないかということを教訓として得ることが出来た。僕はまだ医学の序章を学んだに過ぎないが、今回出会ったおばあちゃんの遺志、そして協力いただいた御遺族の厚情に応えるためにも、これから一生、この解剖学実習で学んだ心得を常に忘れないように努めていきたい。







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