日本の樹皮文化・・・名久井文明
◎一、樹皮の多様な利用形態◎
大量に生産される機械工業製品があふれる現代ではすっかり忘れられていることだが、わずか数十年前までは手作りの日用品がずいぶん多かった。特に農山村では樹皮で作られたさまざまな物が使われた。
[1]穀物の生産、収納に用いられた樹皮
畑に厩肥などを運ぶ[背負いもっこ]はふつう縄を巡らせて作るが、中にはヤマブドウの蔓皮を張り渡したものもあった写真(1)。麦を蒔く際に肥料と種を混ぜたものを入れる取っ手付きの容器にもやや幅のあるヤマザクラの樹皮が組み込まれていた。かつて雑穀を常食にした時代、畑で刈って干しておいたアワ、ヒエ、ムギ、ソバなどを家の作業場まで背負ってくるのにシナノキの樹皮で作った[荷縄]写真(2)を使った。その際ソバは[むしろ]でくるんで運んだが、それを織る縦糸はやはりシナノキの内皮を撚って作った。穀物、豆類を脱穀した後の殻や千切れた穂などのごみを除くため、[ふるい]に掛けてから箕で吹くか唐箕に掛けたが、箕の中にヤマザクラやヤナギその他の樹皮を組み込んだものは北日本から九州までの広い範囲に分布している。またヤマザクラ、サワグルミ、ケヤキ、オニグルミなどの幅広い樹皮で作る箕も同じように広い範囲に分布している写真(3)。ヒエの皮を除くためにこれをいったん乾燥させてから搗いたが、乾燥させるために入れる[とうか]という浅い容器は幅広く取ったサワグルミやケヤキ、カツラ、ヤマザクラ等の樹皮で作った写真(4)。福島県会津地方で穀類を別な入れ物に移す際に使う[じょうご箕]は厚いケヤキの樹皮で作られた写真(5)。写真(6)は穀物を移す時などにすくい取る[かすり]で、樹皮の筒の一端に、取っ手付きの底板を入れ、もう一方の端の一部分を切除したその内側に手掛かりとなる木を釘止めしている。穀物を収納するのにケヤキの樹皮で作った円筒形の大型の入れ物は東日本から九州までの各地で作られた写真(7)。写真(8)は畑でジャガイモなどを収穫する時に使った樹皮製の入れ物である。
写真(1)
写真(2)
写真(3)
写真(4)
写真(5)
写真(6)
写真(7)
写真(8)
写真(9)
写真(10)
(1)背負いもっこ(岩手県農業科学館蔵 ヤマブドウ蔓皮)
(2)荷縄(照井定子氏蔵 シナノキ内皮)
(3)かば箕(オニグルミ)
(4)かばとうか(岩手県立博物館蔵 サワグルミ)
(5)じょうご箕(会津民俗館蔵 ケヤキ)
(6)かすり(田中忠三郎氏蔵 ケヤキ)
(7)かばおけ(椎葉村歴史民俗資料館蔵 ケヤキ)
(8)こだし(むつ市教育委員会蔵 ヒバ内皮)
(9)だんのう(ふれあいの家蔵 タモか)
(10)背中当て(照井定子氏蔵 シナノキ内皮を編み込む)
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