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 毎日きちんと届いていたリネットのメールが届かなくなったのは、それから半年が過ぎたころでした。
 『風邪をひいたみたい。ちょっとせきが出て苦しいの』
 そんなメールを最後に、ぱたりとリネットからメールが届かなくなったのです。
 「どうしたんだろう。まだなおらないのかな」
 次の日も、またその次の日もメールはありませんでした。
 『ハロー、リネット。メールが来ないので心配してます。早く元気になって返事をください。リネットとおしゃべりしないと、体中がどんどん錆びていくような気がします』
 ぼくはしごともしないで、一日中コンピューターの前に座ることが多くなりました。
 無線機で呼びかけることも、たくさんのアドレスにメールを送るのも、なんだか面倒くさくなってしまったのです。
 (だって、ぼくはリネットのメールが読みたいんだもの)
 こんな気持ちは初めてでした。ハカセがいなくなってから、ずっと一人で過ごしてきたのに、今、たった一人の女の子からメールが来なくなっただけで、さびしくてたまらないのです。
 『ハロー、ウミ』
 待ちに待ったメールが届いたのは、それからさらに数日後のことでした。
 『心配かけちゃってごめんね。ずっと熱が出ていて寝ていたので返事がかけなかったの』
 久しぶりのリネットの言葉に舞い上がったぼくは、その後に書いてあることを読んで、体がバラバラに壊れるくらいおどろきました。『まだあんまり元気じゃないんだけど、どうしてもウミにサヨナラが言いたくて今日はがんばって起きました』
 (サヨナラ?)
 どうしてリネットはいきなりサヨナラなんて言うのでしょう。
 『実はね、わたしは生まれた時からかかっている病気があるの。昔−−まだこんなふうに陸が海に沈んでしまう前には、すぐになおせたらしいんだけど』
 今は医者もいなければ、薬さえ満足にないのです。
 『いつかメールに書いた、パパやママと海辺に行ったっていうのもウソです。外になんか一度も出たことないもの。もうすぐわたし・・・死んじゃうかもしれないんだって。だから冷凍睡眠装置で眠ることになりました』
 その装置はボクも知っています。
 ニンゲンの体を一瞬で凍らせて仮死状態にするものなのです。凍らされた人は装置の中で何十年も眠り続けることができるのです。
 昔は大きな町の地下には、災害があった時のために必ずシェルターという頑丈な洞穴が作ってありました。
 その中に避難用に冷凍睡眠装置が置いてあったのです。
 そういえば陸地が海に沈む前、ニンゲンたちが装置の取り合いをして大変だったという話をハカセに聞いたことがあります。
 でも、それらは今、深い海の底に沈んでしまっていて、どうなっているのかもわからないのです。
 『わたしのいるピース島は昔は大きな山で、星の観測をする観測所があったんですって。そこにいた人たちはこんなふうになってしまう前にみんな自分の故郷に帰ってしまったのだけれど、建物は今も残っていて』
 その地下に、冷凍睡眠装置があるのだというのです。
 『でも一つだけしか無いの。ちゃんと動くかわからないから今まで誰も使わなかったけど、ほかにわたしが助かる方法は無いからって』
 リネットのパパとママと町のみんなが集まって相談したのだそうです。
 『パパは泣いてた。ママも泣いてた。わたしは本当はかちんこちんに凍って眠りたくなんかないけど、そんなこと言ったらきっとパパもママも、もっとたくさん泣いてしまうから、がまんしようって決めました』
 ぼくは動くこともできずにモニターを見つめました。もしぼくがニンゲンだったら涙を流したことでしょう。でもロボットのぼくには泣きたくても泣くことができません。
 『今は目が覚めた時、またウミに会えることだけが楽しみです。ウミはロボットだもの、わたしが眠っていてもずっと待っていてくれるよね?』
 どれくらいたったでしょう。ぼくはしずかにキーを叩き、返事を書きはじめました。
 『ハロー、リネット。ぼくは今日初めて、自分がロボットで良かったと思いました。ぼくはきみが起きるまで何年でも・・・何十年でも待ってます』
 (どうか早くその日が来ますように)
 ぼくはいのりながらメールを送信したのでした。
 
 それからぼくは、リネットにまた会える日を待ちながらしごとを続けました。
 「こんにちは。ぼくはウミヒコ。海の真ん中にある島に住んでいるロボットです−−」
 毎日毎日、メッセージを送り続け、そのうちに少しずつ返事がかえってくるようになりました。
 いつだったか無線に応えてくれたのは、七十才のおじいさんでした。
 「いやあ、このおんぼろをすてちまわなくて良かったよ。たとえあんたがロボットでも誰かと話ができるってのはいいもんだ」
 おじいさんとはそれから無線が壊れてしまうまで、何年も毎日おしゃべりをしました。
 メールに返事をくれたのは小さな子どものいるお母さんでした。奥さんに死なれたばかりの男の人もいれば、三人の孫と一緒にぼくのメールを見てくれたおばあさんもいます。
 時間がたつにつれて、ニンゲンはほんとうにゆっくりですが元の生活を取り戻し初めていたのです。
 『ハロー。リネット。今日は一週間ぶりにサトミさんからメールが来ました。前にも書いたけれど、サトミさんはあちこちの島を自分で作った船でたずねて行っている人です。今度、島と島を結ぶラジオの放送局を作ると言っていました』
 みんなにメールを書くように、ぼくはリネットにも毎日メールを送りました。
 もちろん返事はありません。でもいつ目を覚ましてもいいように、送らずにはいられなかったのです。







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