海の子ども文学賞部門佳作受賞作品
高見 ゆかり(たかみ・ゆかり)
本名=同じ。一九六五年栃木県生まれ。主婦。一九九四年第三回小川未明賞大賞。二〇〇〇年熊野の里児童文学賞優秀賞。同年第十六回猫手重話賞大賞など。著作「さかなのきもち」(NTT出版)。「ムーンゲイザー」(PHP研究所)。東京都在住。日本児童文学者協会会員。
こんにちは。ぼくはロボットです。
海の真ん中にある島に一人で住んでます。
ぼくはここで、だれかが返事をしてくれるのを待ってます。
おーい、だれかいませんか?
ぼくはいつものように無線機に向かってささやきました。
スピーカーは、ざーざーがりがり音をたてるだけで、だれからの返事もありません。
ちょっと前までは、遠くの方で誰かの声みたいなものが聞こえたこともあったのですが・・・。
「しょうがないよね。ニンゲンはもうほとんどいなくなっちゃったんだから」
ぼくはため息をつくと、今度はコンピューターに向かいました。
大きいのや小さいの。色々な年代のコンピューターが部屋にはずらっと並んでいます。
ぼくはその一番はじっこにあるコンピューターのモニターをつけると、メールを書きはじめました。
こんなにたくさんあるのに、ちゃんと使えるコンピューターはもうこれしかないのです。
「えっと、こんにちわ・・・ぼ、く、わロボ、ットです。あ、まちがった」
わではなくて、はでした。
かちかちとキーを叩いてぼくはメールをなおしました。ぼくの指はニンゲンみたいになめらかには動かないので、細かいキーを叩くのは大変なのです。
「だ、れ、か、い、ま、せ、ん、か」
書き終えたぼくはメールを送信しました。だれかにというわけじゃなく、でたらめに組み合わせた何百というメールアドレスに同時に送るのです。
信号を伝えるケーブルはほとんど切れてしまいましたが、深い海底に這わされたものだけはまだ生きているのです。
いつかどこかで誰かが返事をくれるかもしれない。それをここで待つのがぼくのしごとなのでした。
地球の陸地のほとんどが海に沈んでしまったのは今から数十年前のことです。
空気が汚くなり、太陽からの熱を宇宙に逃がすことができにくくなって、地球はどんどん暖かくなって行きました。
このままでは、いつか北極と南極の氷が溶けてしまう。溶けたら陸地のほとんどは海に沈んでしまう。
そう言われて、ニンゲンはがんばって公害をなくそうとしたのですが、暖かくなって行くのを止めることは出来なかったのでした。
ぼくはまだこんなに海ばかりになる前に、ぼくを作ってくれた「ハカセ」という人と一緒にこの家にやって来ました。
ここは高い山の上に造られていて、ハカセは「けんきゅうじょ」って呼んでいました。
「いいかい、いつか地球はほとんどが海に沈んでしまい、ニンゲンは少ししか生き残れないだろう。だから、さびしくないように呼びかけてやってくれないか」
「一人ぼっちじゃないよ」と伝える、灯台のようなものになって欲しいのだとハカセはぼくに言いました。
それでぼくはたくさんの機械にかこまれながら、ずっとここでメッセージを送り続けてきたのです。
その日はいつもと少しちがっていました。
いつも八時きっかりにしごとを始めるぼくが、なぜか寝坊をしてしまったのです。
「大変だ、今日のしごとが・・・」
ぼくは飛び起きると、急いで無線機に向かいました。そして次にコンピューターの電源を入れました。
「どうしたんだろう、ぼく、もしかして錆びてきたのかしら」
嫌な予感を覚えながら、メールが届いていないかチェックをしていた時です。
「あれっ」
ぼくは思わず声をあげていました。
「メールが・・・届いてる」
モニターには確かに、ぼくあてにメールが届いていると書いてありました。
ドキドキしながらのぞいてみると、短いメッセージがあらわれました。
『ハロー、あなたはだれ? わたしはリネット。十才の女の子です』
ぼくはうれしさのあまり、やったと叫んでしまいました。
ぼくの出したメールに返事がきたのは初めてだったのです。
『わたしはピース島っていう島に住んでます。町の人はわたしの家族も入れて二十人です。ねえ、あなたがロボットだって本当?』
ぼくはゆっくりと返事を書きはじめました。
『ハロー、リネット。ぼくは本当にロボットです。ぼくを作ってくれたハカセが死んでしまってからは、ここで一人で暮らしてます』
やっとメールを書き終えると、ぼくはふるえる指で送信しました。
「あー、びっくりした。リネットだって。二十人もニンゲンがいるんだって」
その日は落ち着かなくて、ぼくは眠るまで何度もメールを読み返しました。
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