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海の子ども文学賞部門佳作受賞作品
片山 ひとみ(かたやま・ひとみ)
本名=同じ。一九六二年生まれ。広島女学院大学日本文学科卒業。主婦の傍ら、備前市男女共同参画推進委員、岡山県男女共同参画アドバイザー。日本児童文学者協会会員。九三年「ラヴィニスト・エッセイコンテスト」最優秀賞、二〇〇〇年、二〇〇一年「ニッサン童話と絵本のグランプリ」佳作、二〇〇二年「メルヘンの里新庄童話」最優秀賞、他多数受賞。岡山県備前市在住。
 
 「男が、真っ赤な口紅に、おしろい塗り、額には赤い十文宇を描いて、意味のわからん踊りをするのは、もう、いやなんじゃ!」
 ぼくは叫びながら、父ちゃんが差し出した、金色のツノが生えた帽子を壁に投げつけた。
 「何するか! 朝鮮国歴代の王のばちがあたるで! 岡山の港町、牛窓に江戸時代から伝わる祭り道具がこわれたら、どうする!」
 父ちゃんは、目を血走らせ、ぼくの胸ぐらをつかもうと一歩踏み出した。と同時に、反射的に二歩後ろへ飛びのいた、ぼく。「唐子踊りは、小学五年生までがするんじゃ。卓ちゃんが、はしかじゃから、六年生のぼくが代わりに踊るなんて。ここは日本なんじゃ。なんで、韓国の昔の踊りをするんか。海から渡ってきたものばっかりまねして。海があるばっかりに、この町らしさがなくなっとるで」
 息つぎもせず、一気にまくしたてた。父ちゃんは、目を大きく見開いてぼくをにらみ返している。そして、深呼吸を一つして言った。
 「牛窓で一番盛大な秋祭りの主役は、踊り手の二人の男の子じゃ。徳川家康が、対馬藩を窓口に、朝鮮へ親善を求めて接待したらしいで。将軍の代替りや慶事に、朝鮮から正使、副使、従事官の三官と呼ばれる役人、通訳、学者、書記、画家、楽人、医者、童子らが四百人。その一行が、十一回も牛窓へ寄ったのは、この港が波穏やかだし、兵庫から京都へ行くのにも都合がよかったからじゃ。この辺りの者は、朝鮮通信使の童子から踊りを習うて、今まで続いとるんじゃから、唐子踊りは、ゆいしょある踊りじゃ。その伝統は、わしらが守らんとな」
 父ちゃんは、ぼくが投げた帽子を拾い上げ、桐の箱に納めながら続けた。
 「ここ紺浦地区に代々住んどる家から選ばれるんじゃから、そりゃ名誉なことで。太極拳のようにゆるやかで、歌もコーリャ、アーリャいう韓国語。わしらにはちーとも意味がわからんけど、赤い上着と水色ズボンが似合うて、間違えずによく踊ってくれたと、町会長さんも祭りの後の席で、必ずほめてくれたで」
 父ちゃんは、昨年までぼくが着た、朝鮮李朝時代の役人の正装という、踊り子の赤い上着を取り出し、自分の体にあてがった。
 「新聞社やテレビ、県外からも、たくさんのカメラマンが来てなぁ。わしは祭りのたびに、この港町の西洋館や友達の韓国人のことを思うて、東洋と西洋がごちゃ混ぜになった牛窓がますます好きになった。海があるから、わしらは世界につながっとるんじゃって」
 上着を胸に抱いたまま、座敷の壁にかけた、去年のぼくの踊り子姿の写真を見上げている。
 腰に巻いたピンクの帯が苦しかったっけ。
 「そうかな。海があるから文化のごった煮の町になったんじゃ。海はへだてるものなのに」
 ぼくは、プイッと横を向いた。
 高台にあるため、縁側の開いた窓から、湖のように波静かな瀬戸内海が見渡せる。
 地中海の気候や風土に似ていることから、日本のエーゲ海と呼ばれ、ギリシャと姉妹都市のぼくの町、牛窓。海沿いには、白い壁、風見鶏をつけた赤や緑の屋根のペンションが並んでいる。広場には、風車小屋もある。丘に並ぶ段々畑に視線をはわせると、「ローマの丘」と呼ばれる三美神広場。アテネのパルテノン神殿の柱そっくりの円柱が、木々の間に灰色の軸のように見え隠れしている。
 週末は、ヨットが何艚も、白い帆をハンカチのように振り、海風になびいて進んでゆく。
 その一方で、江戸時代、朝鮮通信使が宿泊した本蓮寺、火の見櫓の形をした灯台が残っている。年中、観光客の絶えない港町。
 「きょうは、土曜日じゃし、波が静かじゃから、関西方面からのお客が多そうじゃな」
 父ちゃんが、ぼくの横に並んでつぶやいた。
 ガラスの粉を振りまいたような青い海原をツツツツと滑るように進むヨットの群れ。
 漁師達は早朝に仕事を終えているので、今、海に出ているのは、訪問者の船ばかりだ。
 学校の昼休みに、廊下から眺める海も、山々も、ここが日本なのだろうかと疑うほどだ。
 「こんな町、嫌いじゃ」
 ぼくは、ボソリと前を向いたまま言った。
 父ちゃんは、反射的にぼくを見た。
 「何でなら?」
 ぼくは、一つ深呼吸して無愛想に答えた。
 「だって、海から渡ってきたもののまねばかりじゃ。個性も主張もないんか?外国製や外国趣味のコピーじゃねえか。サルマネなんよ、結局。小さな港町に、ギリシャ風の建物や朝鮮通信使の資料館。まるで文化のパッチワークじゃで」
 「なにぃ! パッパッ・・・」
 父ちゃんは、からきし、外来語に弱い。
 「パッチワークじゃ。色や形の違う小さい布切れを縫い合わせて、一枚の布にする手芸みたいじゃ言うとんじゃ」
 「もう一回言うてみ。許さんで」
 「あぁ、何度でも言うてやるで。牛窓は、伝統じゃ風習じゃいうてええ格好するけど、本当は、海から渡ってきたものをホイホイまねしただけじゃ。父ちゃんだって、舟大工をやめて、オリーブを育てとるのは、気候が似とるから、作りやすいだけからじゃねえか」
 父ちゃんは、上着を畳の上に下ろし、右手でゲンコツを作って怒りにふるえている。







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