墓石に背中を押しあてたまま、ずりずりしゃがんだ。目をつぶると目の中があったかな色にそまっていく。
だんだんにいろんなことが、どうでもいいことみたいに遠のいていく。
猫なで風がわたしのほっぺたをなでる。おでこをなでる。
「海のくらしはきついよ。人間なんかちっぽけさってな、思い知らされることばっかりさ。だけんどなあ、ばあちゃんは猫なで風によしよしされたさ。ようやっとるってさ、ほめてくれるさ。なでてくれるさ。オメのことはようわかっとるよってな、なでてくれるさ」
ばあちゃんは日に焼けたしわしわの顔で、しょっちゅうそう言ったんだった。
「泣きたいときゃ、泣きゃあいいんさ。おこりてえときゃあ、おこりゃいいんさ。こころの器っては、自分が期待してるほどにゃ大きくはないねえ。ためすぎると、ばらけちまうさ。けんど月子、オメはまんまるお顔だもんな。そんなにまあふくらがってばっかいるとよ、こころの前にお顔がばらけちまうわな。ふっはは」
ひざをかかえて、ぱったーんぱったーんと背中を墓石にあてていると、ばあちゃんの声が聞こえてくるみたいな気がした。
(それにしても、あの人は、どうしてあんなに編み物ばっかするんだろか?)
わたしははじめて、いやでいやでいやだったあの人と編み物とを、考えた。
(でも・・・。あの人、大学の先生だなんて言ったけど、そんなふうになんかぜんぜん見えないさ。ひげもじゃもじゃだし、ちっともかっこよくないし、第一、うちにいるとき勉強もしないで編み物ばっかりしてるよ。かあちゃん!変だよ。そんな先生なんて、いるもんじゃないよ。やっぱ、あの人は、おかしいよ・・・) そう思いはじめたら、むねがどきどきしてきた。かあちゃんはまちがってすきになっちゃったんだ・・・。そうに決まっている。
どうしよう。
かあちゃんを置き去りにしてきた。
「ばあちゃん、わたしまた来るよ、ね」
わたしはみかん山をかけおりた。
サンダルがぬげそうになる。スカートがふとももにまつわりつく。
(かあちゃん!)
アスファルトが見えた。わたしは一気に一っ飛びして道に出た。
クロがぼよんと堤防にねそべっているのが見えた。クロは顔だけ向けて、じろっとわたしを見た。ぞくっとなった。なんでこんなとこにいるんだよ。
ぺたぺたぺたぺたぺたぺた。
止まらずに走った。道は白っぽく変わっていて照り返してくる。ただ走った。
道からの石段をかけのぼる。赤いブリキのゆうびんポストが、早く早くと言っているみたいに目の上のほうに見える。
はあはあはあはあは
首のところがどくんどくん鳴った。
サンダルをぬぎ飛ばして家に飛びこんだ。
「かあちゃん!」
「お、月子ちゃん。どうしたね」
あの人が、陽のあたるぬれ縁でアグラをかいて編み物をしていた。
わたしは思わずあとずさりした。息をしっかりすいこんだ。
「かあちゃんはっ! どこっ?」
わたしの声は思いっきり大きかったらしい。あの人は、編み棒を止めた。
「金井のおばちゃんとこへ、まんじゅう作りにって出かけたけどな」
「ま、まんじゅう?」
勢いつけていたパワーが、ふにゃとなった。
「ほら、葉っぱみたいにぺたんこにして、むしたまんじゅう。あのうぐいすあんやら、あずきやらの入ったさ。あれを寄り合って作るんだと言って出かけたさ。月子ちゃんの大すきなやつさ」
(なに言ってんだい。そっちが何倍もすきなんだ。知ってるね。あのまんじゅうは「自分がすきなんだ」って言ったらいいさ。とうちゃんがあんなにすきだったまんじゅうなのに)
わたしは足音をばたばたいわせて、げんかんへもどった。サンダルを見下ろしながら、どうしようかと考えたけど、いい行き先が思いつかない。
そのときだ。肩にぬうおんと大きな手がのっかった。びっくんっ。
「うわ。なんだい、月子ちゃん。こっちがびっぐりするわ。外でなんかあったんかい」
わたしは体をよじって、大きな手をはずした。どきんどきんがもどってきてしまった。
「な、なんかなんてなんにもないさっ」
「月子ちゃんにさ、相談にのってもらいたいことがあるさ。ちょっときてもらえん?」
返事も待たないで、ひげもじゃはくるりんとさっきの日だまりへと向きをかえてしまったから。しかたがなかった。
行くと、
「おいしょっと」
と声にしてアグラをかいて、わたしに
「座らん?」
と言った。
返事をしないでそのまま立っていた。
にがわらいしてうでを伸ばすと、青いふろしきつつみを引きよせた。わたしは(起き上がりこぼしみたいだよ)と、思った。
「これな、おれの授業でも使おうと思ってさ。月子ちゃん、こっちに座らんね」
ひげもじゃの口元が言った。しかたない。ぺたんと座った。ひざがこつんとした。板のぬれ縁はあたたかだった。
ふろしきから、ハンカチくらいの大きさの毛糸編みが、何枚も何枚も出てきた。毛糸のハンカチだ・・・。
「むかしさ、そうな・・・五百年より前。アラン諸島ってとこじゃ、編み物は海の男の仕事だったさ。男にしかゆるされない仕事だった。つい五〜六十年くらい前までずっとそうだったって」
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