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「おーい、あったぞ、でっかいぞー」
 しばらくすると、離れて採り始めた安雄が再び顔を起こして合図して来た。こっちへ来い、こっちへ来いとしきりに手招きしている。哲次はバケツを持ち上げ、そっちの方へ移動しようと歩きかけて、ふと妙なものに目を惹きつけられた。数メートル先の満ち潮の波にぷかぷかと揺れうごきながら、大玉のメロンほどの物体が波打ち際へ流れ寄って来るのだ。潮に濡れて黒ずんだその物体がメロンというより、あまりに人間の頭に酷似していたから、哲次は一瞬、変な寄りものを見つけてしまったか、と早合点した。
 じいとあちこちの浜を歩いていたころも、何度かそんな寄り物を発見したことがあった。それはときに弱ってしまったザトウクジラやマッコウクジラなど、村じゅうの人間たちに分配できるありがたい寄り物のほか、船の破片や木材、ガラスの浮き玉、漁網、海草などに交じってひっそりと打ち上げられていた。
 じいはそんな寄り物が着いたときは、哲次を現場からすぐ遠ざけようとするが、哲次が先に見つけたときは手の打ちようがない。幼い哲次は恐怖心と、凄まじい異臭に思わず鼻をつまんで逃げ出したこともあった。
 「何じゃ、何じゃ、事件か?、人間の死骸でも見つけよったんか」
 気配を察知したように安雄が声を放った。飛沫を飛ばして慌ただしく駆けつけて来る。
 「何だか、まだわからん」
 哲次はぶっきらぼうに言って水際へ寄った。
 ざぶざぶと水音を立てながら、揺れ動く物体の方へ近寄って行った。
 水からすくい上げるまで、心臓の鼓動が止まらなかった。海面に現れた部分だけではわからぬ何かの付属物が、海中深く沈んでいるのではないかという恐怖心と疑いが脳裏を去らなかったからだ。
 意外に軽く、その物体は哲次の手のひらに乗った。
 「何じゃ、これは、UFOの落とし物か?」
 わきから安雄が手を伸ばして、哲次の手のひらの物体をうばった。
 「それとも何かの果物じゃろうか」
 安雄はその物体をためつすがめつ、目の高さにまで差し上げて見たりしている。
 「そうだな、何か、めずらしい木の実かも知れんな」
 大人の頭ほどもあるそのごつごつした物体は、堅そうな表皮に金属プレートのような光るものを打ちつけられていた。
 振るとかすかに奥の方で、海の波を揺するようなちゃぽんちゃぽんという音がする。不思議な音なのでさらに耳を凝らしてみると、確かに空耳なんかでなく、寄せては返す波のようななつかしい音が耳元にひろがった。
 「何々?、この実を拾った方は渥美町役場まで連絡して下さい、おい、そう刻んであるぞ」
 安雄が眠たそうな一重まぶたをひんむいて、金属プレートの文字を読んだ。
 「そりゃあ、何なんだらあ」
 「待てよ、待てよ、もしかしたら・・・」
 安雄が、大げさに生唾を呑み込んだ。
 「なもしらぬとおきしまより・・・なーがれよーるやしーのみひとつ、じゃないか?」
 「やしのみ?」
 「−−きっとそうだらあ、音楽の時間にほれ、習った覚えがあるわい。島崎藤村のな、有名なやしの実のうたがあるだらあ」
 哲次もようやく合点してうなずいた。
 「ふるさとのきしをはなれて、な一れはそもなみにいーくーつーき、ちうたいよるあれか」
 「そうだらあ、きっとそうだらあ」
 安雄は、さっそく役場へ届けに行くという。
 「だなあ、家にアサリを置いて来てからにするか」
 「そんなら、そうすっか」
 二人の高校生はうなずき合って夕闇迫る磯をあわただしく離れた。







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