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 “あの男また一人か”
 小西はカウンターの隅に目を止めた。ハワイ・ヨットクラブでのウオームアップ・パーティでも、シェラトンホテルでのウエルカム・パーティでも、メンバーから離れ、賑やかな会場の片隅に一人ぽつんと立っていた。
「こういうパーティはお嫌いですか?」
 主催者は、当然といえば当然だが、気を使うものである。参加者は大勢だから分かるまいと思うかもしれないが、一人でもそういう人物がいると気になって仕方がない。
 シェラトンでは、シャーウッド社の主催でもあったので、遂に声を掛けた。
「いえ、嫌いではありません。嫌いなら最初から来ませんから・・」
 言われてみれば、他の参加者のように底抜けに明るく、馬鹿騒ぎしているわけではないが、ショーもゲームもニコニコしながら楽しんでいるように見えた。
 「それならばいいのですが・・」
 「お気になさらないでください。充分に堪能していますから・・」
 会場の雰囲気からか、上気した顔で、小西に向かって人懐こい笑顔を浮かべた。佐橋昭平と名乗った。日本からエントリーしている「四天王」というヨットのクルーだった。
 参加艇クルー全員の顔を見知っているわけではないが、たしか、初参加の筈である。
「ご一緒していいですか?」
 佐橋の隣に移動して、声を掛ける。佐橋は何か考え事をしていたとみえて、こちらに視線を向けず、返事に暫しの間があった。
 「アッ、どうぞどうぞ」
 慌てるふうもなく、佐橋は小西をみた。予想外に明るい笑顔がそこにあった。
 「ブルーハワイですか・・?」
 佐橋の飲んでいたカクテルに目をやりながら、小西はビールをごくりと飲んだ。
 「特に好きというわけではありませんが、折角のハワイに敬意を表して・・」
 ここに来ているのだから、ココナツミルクの入ったチチとか、ハワイらしいカクテルを楽しむのが礼儀ではないかと。
 「今日のレースはいかがでしたか?四天王は、たしか・・」
 「ハンディキャップなしで4位です。ハンディでどうなりますか・・」
 ヨットは種類が多い。一人乗りのディンギーから何十人も乗れるマキシマと呼ばれる大型艇まで。レース専用もあれば、レジャー用も。それらをいくつかのクラスに分けてレースを行うが、艇の長さや、張る帆の面積などを考慮した、複雑な計算式によるハンディキャップをつけ、レースの公平を期する。
 「やはり、アメリカ、オーストラリア、ニュージーランドなどが強いですからね」
 これらが優勝争いの常連と言っていい。
 「歴史と体力、知識と経験、それにテクニックとテクノロジーの差。・・ですか」
 レースに出れば、嫌というほど味わわされる現実。しかし、違いはそれだけではない。
 「プラス海洋民族と漁労民族の差もあるんじゃないですか」
 例えとして、欧米は攻めの狩猟民族、日本は守りの農耕民族と言われるが、むしろ、海を越え、彼方の国々を攻め、征服した海洋民族と、せいぜい海から魚介類を恵んで貰う漁労民族との差の方が大きいようにも思う。
 彼らのヨットの操り方は、波も風も、そして海そのものも、強引に、力ずくで押さえ込んで推進力に変えるようなところがある。
 一方、日本人の方は、それらをなだめすかし、何とか折り合いをつけて走らせてもらうという感じが強い。
 「バイキングと漁民の違いですか」
 佐橋は、大声で語り合うカナダ、ニュージーランド、オーストラリアのクルーの方を見やりながら、またニコッと笑った。
 「ええ。ところで、佐橋さんでしたね?」
 小西は、念のため確認した。仕事がら多くの人に接するので、人違いすることも稀ではない。確認するのは癖のようなものだ。
 「そうですが・・」
 「たしか、今回初参加でしたよね?」
 「はい。ホントはもっと腕を上げてからと思ったのですが、シャーウッドカップレースが今回で終わりになるというので・・」
 「ありがたいですね、そう言って頂けると・・」
 レースに参加することにヨットマンとしてのステイタスを感じて貰えるようになれば、スポンサーとして無上の喜びなのだが・・。
 「いえ。そういう意味ではありません」
 「はあ・・?」
 「誤解を招くといけませんので、言っておきます。もちろん、このレースが由緒あるものだということは知ってますし、参加できたことは光栄なのですが・・」
 「・・・」
 「私が、このレースに是非出たいと思ったのは、別に個人的な理由がありまして・・」
 佐橋という男、温厚な表情の割にハッキリとモノを言う性格のようだ。小西は、逆にその態度に好感を持った。







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