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(2)受講した身体障害者H氏の手記
自由な海が、あった
ぐーっと、体が後ろに押され、上下に揺さぶられるのを胸から上でこらえた。船首に見え隠れしながら浮いていた防波堤が波間に吸い込まれて青空に変わり、視界から消える。アクセルを少し戻し、加速を終えると防波堤が帰ってきた。
「左45度に変針」エンジンと波の音を切って、日に焼けた、いかにも海の男といった指導者の強く、はっきりした声が響く。「左方よし、後方よし、左転舵します」一つ一つ確かめながら舵を切る。船体が大きく左に傾く。体のバランスを首とアクセルを持つ手でとりながら、遠く陸の目印を追う。
潮のかおりが、ほのかに漂う風が少し緊張した頬を心地よく冷やす。ゆっくりとしたピッチングとローリングを繰り返しながら船が停まる。振り返ると船が二つに分けた波が、白い波とともに一つになっていった。
「おもしろい、試験に合格して海に出たい」と思った。
鎌倉生まれで、気管支があまり調子よくなく、潮風をもらうため、毎日のように海を見に連れていってもらった。横浜に住まいは移ったが、中学、高校とも鎌倉にある学校に通った。16歳の時にバイクの免許を取ってからは、湘南海岸を横目で見ながら走ることは多かったが、そこに行くことはほとんどなかった。体の一部というか人生の一部になっていたバイクで事故に遭い、下半身が麻痺して車いすを使う生活になってからは、ますます海との接点がなくなっていた。
限られてしまったように見えた自分自身に、また、見られている自分たちが、くやしかった。今までやれていたことが、やれないわけはない。「勇気と情熱をもてば、何でもできる」と、いつの間にかできてしまった壁に少しでも穴を開けたくて、チャレンジする気持ちを形にした。14年の時を越えて、中断している北米大陸一周ツーリングを3輪バイクで単独走破した。
それから2年後、いろいろなことに挑戦してきたが、今までの挑戦は歩いているときにすでに経験していたことを形を変えて実行していたのだが、今回は少し違う。車いすを使っている人にも、船の免許を取得する機会が与えられ、これに挑戦することになった。歩いているときには体験したことがない、初めてのことだ。
学科の勉強は、まるっきり知らないことを一から勉強するので、とても楽しく勉強できたのだが、堅くなってしまっている頭に刷り込むのは並大抵の事ではなく、苦労をした。いや苦労をしたのは笑いを交えながら、一生懸命教えてくれた先生の方だったのかもしれない。いよいよ、試験日を迎えた。学生の頃とちっとも変わらないで、試験の直前まで教科書を見ている自分が、おかしかった。どきどきしながら学科試験の合否の連絡を待った。マリンスポーツ財団から合格の連絡がはいる。合格だ。いよいよ実技の練習に入った。
数日後、雨が降る寒い朝、杉田の桟橋にいた。重い空に向かって実技試験のボートは滑り出し、多くの人との出会いと、協力と共に合格通知を運んできた。
一人一人がもっている可能性を発揮する場所を、機会を与えてくださった関係者の皆様に深く感謝します。また、“障害”があっても、船舶免許にチャレンジしていく人が続くことを願ってやみません。
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