栽培センターからの便り(9)
チビッコ見学者の視点
所長 本尾 洋
毎年、栽培漁業センターへは大勢のチビッコたちが見学にやってきます。その数は増加傾向にあり、昨年(平成十三年)の場合ですと、引率の先生方も含めて総数六五〇人にのぼっています。ここでチビッコと言いますのは主に府内小学校の五年生児童のことです。これは五年になると社会科学習ということで教科書に農林水産業のことが載り、その中で漁業や栽培漁業を習うからです。その校外学習の一環として当センターへの訪問があるわけで、例年、春の五〜六月と秋の九〜一〇月にその来訪ピークがあります。
さて、小学生が市町のマイクロバスなどでやって来ますと、私は彼らを栽培センター玄関脇の「見学者室」に案内します。最初の頃は、そこでまずはじめに栽培漁業の意味・目的そして京都府栽培漁業センターの現状を“真面目に”説明していました。ここまではいわば定番部分です。その間、熱心に聞き、ノートをとる子は、学校にもよりますが、概して女子児童に多いです。逆にこちらの話を聞く間、その持久力に弱い子は男子に多い傾向があります。話しながら、最近の大人社会を思い浮かべつつ、私は「ほおー子どもの頃からもうこんな男女差がついてるんだなー」と変に感心するのがいつもでした。蛇足ながら、児童が礼儀正しく真面目に行動する学校では、引率の先生は事前に質問集を作って来、当日の対応も丁寧で前向きの熱意を感じさせる場合が多いようです。
折角遠くからやってくる校外学習が興味のないものではいけません。そごで私は昨年あたりから最初が肝心とばかり、話に関心を持たせる意図から、はじめに栽培漁業と一見無関係な次のなぞなぞをこちらからするようにしています(私の創作話ではありません)。
「今大きな池で小さな蓮(ハス)が育っています。この蓮は成長して葉の面積を毎日二倍に拡げていきます。そうすると大きな池とは言え、計算上今日から三〇日後には池の表面をすべてその葉っぱが覆い尽くしてしまうことがわかっています。そうなると蓮が繁茂し過ぎ、水中の酸素が不足したりして池中の魚や昆虫たちが窒息死してしまい、やがてはハス自身もダメになってしまいます。そうなってはいけないので、池の半分が蓮の葉で覆われた時に皆で刈り取ることにしましょう。ではその日は今日から何日後でしょうか?」と問うわけです。するとひとしきりがやがやがあってから、やおら児童から手が上がります。指すとまず、「一五日」との答えが返ってきます。「他には?」と聞くと、あとはあてずっぽうに一〇日とか二〇日とかの返事があります。思うに一五日という答えは、最初にこちらが三〇日と言ったので単純に(あるいは子どもなりに計算して)半分の一五日としたことが容易に想像されます。
さて、答えはもちろん二九日ですね。ここで、環境異変に気付くのはもう後のないギリギリの時点であること、一種が突出するのではなくいろんな種類の生き物が共存していくことが大切(いわゆる種の多様性)云々を説きます。そして栽培漁業は海の環境がきれい(自然)に保たれていてはじめてうまくいくのです・・・とやるわけです。お陰でチビッコたちの話への関心が幾分なりとも高まったようです。後の彼らからの質問も多くなりましたから。
それからやおら、センターの仕事内容などを話し、幾つか質問を受けたあと、現場へ行って施設・魚貝類の説明をすることにしています。
児童から質問を受ける、これが私の楽しみの部分でもあります。そのチビッコたちの質問には私たち大人の想像のつかない意外な“なぜ”があり、そんな時、なんでも知ったかぶりの当説明役としてはしどろもどろになることもしばしばです。同時に彼らから教えられることが多々あります。以下にその名(迷)問・珍問の幾つかを紹介し、これからの参考にしたいと思います。
(1)(資源管理の一環として小さい魚は獲らないようにしている話をすると)「僕は小さい魚は獲ってもいいけど大きいのは獲らないのだと思ってた。だって大きい魚はたくさん子どもを産むから」(男)・・・ごもっともデス。
(2)「サザエも殻を脱いで成長するのですか」(女)。・・・これはエビ・カニの脱皮からの連想のようで、思わず苦笑しながら、プランクトン時代の説明をします。関連して、サザエとアワビは同じ巻貝の仲間といっても、子供たちはにわかには信じてくれません。
(3)「アワビは筋肉の塊なんですね。と言うことは貝殻が足の形になったり、手のような役割をしたりするんですか」(女)・・・一瞬答えに窮します。
(4)(ヒラメの稚魚は生まれて一月ぐらいまでは左右に目があって普通の魚のように泳いでいるとの説明に)生まれた時から片方に目があって海底にいると思ってた」(男)・・・大人でもそう思ってる人が多いヨ。
(5)稚魚の餌はワムシ、ワムシの餌がグリーン(クロレラの一種)と説明したら「そしたらグリーンの餌は何」(男)と予期せぬ質問がでました。・・・答:(化学)肥料と太陽光。
(6)「魚を放流する時寂しくないですか」(女)・・・返答:寂しさよりもホッとし、元気で育って欲しい気持ちで一杯。
以下は彼らの名・迷語録です。
●「左ヒラメの右カレイを覚えて社会に出ていきたい」(男)・・・例外もあるんだけれど言いそびれました。
●「アワビやサザエは一年ぐらいでふつうの大きさになると思っていました」(男)・・・藻食の貝類は成長が遅いんです。
●「(センターの人は)魚や貝がいつも見られるなんていいなー」(男)・・・現実は厳しいゾー。
●「貝って生まれた時は水に浮かんでると知ってビックリ」(女)。
「サザエやアワビが生まれた時、プランクトンのように小さくて貝殻がついて無いのを初めて知った」(男)・・・最初から小さな貝の状態を想像してた由。思わず昔の動物発生の「いれこ説」を思い出しました。
●「魚は一緒にいると思ってたので(種類ごとに)別々に育てると聞いて驚いた」(女)・・・逆になぜそう思ったのか聞きたい。
●「放流する稚魚には(全部)印を付けるのかと思ってた」(女)・・・何となく気持ちはわかるが・・・。
●(アワビ・サザエは放流まで二年ちかく飼育してることに対して)「何年もかかるのによく待ってるなー」(男)・・・この仕事は辛抱も大切なんです。
●「サザエは四年、アワビは六年も食べられるようになるまでかかるのはとても大変だと思った。これからは釣りで小さい魚をとったら逃がそうと思います」(男)・・・感心感心!
●「私は三つのことを守ります。(1)魚をとりすぎない(2)魚をそだてる(3)海をよごさない」(女)・・・大人になってもずっと実行してくださいヨ。
さて、児童たちとのお別れの際、ささやかなプレゼントを引率の先生を通じて渡しています。好評なのは写真にあるサザエ、アワビの貝殻セットです。以前は、貴重な当センターパンフを渡していたのですがどうも関心がなさそうでした(本来、大人用ですから無理もありません)。セットにま稚貝の説明を書いた用紙が入っており、これは使用済みカレンダーの白い裏面を使ったもの。また殻を貼り付けた板は不用になった蒲鉾板です。ここでついでに資源リサイクルの大切さもPRしています。
今年はどんなチビッコたちが来るか、今から楽しみです。
元気なチビッコたち(栽培センター玄関前で)
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プレゼント用の貝殻(種苗生産時に間引きしたもの等)
左:生後1年のアワビ・サザエ(裏側も見えるように透明シートに入っている)
右:(2つ)アワビとサザエ殻の成長セット
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