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栽培センターからの便り(10)
マダイの親魚養成
主任 中嶋清志
 
 京都府栽培漁業センターの魚類種苗生産種目にマダイ、ヒラメ、クロダイがあり、その中でも栽培漁業センター開所当時(一九八一年)から取り組まれ、今でもこの魚種中最も多く生産され、毎年一〇〇万尾以上放流されているのがマダイです。今回はこのマダイの種苗生産の前段階である親魚養成について述べます。
 マダイの種苗生産は毎年五月中旬に始まり、八月下旬の放流で終ります。それ以外の時期は親魚管理が主な仕事となります。親魚管理と言うと餌を与えるだけの簡単な仕事と思われるかもしれません。しかし担当者にとってみれば、そんなに単純なものではありません。今、飼育されている産卵用のマダイは、平成九年一一月に地元の栗田漁業生産組合小田事業所の定置網で漁獲された一才魚を養成した五才魚(全長約五〇cm、体重約二・二kg)一一二尾です。まず、この親魚の確保についてですが、イキの良いマダイを確保するために上記生産組合に依頼して、網揚げに出航する定置船に乗せてもらうことから始まりました。初冬の朝五時ごろ、まだ薄暗い中を漁場に向かい、そして網揚げが行われます。網が上がってくると他の魚に混じってマダイが腹を上にして浮いてきます。これは急に浅い所に上がってきたために鰾の調整ができず、大きく膨らんでしまったことが原因のようです。これを一尾づつタモ網ですくいあげて活魚槽に移していきます。こうして集められたマダイは組合の荷揚げ場から栽培漁業センターの海面施設に運ばれます。このまま海面生簀に入れたいのですが、マダイはお腹に空気が入ったままで浮いていますので、一旦小形の籠に収容し、水深一〇m位の所に沈めておきます。一晩置くと、空気は抜けて元気になっていますので、網生簀(四×四×四m)に収容します。この作業を予定数のマダイが集まるまで行います。このときは三回の乗船で一三五尾を集めることができました。
 親魚候補が集まると、次は餌付け、給餌です。
 生簀に集められたマダイは昨日まで自然の海に泳いでいたものですので、餌を与えたからといってすぐには食べてくれません。餌付け用として特別に冷凍オキアミを解凍して与えるのですが、毎日根気良く与え続けると一週間ぐらいで食べ始めます。私の経験では、マダイは食い気に関しては、意外と従順、悪く言うと根性が無い感じです。ちなみに、それに比べてヒラメやクロダイは頑固で、こちらの餌は頑として受けつけず、一ヶ月ぐらいは断食し続けます。
 餌を食べるようになると徐々にドライペレットに切り替えていきます。
 これから二年間、生簀の中で大切に育てられます。そして四才になると十分量の卵を生むようになるので、三才の一二月から、来る五月(四才)の産卵期に良質の卵を得るために特別に配合したモイストペレットを与え始めます。これはドライペレットに冷凍アジ、スルメイカ、オキアミと数種類の栄養剤を添加したもので、産卵が終わる六月下旬まで与えます。
 冬の間は水温が低く、海面生簀では一〇℃ぐらいまで下がります。餌を与えても水面まで現れず、餌もあまり活発に食べません。そのうち冬も終って四月中旬になり、ぽかぽかと暖かい日が続くようになるとマダイは元気に活動し始めます。雄は婚姻色が現れて体色が黒くなり始め、雌を追い回します。雌は上から見ると腹が大きくなっているのがわかります。天気の良い午後には海面でバチャバチャと水をはねる音が聞こえるようになります。この頃になると担当職員もそわそわし始め、やがて来る種苗生産の段取りに慌ただしくなります。採卵準備のため早くマダイを陸上水槽に運び込まなければなりません。運搬方法は、まず、生簀からマダイを掬い上げ、次に麻酔をかけておとなしくさせ、シートで作ったミニ担架のようなマダイ運搬用バッグに収容し、速やかにトラックに積み込み、マダイ棟の親魚水槽に収容して完了です。簡単に書きましたが実際は大変です。マダイを麻酔にかけるときは麻酔用水槽の中で暴れまわり、麻酔液を撒き散らします。麻酔魚を取り上げるときも、手でつかんでバッグに入れるのですが、時には魚が暴れ、顔中海水でべとべとになります。この作業は栽培漁業センター職員総出でやるのですが、そのため皆さん雨も降っていないのにカッパを着て作業しています。魚をバッグで運ぶときも両手に一つづつ持ち、できるだけ早く運びたいので生簀からトラックまでとトラックから水槽までは走ります。この親魚はまだ体重が二kgぐらいであまり重くないのですが、以前使った一二才魚は体重が五〜六kgあり、重い、暴れる、バッグに入らない、噛みつくとたいへんでした。
 栽培漁業センターの親魚水槽の中で一ヶ月ほど飼われると産卵が始まり、五月の連休明けの頃には連日三〇〇万粒ほどの卵を産み、本格的なマダイの種苗生産が始まります。
 
海面生簀のマダイに給餌中
 
 
海面生簀のマダイ親魚を取り上げて陸上水槽へ運搬
 
 
陸上親魚水槽のマダイ







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