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栽培センターからの便り(8)
栽培漁業センターの正月
参与 西村元延
[(財)京都府水産振興事業団専務理事]
栽培漁業センターは、毎年、外見上静かな正月を迎えます。しかし、海面下の生簀の中や、陸上施設の水槽の中にはたくさんの魚や貝が静かに成育しつづけています。
マダイ親魚は海面の生簀の中で、ヒラメ親魚はヒラメ棟の少し加温した水槽の中で、近づく産卵シーズンに備えて飼育されています。
稚魚の餌となるワムシの種培養も続けられており、また、ワムシの餌となるグリーンも寒風の中、屋外水槽で培養が繰り広げられています。
二年連続無病化に成功したクロアワビは、通常育成数の五倍以上の稚貝が中間育成されており、また、この一一月に採苗した種苗も順調に成長しています。
サザエも例年以上の増産を目指して積極的な生産が続けられています。
このように多くのもの言わぬ生き物たちの顔色を見ながら、正月の期間中も、職員は交代で勤務し、飼育管理を続けています。
栽培漁業センター陸上施設全景(右手前の1棟は海洋センター施設)
栽培漁業センター開所以来、二〇回以上の正月を迎えていますが、毎年、このような一見静かな期間と、魚の種苗生産がピークとなる四〜八月、外見からも戦場のようになる期間とが繰り返されてきました。いずれの期間も、一度のミスも許されない生き物相手のこと、緊張の連続の中、地道な努力が職員には要求され続けました。
こういった種苗生産に関する現場職員の努力と、放流等における漁業者の協力および関係機関の指導の結果、この二〇年間、常に目標以上の大量放流を継続して実施することが出来ました。マダイ、ヒラメの放流については、日本海側の他の水産県に比べてもひけを取らない実績ですし、また、サザエ二〇ミリ種苗の生産、無病クロアワビの生産は全国的に見ても特徴的なものです。この実績により、平成一三年一〇月、焼津市で開催された「第二一回全国豊かな海づくり大会」において、(財)京都府水産振興事業団は栽培漁業部門で大会会長賞を受けることが出来ました。このことは、栽培漁業の推進に関わってきた関係者全員の名誉であると同時に、栽培漁業センターにとっては、現在の漁業がおかれている困難な状況に立ち向かう新たなスタートへの激励であると受け止めるべきだと思います。
初夢一、種苗の大量放流
栽培漁業センターで生産し放流した魚や貝が、自然の海で大きく育ち、漁業者の皆さんにたくさん漁獲していただく夢です。
現在の漁業は大変きびしい状況下におかれています。この状況を切り抜けるには、魚価、環境などの社会的課題、漁獲減少などの資源問題など大きな課題があり、業界、行政、研究機関が力を合わせて取り組んでいかなければならないと思います。
栽培漁業センターには、限られた種類ではありますが、大量の種苗を生産する技術と力があります。放流から再捕までの間には、まだ不明なこともありますが、良い種苗を少しでも大きく育て、大量に放流すれば効果もより確実になるはずです。この具体的な成果を漁業者の皆さんに実感していただくのが夢です。そして、その栽培漁業の具体的成果を、資源問題をはじめ、より大きな課題解決への力として役立てていただくのが更に大きな夢です。
初夢二、栽培漁業の定着
行政、試験研究機関により「栽培漁業」が大々的に取り組み始められてから二〇数年になります。漁業者の大きな協力を得ながら、栽培の技術は着実に向上し、その効果も報告されています。しかし、最近、栽培漁業に対する疑問も投げかけられています。
よく言われる疑問の一つは、「栽培漁業は受益者負担が原則として発足したのに、一向に達成しそうにない、事業としてダメなのではないか」という意見です。当初の計画作成時、農業の栽培を目標にイメージし、栽培漁業を矮小化して考えていたのではないかと思います。海に放流するということは陸上の畑に苗を植えるのとは明らかに違います。放流魚の追跡調査の結果、魚は府県を超えて大きく移動することがわかり、また、主として漁獲するのは漁業者ですが、遊漁者の漁獲量も少なくないということがわかりました。
府内の漁業者だけから経費を徴収するというのは無理がありますし、遊漁者に負担を求めるのも組織的問題からすぐには無理です。受益者負担について社会的合意を作り上げる努力はしなければなりませんが、当面、国民的リクリエーションとして、また、地球環境問題の啓発としての社会的側面を認め、一定の公費負担を続けるのはやむを得ないのではないでしょうか。もっとも、アワビ、サザエのように受益者が特定できる種類は、原則受益者負担がおこなわれています。
放流後の生物の動き、漁獲の実体などがわかりやすく理解できる調査データが蓄積・公表され、栽培漁業の直接の漁業効果と同時に社会的役割が理解されることによって公平な経費負担が合意され、栽培漁業が定着するのが今後に期待する夢です。
初夢三、事業団の強化
栽培漁業センターの運営は、府の補助金によりおこなっています。近年の財政状況から業務費の削減がやむを得ない状況になっています。また、事業団の基金運用も、低金利の影響で好調時の十分の一に落ち込んでいます。これまでの生産レベルを低下さすことなく、更に水産業界の不振を打開するための積極的な事業を展開するためには、事業団自体を強化していかなければなりません。
種苗配付に伴う負担金収入は、アワビ、サザエの配付によりすでに、基金利息収入の二倍以上にまで増加させています。今後、技術の向上による生産コストの削減と、負担金収入を増加さすことが事業団強化の課題です。事業団の強化により、水産振興を図る公益法人として、有効な活動を展開することが可能となる夢があります。
現実に近い夢として次のことを考えています。
(一)マダイ、ヒラメについては、合理的な経費負担の方法を、関係機関と一体となって作り上げていく。クロダイなど地域性が強く有償配付の要望がある種類は積極的に取り上げていく。
(二)府内外からの要望が強い、サザエ二〇ミリ種苗の増産を図る。クロアワビの放流効果を実証し、府内の需要拡大を目指す。
(三)クロアワビの無病生産に成功した現在、この有利な条件を生かしてクロアワビ養殖を試みる。アワビ養殖については、世界各地で、日本の種苗生産技術を土台に、積極的な企業化が図られ、すでに、日本市場へも進出してきています。品質の良いクロアワビを生かして、養殖のモデルプラントを作り上げ、収入増加を図ると共に、府内に新しい産業を作り上げたい。
水産業は、食糧自給の見地からも、その重要性が再認識されることと思います。また、海は二一世紀の地球環境を守っていく上で重要な役割を果たしています。海の環境を守っていくには、歴史的に海を守ってきたプロ集団である漁業者により、誇り高く元気に漁業が営まれていることが大切だとも言われています。
事業団は、京都府、府漁連等と一体となって、「ふるさと海づくり祭典」を取り組みました。また、歴史と環境問題を結びつける「うらしまシンポ」や「青少年の海と漁業に関する体験学習」にも取り組んできました。これらは、水産業の重要性を社会的に知っていただくのが大きな目的です。
栽培漁業センターの生産物が、漁業者への直接利益になると共に、こういったイベントをとおして、水産の夢実現のため活用いただくことをも期待して、栽培漁業センターの生き物たちの正月に思いを寄せながら、やや現実的な夢物語を終わります。
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