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栽培センターからの便り(7)
ヒラメを放流するまで
主任 永浜雅和
 
 今回は、ヒラメの親魚管理から採卵、飼育そして放流するまでの一連の様子を紹介したいと思います。
 
親魚の管理
 親のヒラメには、京都府内の定置網で漁獲された一歳から二歳ぐらいの天然魚を陸上の水槽で餌付けし、二年以上飼育して産卵(雄では放精)できるようになったものを使います。大きさでいうと四〇〜五〇cmぐらいで一般的に雌のほうが大きいです。餌には、定置網等で獲られた青アジ・アジ・サバ・片口イワシ等を二〜三日に一回丸のまま与えます。
 若狭湾でのヒラメの産卵期は、一般的に四月中頃から五月にかけてと言われていますが、栽培漁業センターではできるだけ早く卵を産ませたいので、前年の一二月中旬からすでに種苗生産の準備を始めています。そして採卵日と必要な採卵数を計画し、それにあわせてヒラメに“勘違い”をおこさせて産卵(放精)を促しています。
 
親魚の“勘違い”
 “勘違い“と言うのは、人為的に卵を産む時期の環境に早く近づけてやることによって産卵期になったなと思わせることです。ヒラメは一般に水温が上昇し、同時に夜より昼の時間が長くなっていく時期のいわゆる春の頃に産卵します。栽培漁業センターでは、蛍光灯を使って毎日の日照時間が徐々に長くなるように調節し、さらにボイラーをたいて飼育水温を徐々に上げています。このことによってヒラメの親は、日が長くなり(日照一二時間)、水温が一四℃ぐらいになって“春の卵を産む季節になったのだな−”と体で感じ“勘違い”するのです。その結果、ヒラメの親は天然より早い時期に卵を生み始めてくれ、必要な産卵量になる頃を見計らって種苗生産を開始することができるというわけです。
 
採卵
 採卵は、水槽上部の採卵口から飼育水と一緒に流れ出て採卵ネットに集まった卵を取り上げることによって行います。ありがたいことにヒラメの正常な受精卵は水面近くに浮上し、異常のある卵や未受精卵は沈下するのでこれを取り除き正常な受精卵を計数します。ここで病気を防ぐために卵を消毒して小さな水槽に収容し、二〜三日静かに孵化直前になるのを待ちます。この間に途中から正常に発生しなくなった卵等を取り除くことにより、さらに厳選した卵を種苗生産に使用します。また、採卵時期は例年三月と四月に行っていましたが、天然の稚魚と出現時期をあわせるために今年(H一三)は、まだ雪深い二月と雪解けまぢかな三月に行いました。
 
稚魚の飼育
 孵化直前になった卵は、直径五・五m、深さ一・七m、容量四〇トンの大きなコンクリート水槽に収容し、稚魚の成長に合わせて大きさや質の違う餌を与えて飼育します。最初の餌は、シオミズツボワムシという約〇・二mmの動物プランクトンをDHA(高度不飽和脂肪酸)等で栄養強化したもので孵化後三日目から三〇日目までの間与えます。さらに孵化後二〇日目頃からは、一部の人達が子供の頃教材として飼育したこともあるシーモンキーことアルテミア(約〇・四mm)を栄養強化して五五日目頃まで与えます。この時期は一日中、餌の準備と給餌にてんてこ舞いです。この間、孵化後三〇日目頃から徐々に配合飼料に切り替えていきます。
 ヒラメの稚魚は孵化してしばらく、体は細長く目も左右にありマダイのようにスイスイと泳いでいます。しかし、孵化後二〇日目頃(体長約八mm)には体は徐々に平たくなり、三〇日目頃(約一四mm)には「左ヒラメの右カレイ」と言われているように、頭の骨が変形して右目が体の左側に寄っていきます。(写真1・2)配合飼料も稚魚の成長に合わせて大きさを選択して与えます。餌の量は魚の成長と残餌、そして寒くて暗い水槽の周りで懐中電灯一本持って行う一〇日ごとの「夜間計数」の結果で決めます。稚魚は明るいうち水槽の中を集団になって泳いでいてなかなか正確な計数ができないのですが、夜になり暗くなると水槽全体にほぼ均等に分散し漂います。これを待って直径四cmのパイプを使い、水槽の十数カ所から稚魚を飼育水と一緒に取り上げて採取した稚魚の数をかぞえ、水槽全体のヒラメの尾数を推定します。孵化後三〇から四〇日目頃には両目は完全に体の左側に移り終え、泳ぐのを休んだり底を這うように泳いで懸命に餌を食べています。水槽の底や壁に体長一五mm前後のミニチュアヒラメが無数にくっついているのを側面ののぞき窓から見るとなかなか壮観です。この時の数は大体八〇万尾です。それらの約半数が着底すると、密度調整のため約一日かけて太いホースで二水槽に分けます。稚魚が、孵化後六〇日目(体長約二五mm)になると大小に選別をして五〜一〇万尾づつに分け、八〜九水槽に収容します。栽培漁業センターではここまでが「種苗生産」であり、ここから後放流する大きさの体長六〇mm以上まで育てる約三〇日間を「中間育成」と呼んで区別しています。しかし、一般に皆さんはこの二つを総称して種苗生産と言っていますネ。(図1)一回目の種苗生産が三〇日目を過ぎた頃、二回目の採卵をします。したがって、毎年これら一連の生産作業を二回行っているということになります。
 栽培漁業センターでは、京都府沿岸に毎年六〇mm以上のヒラメの稚魚を七〇万尾以上放流しています。放流された稚魚は一年半後三〇cm以上に成長し漁獲対象になります。もっと大きく育ったヒラメがたくさん漁獲されるよう、これからもがんばっていきたいと思っています。
 最近、狂牛病問題が世間を騒がせていますが、栽培漁業センターのヒラメ、マダイ、クロダイ等に与えて噌る飼料は、哺乳類由来の肉骨粉等の原料が一切使用されていませんので安心です。
 
ふ化後3日目の稚魚 体は細長く、目も左右にあります(全長3.7mm)
 
 
ふ化後30日目の稚魚 体は平たくなり、目も寄り始めた(全長14.2mm)
 
 
ヒラメの種苗生産
(拡大画像:545KB)







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