栽培センターからの便り(2)
稚ナマコ生産の取り組み
生産一科長 小倉正規
ナマコ(正式には「マナマコ」)はウニやヒトデと同じ棘皮動物に分類されています。一般に、その体色からアオナマコ、アカナマコ、クロナマコの三型に分けて呼ばれていますが同じ種類です。ただし、アオナマコからアカナマコが、また、アカナマコからアオナマコが生まれることはないようです。ナマコの名の由来についてはいくつかの説があります。ナマコはもともと「コ」と呼ばれており、生のものをナマコ、干したものをイリコと呼ぶようになったそうです。コノコやコノワタも同じ理由です。もう一つには、ナマコには人間の眼(マナコ)にあたるものがないので、マナコナシとかナマナコ(無眼)と呼ばれていたものがナマコと訛ったとも言われています。
また、ナマコには魚類でよく使われる耳石のような年齢形質となる器官がありません。
従って、これまでは年級群解析や飼育実験結果等から全重量が四〇〇〜六〇〇gに成長するのに要する期間は四年程度と考えられていました。ところが、最近の放流種苗の追跡調査から、孵化後二年で一〇〇〜二〇〇gに、孵化後三年で四〇〇〜六〇〇gに成長することが分かってきました。ナマコの種苗生産においては、採卵に用いる親は全重量が四〇〇g以上のものが適しており、生後三年以上経ったものを用いることになります。
ナマコは日本各地に分布し、産卵期を一概に言うことができませんが、産卵水温帯は一三℃から二二℃の範囲とされています。石川県以西の産卵期は概ね三月から六月ですので、京都府海域もこの期間に入ると思われます。ナマコの卵は底に沈むタイプで、大きさは約〇・一六mmです。水温が二〇℃の場合、約一五時間後には「のう胚形成期」という幼生になり、浮遊生活を始めます。種苗生産を行う時には、この頃の餌として浮遊珪藻を与えたり、人工餌料とナンノと略称される緑色の植物性プランクトンを併せて与えたりします。生残率は総じて浮遊珪藻の方が高いようですが、それの培養に労力を要するのが難点です。浮遊期は最大〇・九mmにまで成長しますがその後縮小して、稚ナマコと呼ばれる形に変態し、孵化後一二日目頃には底棲生活に入ります。この時の大きさは〇・三mm程度ですので、随分縮むものですね。
底棲生活に入ってからの飼育方法には大きく分けて二つあります。一つは、アワビやサザエの種苗生産と同じように稚ナマコを波板に付着させ、付着珪藻を餌にして飼育する方法です。もう一つの方法は波板等の付着器は使用するものの付着珪藻を用いずに人工餌料(乾燥ワカメの粉末)のみで飼育する方法です。どちらにも一長一短があり、付着珪藻で飼育する場合は給餌の手間は要りませんが、珪藻の増殖量に応じて飼育数が制限されます。逆に、人工餌料の場合は容易に餌を確保することができますので、餌の量による飼育数の制限を受けずに済む一方、毎日の給餌が必要になります。
栽培漁業センターでは平成一一年に初めてナマコの試験生産に取り組みましたが、その時は、浮遊期の餌には人工餌料とナンノを用い、その後は人工餌料で飼育する方法を用いました。しかし、浮遊期から底棲期に移る時の変態がうまく進まず、大量に斃死する結果となりました。このため、平成一二年には浮遊期の餌としては前年と同じ人工餌料とナンノを与え、底棲期の餌としては付着珪藻と人工餌料を併用しました。
この時の稚ナマコの成長は概ね次のとおりでした。平成一二年五月一八日に行ったアカナマコの産卵誘発で七〇四千粒の卵を得て、翌日正常に発生が進んでいる五八三千個の浮遊幼生を用いて飼育を開始しました。浮遊期が終わりに近づいた孵化後一二日目(五月三〇日)の生残数は八七千個体(生残率一四・九%)で、この後二日程で着底が終了し、浮遊個体は見られなくなりました。孵化後四六日目(七月一日)の平均全長は三・四mmで、生残数は一六千個体(同二・七%)でした。そして、孵化後七二日目(七月二七日)には、六・九mmになり、八千個体(同一・四%)が生残していました。この頃までは他府県の例と比較して生残率は必ずしも良くないながらも、成長はそれなりに期待に応えるものでした。
しかし、孵化後一〇五日目(八月二九日)の平均全長は五・一mmとなり、三三日前の六・九mmより小さくなりました。アオナマコの種苗生産においては夏期の高水温下でも少しづつ成長は続きますが、アカナマコについては高水温期に成長しないという報告がありますので、今回、平均全長が小さくなった理由としては高水温の影響で縮んだことが考えられます。生残数は八月になると急激に少なくなり、その数は一千個体(同〇・二%)にまで減っていました。この減耗の主な原因も高水温の影響であろうという気がします。
生残数は少なくなりましたがその後も飼育を続けた結果、孵化後一六四日目(一〇月二七日)で、大きさが五mmのものから五六mm程度の個体までありました。成長のばらつきは大きいものの、平均全長は二四・九mmと大きくなっていました。全長が三〇mmを超えると白色半透明の幼時色から成体と同じような体色に変わります。この時の生残数は六〇〇個体(生残率〇・一%)でした。一般的には、二〇〜三〇mmが放流サイズと言われていますので、これでようやく稚ナマコ(種苗)生産が終了することになります。年末頃の府内放流が楽しみです。
孵化後129日目の稚ナマコ(体長15mm)*写真提供 朝日新聞
クロアワビ種苗生産について
−無病アワビ順調に育つ−
生産三科長 赤岩健治
当センターで現在飼育しているクロアワビ稚貝には、平成一二年産の〇才貝と平成一一年産の一才貝があります。〇才貝はまだ生後三ヶ月で殻長数mmの小さな稚貝ですが、一才貝の方は既に放流サイズの殻長三cm近くに育っており、この春の放流種苗となる稚貝です。この一才貝はたいへん丈夫で活力があり、成長も速くこれまで以上に良好です。しかも、例年のほぼ三倍に相当する六〇万個余りを当センターで大事に飼育しております。
一言でいうと、この一才貝が当センターの念願であった無病アワビです。今回はその無病アワビと種苗生産の概要についてお話をさせて頂こうと思います。
当センターでは昭和五六年の開所当初からクロアワビの種苗生産を実施しております。クロアワビの産卵盛期は晩秋で、当センターでは例年一一月上〜中旬に採卵します。卵は受精後一晩で孵化し、幼生となって数日間水中を浮遊します。その後幼生は何かに付着して浮遊生活から着底生活に移行するので、この性質を利用して塩ビ波板に幼生を付着させます。そして、波板上で自然に増殖する付着珪藻(植物プランクトンの仲間)を餌として稚貝を育てます。生後半年の翌年五月頃には殻長約一cmになりますが、これ以降は波板から剥離して網カゴなどに入れ、人工の餌を与えて飼育します。
アワビの成長は遅く、生後一年半ほどでやっと殻長三cmの放流サイズになります。放流された稚貝が一〇cm以上の漁獲サイズまで育つにはさらに三〜四年という長い年月がかかります。アワビが昔から高価なことも肯けます。
ところで、クロアワビの種苗生産において、二〇年ほど前から全国的に大きな問題となっていることがあります。それは、毎年四月〜七月頃にかけて、殻長一cm〜一・五cmぐらいの〇才貝が大量死するという問題です。この大量死は全国のクロアワビ量産機関の殆どで起きており、当センターでも長い間たいへん悩まされて来ました。一〇年ほど前までその原因は解からず、私達も餌の種類や飼育方法について様々なことをやってみましたが、これはという結果が得られませんでした。
そうした中、約一〇年前に京都府立海洋センターの研究によって、大量死の原因は特殊な病気(クロアワビ筋萎縮症と呼ばれている)であるということが解かりました。この病気を防ぐことができれば、大量死問題を解決できるという明るい望みが生まれたのです。そして、数年前からこの病気の防疫方法が考えられるようになりました。当センターでは海洋センターの助言を受けながら、アワビ担当者を中心に職員一同スクラムを組んで大量死の克服に取り組みました。
この病気はたいへん厄介なもので、なかなか思うような成果は得られませんでしたが、私達は諦らめずに粘り強く努力を続けました。そして平成一一年度の種苗生産に際しては、種苗生産施設・給排水設備を徹底消毒するとともに、飼育に紫外線で殺菌した海水を常時使用するなど思い切った防疫対策を講じました。その結果、どうにか防疫に成功し、平成一一年産の稚貝は全く病気に罹ることなく、殆ど死亡もみられませんでした。
無病のアワビ稚貝は成長が速くとても元気です。その後も当センターで順調に成長しております。春には、この無病アワビが府内の沿岸に数多く放流されるよう願いつつ、今からその日を楽しみにしているところです。
当センターで飼育中の1才貝
病気に罹った貝の殻(左の2つ)と無病貝の殻(右の2つ)
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