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栽培センターからの便り(1)
クロダイ種苗づくりのはなし
生産二科長 後藤和也
 
 クロダイは本州沿岸に分布し、強い引きがあることから磯釣りの女王と呼ばれるほど釣人に人気があり、重要な魚の一つとなっています。そしてタイ科魚類の中では珍しく雑食性で、性転換をする魚としても知られています
 近年漁業者からクロダイ放流の要望が大きくなってきていることから、京都府栽培漁業センターでは、昨年小規模な生産を試みた結果、全長五〇mmの種苗七,二〇〇尾を生産することができました。
 そこで本年度(平成十二年度)は大型水槽(容量四〇m3)を使い大量生産に取り組んだ結果、全長五〇mmサイズで一〇万尾の種苗を生産することができました。今回はその概要について述べたいと思います。
 
親魚と採卵
 親魚は前年、養老漁協から購入した五一尾で、三月下旬に、採卵のため海面生簀からヒラメ棟の親魚水槽に移しました。
 親魚水槽には観察用の窓がついています。状況を見るために観察窓から中を覗くと、好奇心旺盛なクロダイは逆に覗き込むように窓際にやってきました。私たちが観察しているはずなのですが、反対に観察されているような気分になります。数日すると、クロダイは私たちに覗かれているのを知ってか知らずか追尾・産卵行動を繰り返すようになりました。そして、そのあかしとして、朝には親魚水槽に付属した集卵槽にたくさんの卵が溜まっていました。私たちはこの方法を自然採卵と言っています。要するに魚任せというわけです。
 クロダイ種苗生産は当センター業務の主役であるマダイ、ヒラメ生産の邪魔にならないように行わなければならないので、始めるのはどうしてもそれらの後になり、採卵は産卵末期の六月上旬になってしまいます。この時期だと一日の産卵量も減ってきており、今回の場合、三日分の卵が必要でした。
 集卵槽の卵は朝一番に取り上げ、受精卵と未受精卵に分けます。正常に発生している卵は水面に浮き、異常卵は沈むので分別はそう面倒ではありません。卵はオゾン海水で消毒された後、一m3容パンライト孵化槽に収容され孵化を待つことになります。この頃の水温は一八℃を超え、卵は、約一日で孵化直前の状態になり、卵の中では仔魚がときおり体を動かしているのが観察されます。
 
仔稚魚飼育と餌料
 この段階で私たちは卵を集めて飼育水槽に収容し、本格的に仔魚飼育を開始しました。今年度は六月上旬にヒラメ棟の四〇m3容円形水槽に合計七二万粒の孵化前卵を収容しました。
 孵化した仔魚は全長三mm位で、半透明で目もまだ黒くなく、口も肛門も開いていません。ただ水流に流されているだけなのですが、ピペットで取り上げようとするとなぜか逃げていきます。孵化から三日位で目は黒くなり、口、肛門も開きます。
 この頃から動物性プランクトンのワムシを与え始めます。
 クロダイ仔魚はワムシを食べてすくすくと簡単に育っていくはずでした。生き物相手の何事でも同じだと思いますが、種苗生産も最初から順調にいくものではありません。他の栽培漁業センターの報告書を見ると、水槽を暗くした方がうまくいくとあり、当センターの昨年の生産でも小型水槽を暗くして良い結果が得られていました。そこで今年も水槽の回りを遮光幕で覆い、天井のカーテンも閉めました。ところが、水槽の深さ、天候などに前年と違いがあり、予想以上に水槽の中が暗くなり仔魚の摂餌が低下し、孵化後一〇日目までの生き残りが悪くなりました。
 飼育担当者は孵化後一週間目頃から“どうも昨年とは違う”と感じながら、いったい何が違うんだろうと悩みました。“遮光も同じように行っているのになー”と。結局覆いをする前の状態に戻し飼育をすることで、全滅という最悪の事態は回避されました。こういうことを繰り返しながら技術は向上するのだとあらためて実感させられました。種苗生産している魚に共通して言えることなのですが、一度調子が悪くなったものは、かなり後までその影響が残り、成長は悪く、生き残りが少なくなります。
 今回の種苗生産において生残率の経緯を見ると、計数する度に数が激減していました。飼育開始時には七二万尾でしたが、孵化後一〇日目三三万八千尾(全長四・〇mm)、二〇日目二〇万一千尾(五・四mm)、三〇日目一五万尾(八・二mm)という具合でした。
 次は餌についてですが、前にも述べたように飼育当初はワムシを与えます。続いて仔魚の成長に合わせて孵化後二〇日過ぎからアルテミアという、やや大きめ(〇・五mm)の動物性プランクトンと配合飼料を与えました。動物性プランクトンは、どちらもよく動くのでクロダイは喜んで食べてくれます。餌の量は毎日数回、飼育水中の餌の残量を調べて決めました。一方、配合飼料の方は与え始めてしばらくは食べているのかどうかよくわかりません。ずっと後の全長二〇mm位になって配合飼料をまくと積極的に食べに来るのでわかるのですが。ちなみにクロダイ仔魚の特徴はマダイ仔魚に比べ体が細長く、面長です。
 さて、もう少し大きくなって全長一〇mm位になると仔魚は水槽の壁際に集まり始め一三mm位になると底に生活の場所を移します。この頃になると体高が高くなり一般に知られるクロダイらしい形になります。そして外部からの刺激に敏感になり、ちょっとした音や動きにも反応し、それが瞬時にグループ全体に波及します。こういう行動はマダイではあまり見られないことです。
 飼育も五〇日を過ぎるといよいよ種苗づくり前段の終了となります。水位を下げ、稚魚を水槽底中央の排水口から外に流し出して取り上げます。祈るような気持ちで計数すると一一万五千尾、大きさは二八、一mmでした。ヒラメ棟での飼育はこれで終わりです。ほっとする暇もなく、出荷サイズの全長五〇mmにするための飼育がまっています。
 これまでは一つの水槽で育ててきたのですが、魚も大きくなり水槽が手狭になったので、魚を大小二通りのサイズに分け、計三水槽で飼育することにしました。孵化から約七四日の飼育で全長五〇mm以上になりましたが、毎日給餌と底掃除は欠かせませんでした。幸いほとんど死亡する個体は無く、数日間に一〜二尾が仲間に食われて頭だけになって底に転がっているのみでした。五〇mmになると後は種苗を放流するだけです。その日が来るのを待ち、ようやく八月中に全長五〇〜七〇mmの種苗一〇万尾を、府内の漁業者に配付し、久美浜湾と舞鶴湾に放流することができました。
 来年は、今年の教訓を生かしてさらに大量の種苗を安定して生産することを目指し、マダイ、ヒラメに続く新たな栽培漁業が京都府沿岸で展開されていくことに役立ちたいと考えています。
 
孵化後15日目の孔魚(全長5.6mm)
 
 
放流用種苗(孵化後90日目)
 
 
ワムシ(最初に与える餌)大きさ0.2mm
 
 
アルテミア・ノーブリウス(ワムシの次の餌)大きさ0.5mm







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