(4)調査結果のまとめ
【水質分析】
舞根湾のSt.1は、表層の塩分と水温の変化から陸水や、気温の影響を受けやすく変化が大きいことが明らかになった。これは、舞根湾が非常に閉鎖的で水の流れが悪いためと考えられる。また、水深5m以下では夏季から秋季にかけて溶存酸素が低下して水産用水基準値を下回り、この時期の舞根湾に生息する生物への影響が懸念された。
St.2は、陸水の影響は多少受けるものの、水温、塩分は表層から海底までの変化は少なく、比較的安定していた。しかし、溶存酸素は9月から10月にかけて水深21m以下で急激に低下し水産用水基準値を下回った。この溶存酸素の低下の原因は不明である。
St.3でも、St.2と同様に水温、塩分は表層から海底までの変化は少なく、比較的安定していた。溶存酸素は9月に水深23m以下の底層で低下したが、10月には水産用水基準値まで戻った。
女川湾竹ノ浦では、昨年度と同様で水質は安定していた。
【底質分析】
底質調査の結果から、舞根湾では筏直下でも筏周辺でも大きな相違はなく有機炭素や全窒素が多く堆積されており、硫黄量も非常に多く堆積していることが明らかになった。水産用水基準では、海域の底質の硫化物について基準を0.2mg/g乾泥以下と定められている。舞根湾の数値は2.8〜11.0mg/g乾泥と非常に高く、基準を大幅に上回っていた。
カキ養殖漁場に関しては、広島湾のカキ養殖漁場内外の海底において硫化物量はカキ養殖場内で最高値2.9mg−S/g乾泥を示すとともに、有機窒素量はカキ養殖漁場で極めて高く、その値は3〜4mg−N/g乾泥であり、有機炭素量はカキ養殖漁場よりも河口域で高く、最高で25−26mg−C/g乾泥であることが報告されている(楠木 1981)。気仙沼湾では1976年から3年間、養殖漁場生産力回復と保全を図ることを目的として堆積有機物汚泥除去事業が行われたが、その調査では汚泥の全硫化物量が0.1〜12.4mg/g乾泥と報告されている(五十嵐ら、1978)。この最高値は非常に高く、本調査の舞根湾の硫黄量に近い値であった。本調査では元素分析計を使用して有機炭素、全窒素、硫黄を定量しており、精度が高いことから他の調査報告と比較すると値が高くなると考えられたが、それでも舞根湾の底質は非常に硫黄量が多いことが明らかになった。舞根湾の全窒素量は最高値で4.4mg−N/g乾泥であり、広島湾での報告とほぼ同様の窒素量と考えられる。また、舞根湾の有機炭素量は表層の高い値で97.4mg−C/g乾泥であった。表層以外なら15〜40mgC/g乾泥であるが、これは広島での報告より非常に高い値であった。このように、舞根湾の海底には有機物が多く堆積しており、特に有機炭素量と硫黄量は非常に多く存在していることが明らかになった。楠木(1981)は、北部広島湾のカキ養殖漁場の底質はその周辺の底質に比べて有機物含量が高く、カキ養殖漁場の底層表面酸素消費量は24〜25℃で急激に高まることなどから、夏季の底層溶存酸素量の低下は、養殖漁場内の底質有機物含量が高いことにその一因があると報告している。調査でも舞根湾では多量に堆積した有機物が溶存酸素の低下を引き起こしている可能性があると考えられる。舞根湾では筏直下だけでなく、その周辺でも有機物含量が高かった。採取した底泥の中には炭化した木片や、腐敗した木の葉などが混入していたことから、舞根湾の海底で有機物が堆積する要因には、河川を通じた陸上からの物質の流入も考えられた。
女川湾では、筏直下の有機炭素量、全窒素量、硫黄量は最高値で56.7mg−C/g乾泥、6.4mg−N/g乾泥、7.9mg−S/g乾泥であり、全てにおいて非常に高い値であった。しかし、この水域では溶存酸素の低下はなかった。この水域は水の流れが非常によく、底質が悪化しても拡散されて影響が出にくいと考えられる。また、今回調査を行った場所は実験用の筏であるので、その規模がとても小さかったことも影響が出ない要因として考えられた。
【各水域におけるカキ類の稚貝の成長状況調査】
実験用のカキ類の稚貝を垂下した水深5mは、St.1では溶存酸素が大きく低下する境目の水深である。実際マガキでは、St.1に垂下した稚貝の生残率が30%と低かった。溶存酸素低下の影響が要因と考えられた。St.2では溶存酸素は十分に存在し、稚貝の生残や成長が良好と予想された。実際にマガキの稚貝の生残率は他の水域よりも高く、殻高の成長はわずかにはやかった。St.3でも溶存酸素が十分に存在し、稚貝の生残や成長は良好と予想されたが、そうではなかった。
一方、ヨーロッパヒラガキとオリンピアガキでは、垂下連による差はあるものの、マガキとは異なり、St.1で生残率が高く、St.2とSt.3では低い傾向が見られた。St.1では、付着生物が少なく、St.2、St.3では非常に多かったことから、ヨーロッパヒラガキやオリンピアガキは付着生物との競争に弱かったのではないかと考える。
最も一般的に養殖されるマガキでは、9月から10月にかけて生残率が急激に低下した。この傾向は調査した3つの海域で共通のものであった。初期の密度が高いことによる減耗とも考えられたが、それでも生残率が低かった。地元の漁業者は、舞根湾では9月から10月頃の水質が悪いことを経験的に知っている。この時期の水質は非常に不安定であるため、この時期に種ガキの垂下はせず、水質が安定する11月以降、もしくは春に種ガキを垂下するとのことであった。水質が悪化することの一因として溶存酸素の低下が考えられたが、垂下実験を行ったSt.2、St.3の水深5mでは調査時の溶存酸素は低下していなかった。このため今回の調査では秋季に水質が悪化する原因は不明であったが、今後この原因を探ることは、舞根湾におけるカキ類の養殖を維持する上で重要であると考える。
(5)調査結果の利用について
本調査研究は、閉鎖性水域の環境改善に取り組むために、まず環境調査を行って現状を把握し、さらに調査によって得られた情報を「わかりやすく」、「はやく」提供する方法の提案を目指している。
環境調査はこれまでにも多くの機関で実施されており、その情報量は膨大なものである。またこれらの情報は、長期間にわたって徐々に進行してきた環境変化を知る上で重要なものである。しかし、それらの調査結果は専門家など一部の人間が理解して利用することができても、誰でもすぐに理解できる情報ではない。これは、公表された調査結果に理解し易さという点が欠けているからである。
環境の改善方法を模索するためには、まず現場の状況をよく知ることが必要である。本調査研究では実際に環境調査を行い、環境情報を収集した。この経験から、現場の状況を理解するためには分析によって得られるデータも重要であるが、それだけではなく調査を行った人間の感覚的情報も重要であることを感じた。「百聞は一見に如かず」と言われるように視覚的な情報は、より正確に現場の状況を把握するために重要である。
実際に環境改善に取り組む場合、調査者だけが得られる情報をより多くの第三者に提示することによって、環境改善のための智恵や多様な方法論を求めることが可能になるのではないかと考えた。そのための情報は、専門家だけではなく、大勢の人々に伝わるものでなければならない。また、報告書などに見られるように、環境調査結果の公表は結果を全てまとめた後に行われるため、公表される最新情報はすでに1年前、2年前のものであり、現在の環境状態を反映するものではない。この点についても改善の余地がある。
情報技術の進歩が著しい現代では、企業だけでなく各家庭や個人でコンピュータを所有し、ネットワークを通じて情報を発信・受信することが可能である。そこで、最新の環境情報を素早く提示するためにインターネットを利用することにした。インターネット上で環境情報を提示することにより、インターネットを利用する多数の人々に瞬時にそして同時に情報を伝えることができる。また、環境調査結果とともに、調査を行った人間の感覚的情報も、水中写真や映像という視覚的なものをデジタル化して発信することによって伝えることが可能である。さらに、調査を行うたびに情報を更新することで情報の即時性が向上すると考えられる。これらのことから、本事業では環境改善のための環境調査情報はインターネットを介して提示することを提案し、これを試行した。
図61から図70には、当研究所のホームページで試行した環境調査情報の提示内容を示した。図61は当研究所のホームページのトップページ(URL: http://www.kakiken.or.jp/)である。このホームページの中に図62の本事業を紹介するページを設け、ここから調査目的、調査方法、調査海域、調査結果、用語解説のページに移行できるよう構成した。図63は目的、方法などの紹介、図64は調査海域図である。図65、図66は調査結果を簡単に説明し、このぺージから調査海域で撮影した水中写真や、調査の詳細なデータを示したページに移行できるようにした。図67、図68は水中写真の一部である。調査海域の海底状況と、そこに生息する生物たちを紹介し、その説明も掲載した。図69、図70は水質調査結果のデータをグラフ化したものである。調査水域別のページに、各月のグラフを作成し、その水質状態の説明も一緒に掲載した。この調査結果のページは、調査終了後のデータ処理、グラフ作成、画像の処理などを経た後に更新した。
環境調査結果の提示というこの試みでは、従前の調査結果の報告書よりも数倍早く、多くの方にその調査結果を公表できた。さらに、調査結果の紹介には説明や用語解説などを設け、「わかりやすさ」を追求した。「はやさ」と「わかりやすさ」において改善点はまだあるが、当初の目的は達成できたものと考えている。
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