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吟詠・発声の要点 ◎第十六回
原案 少壮吟士の皆さん
監修 舩川利夫
2. 各論
(3)発声法 その7
吟詠らしい声の研究(三)
 前回の、高くて張りがある声に続いて今月は、低くてもよく響く声の出し方を勉強します。力強さを表現することが多い吟詠にとって、あるいは和歌、抒情詩を吟じる場合にも欠かせない技術の一つです。こうした表現技術を確実に増やしていくことが芸域を広げる道につながります。
 
胸声から腹声(?)へ
 前回は、主に首から上に響かせる「頭声」について勉強したので、今回は共鳴させる場所を少しずつ下げて「胸声」からさらに腹、腰などを働かせる声の出し方を見ることにする。
 胸声というのは頭声に対して、主に胸腔の共鳴を使った、比較的低い声をいう。男性吟者が一番歌いやすい音域で普通に吟じている声は胸声がほとんどである。従って男子の胸声で問題になる点といえば、ノドや胸に力を入れすぎて詰まったような声になるときくらいで、“リキミ”を取りさえすればよく響く声になる。また女性では、監修者のこれまでの指導経験で、胸が豊かな女性ほど胸声を多く使う傾向があり、胸声に頼りすぎて“うるさい”と感じる声に聞こえることがある。そのときは、反らせた肩を少し前かがみにし、背中の筋肉を弛める(ゆるめる)ように助言すると、丸みを帯びた柔らかな胸声に変わる。これは、胸を張りすぎていたために背筋(はいきん)が圧迫されて硬くなり、音の波を伝えにくくしていたものを開放してやった結果である。女性で、この例に当てはまるかな、と思われる方は試していただきたい。
 この際の“筋肉を弛める。開放する”という感覚が、低音を滑らかに出すときにも大変重要になってくるので、よく覚えておくと役に立つ。
 音程が低くなるにつれて頭声、胸声と下がってくれば次は腹声、腰声と続くのかと思われるだろうが、あとの二つは用語としてはほとんど使われない。それは共鳴という意味がいくらか違ってくるからで、前の二つがそれぞれ口腔、鼻腔、胸腔のような共鳴空間があり、そこで音波が増幅されるのに対し、腹、腰には共鳴腔といえるような特別の場所はない。その代りに内臓、筋肉、骨格などが、音の波、特に低い声の振動を支え、ある程度増幅し、重厚で安定した響きを作り出すのに役立っている。ピアノでいえば「響板」と呼ばれる金属板、スピーカーでいえばガッシリとしたキャビネットの外箱の役目。いわば第二、第三の共鳴づくりの主役となっている訳だ。
 
よい低音のコツは骨盤にある
 低い音をどこまで出せるかは人によって声帯のつくりが違うから同じではなく、最低の音域はいくら練習しても広がらないようだ。だからなおのこと、ようやく出てきた声は大事に響かせなくてはいけない。ごく普通の音域を持つ吟者に、少し無理をして低い声を出してもらうと、ノドを絞め、胸に力を入れて唸る(うなる)ような声になることが多い。これは声帯でできた音の振動を、胸のあたりで何とか大きくしようと努力するためで、結果としてはノド声のようなザラついた声になってしまう。
 先日、ある地区の講習会が行なわれたとき、O女性少壮吟士に実験台をお願いし、低い音域の声を試してもらった。「カゼー」という詩の一部を「乙(低いラ)一(いち)(低いシ)ー」と伸ばして歌う。八本が適正音程のO吟士は、少し力みすぎて“ノド声”に近くなる。監修者「上ばかり響いて下に響かない。共鳴しないのに大きな声を出すと、声が割れる」と注意したが、ではどのように直すのかO吟士は一瞬戸惑った様子。監修者「声を身体の腹、腰に響かせるために、骨盤を少し前のほうへまわしてみてください」。O吟士、膝にゆとりを持たせると同時に腰の部分を気持ち前へ突き出すようにして、再び挑戦した。「カ(乙)ゼー(一)」と歌ったあと「これだと楽に響くわ」と納得した様子だ。
 O吟士の共鳴の仕組みがどのように変わったのだろう。骨盤を少しばかり前へ回転させる(あるいは腰を幾分前へ突き出す)という動作は「姿勢」の項で、極端な「気をつけ」の姿勢を直すときにも出てきた。こうすることにより、腹筋の下部から腰、太ももの筋肉までの緊張がやわらぐ。言い換えれば下半身が緊張から“開放”されて、振動数の小さい低い音が伝わりやすくなり、しっかりと支えられるからだと考えられる。
 この姿勢は前回に述べた「高くて張りのある声」にも通じる点があるのだが、高い音の場合、中でも「オ・ウ」のように舌根を下げて発声するときは、同じ姿勢でも内股の後ろの筋肉を締めると、よい響きが得られる。
 話を簡単にするため、胸声からすぐに腹、腰へ進めたが、実はその間に横隔膜という、大事な器官の働きがある。腹式呼吸のとき、胃などの内臓を圧縮して肺を広げ、空気を吸い込むときに働いている横隔膜だ。この講座第十四回では、声帯でできた音声を身体の隅々へ伝える中心的な役割を持っていることを記したが、さらに全身の開放という点で、次のような引用があるので紹介しておく。
 「世界的なプリマドンナのFさんは『歌うときは身体をすべてリラックスし、横隔膜で声を支える。横隔膜の呼吸が上手にできているときは、身体中が開いて開放感を覚える』と述べています」(萩野昭三著「音声と声帯のすてきな関係」より)。吟詠では立位の安定感、重心などを、より意識する点で若干の違いはあるが、「身体中の開放感」には、同じ歌唱を志す者として学ぶべき点が多い。
 







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