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吟詠・発生の要点 ◎第十四回
原案 少壮吟士の皆さん
監修 舩川利夫
2. 各論
(3)発声法その5
吟詠らしい声の研究(一)
 発声の初歩として、喉を傷めず、余分な力をできるだけ抜いた声の出し方を勉強してきました。これを土台に今回からいよいよ吟詠らしい発声、つまり強い声、重厚な声の出し方について調べていきましょう。
 
劇的に迫力ある声に変わった
 発声法の最初で勉強したように普通、人の体の共鳴体というと、喉、口、鼻、頭部など、声帯で作られ音の元が直接通過して共鳴振動を起こさせる場所を指すことが多い。これを仮に“第一の共鳴”と呼んだ。ここで作られる声は、頭の響きが主となることから「頭声」(※参照)と呼ばれ、邦楽、洋楽を問わず、声楽全般の基本となる声である。我々も先ずそこから発声の練習を始めた。これは弱いけれど素直な声ということができる。
 次はこの基本を踏まえて、吟詠らしい声、音量があってしかも重厚な声(女性にあっては華麗、時に繊細な声)をどのようにして作り出すかに移ろう。
 最近開かれた吟詠の地区講習会で、監修者が講師の一人となり、模範吟者に助言する役を勤めた。ある吟者が絶句を詠ったが、いかにも弱々しくて頼りない声だ。そこで講師はその吟者に相当の重さがある旅行カバンを持たせ、再び詠わせたところ、会場から「ホオーッ」という驚きと感嘆の声が沸き上がった程どっしりとした吟声に変わった。これが今回説明する“第二の共鳴”効果なのだ。簡単に言えば、初めは頭声だけで詠っていた吟者が、重い荷物を持たされたことにより、重心が下がり、腹筋、横隔膜と腰や足の筋肉が刺激されて頭声の響きの支えを形作ると同時に、腹筋が吐く息をしっかりと押し出すので密度の濃い声となり、さらに胸、腹などの筋肉自体も共鳴して、厚みのある声に劇的に変化した、という訳である。吟詠はこうした強くて響く声が、特に低い声には絶対に必要となる。例に挙げた吟者は姿勢(標準的な姿勢は、意識の重心を臍下丹田に置き、膝にゆとりを持たせ、やや前傾させる)が正しく行なわれていなかったうえ、腹式呼吸による深い呼気ができていなかったようで、そのため弱々しい頭声しか聞こえてこなかった。
 
〔図〕音声の伝導
 
吟詠は肉体芸術の一つ
 〔図〕をご覧いただこう。声帯でできた音波が実線(太線)のように上(頭部)と下(背筋、胸筋を経て横隔膜)へ直接伝わるとともに、横隔膜からはほぼ全身に音波が破線(点線)のように逆に伝わる様子がよく分かる。強いて名前をつければ、声帯から頭部、頸部の伝送音波が第一の共鳴、背筋、腹筋を通って横隔膜へ伝わるのが第二の共鳴、横隔膜から全身へ逆伝送されるのが第三の共鳴ということになろうか。イメージとしては若者が乗った乗用車によく見られる、車全体がひとつの低音楽器のように「ズンズン」という音を響かせながら走っている感じ。あれは車内のスピーカーがよい共鳴で音楽を響かせているのに呼応して、座席からトランクルーム、エンジンルームまでが共鳴体となって、さらに強烈な音量を作り出しているようなものだ。
 吟詠は、他の歌唱芸術と同じように「肉体芸術」だと言われる。こころは、喉だけ、頭声だけで吟詠の詩心は表現できない、胸筋、背筋、横隔膜から腹、腰に至るまでほぼ全身の筋肉を共鳴体として使う必要があるということ。問題は吟者の姿勢、重心、筋肉の緊張状態が、音波を伝えやすい態勢になっているかどうかである。
 先ず、高い音域の声を裏声で逃げてしまう人がいるが、瞬間的に上の八(ミ)の音からすぐに(ド)七へ下がるような場合を除き、吟詠では裏声、ファルセットのままでは伸ばさないことを原則としている。詩文で高音域を使うところは、殆どが情感を高める部分であるのに、裏声で音量を落としてしまっては逆効果となるからだ。
(※) 頭声について=主に頭、鼻に共鳴させて出す、割合高い音域の声を言う。裏声と同じ意味で使われることもあるが、普通は自然に出る高い声のこと。これに対して主に胸に響かせる声を胸声と呼ぶ。また「地声」は、裏声でなく、自然な発声による声を意味する。







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