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吟詠・発声の要点◎第十三回
原案 少壮吟士の皆さん
監修 舩川利夫
2. 各論
(3)発声法 その4
口と鼻の共鳴
 前々回、仮に「第一の共鳴」と呼んだ首から上の、声が通過する器官で起きる共鳴についての続きです。喉(咽頭と呼ばれる)は広く保つ、首(頸部)の筋肉に力を入れない、などを勉強したあとは、声の性質を決定的にする口と鼻の働きとその関連です。
 
話し声でも響きを養う
 我々が人と話をするとき、自分の声がよく響いているかどうかと気にすることは殆どない。ただ、カゼをひいて鼻が詰まり気味のときなどは「マ、ミ・・・」などマ行がうまく発音できなかったりして、発声と鼻、声と響きの関係を認識することがある。日本人の普段の話し声は、いわゆるノド声を口先で処理する感じの人が多く、概して平べったい。欧米人の、話声がそのままミュージカルの歌に移行してしまうような、よい響きを伴った声とは、かなり違うな、と思わされる。
 この違いはどこから来るのだろう。骨格や器官の形の違いはあろうが、それだけではない。声が喉や口、鼻を通るときに適切な響き・共鳴を与えることができれば、ツヤ、温かみ、時には威厳などを感じさせる声となる。日本でも、舞台俳優、声優、演説の印象に神経を使う政治家などは、自分の声を場合に応じた効果あるものとするよう、絶えずよい響きを出そうと努力していることが、聴き手に伝わって興味深い。
 声に磨きをかける意味で、吟詠を志す人は、吟詠の声と話し声が別物ではないのだという自覚をもって、普段のおしゃべりにも“響き”意識を取り入れるとよいのではないか。
 
声の骨格を決める口
 さて、共鳴の主人公とも言える口については前回で、あまり開きすぎないことなどを記した。これは口腔内を柔軟に保つためと、舌根が上がらず舌をいつでも自由自在に動かせるようにするため、さらに声帯がある喉の部分(喉頭)が上にあがって緊張するのを防ぐ。そしてこれらの総合力として口の中のよい共鳴(口腔共鳴)を得るための準備ができあがる。
 声の性格に関する口腔の働きとしては、籠った声と前へ出る声、(発音の項で記すが)はっきりした声とアイマイな声、明るい、暗い声など、大体の声の骨格を決めると言ってよい。さらにこれら声の性格、性質を決める上で口と同じように重要な役割をしているのが鼻である。特に声のツヤ、潤い、快い響きなどは、鼻の共鳴(鼻腔共鳴)あるいはさらにその上に位置する頭蓋骨の″洞″の共鳴が微妙に関係していると言われる。一般的には口の共鳴だけでは堅い声しか出ない。また逆に鼻の共鳴が強いと声が前へ出にくくなる。口の共鳴を主にしながら、“適度な”鼻の共鳴を自然に織り込んだ声が理想の響きというのだが、この度合いが大変に難しい。巧まずして配分がうまくいく人を「よい声の持ち主」と言うのだろう。
 
鼻は口の味付け役
 吟詠家が出す声は、洋楽の声などに比べると鼻の共鳴を多く使うようだ。洋楽が母音の明るい響きで聞かせる、つまり口腔共鳴を主にして歌うのに対し、吟詠は情緒的な詩情を表現するための技法として、同じ母音にしても様々な色調に変化させたり、音程に細かい振動を加えたり、フシをまわすなど小回りを効かせる必要から、鼻へ抜く度合いが多くなるといわれている。ただ、声の迫力、朗々とした響きなどを強調するときは口腔共鳴を主にしなければならない。
 では、口と鼻の共鳴の按分は、どのような仕組みで決まってくるのか。頭の角度を前後に少しずつ変えてみると、前へ倒せば音の振動を乗せた呼気が鼻の方へ多く流れるから、鼻の共鳴が幾分多くなる。ただしこれだと喉の上の部分が狭くなり声量と、喉、口の共鳴が落ちてしまう。つまり弊害が多いのでほどほどに。一般的に口の中の形を変えることである程度操作できる。一つの方法は舌の真ん中あたりを少し持ち上げて呼気の流れを鼻の方へもっていく。また平成七年当時本誌に「ドクター萩野の診察室より」を連載された萩野昭三博士によると、同じ「ア」でも鼻にかけたアの場合を、喉を覗く内視鏡で観察すると、口蓋垂(通称ノドチンコ)が下がって鼻に抜ける息の量が多くなっているという(図参照)。吟詠家の多くは稽古を重ねる内に、口蓋垂を上下させて鼻へ抜く音(通鼻音)を自然に調節することを体得している。
 
〔訂正=十一月号本欄8頁の図で、タイトルが「発生と共鳴に・・・」とありましたが、「発声と共鳴に・・・」の誤りでした。〕
 







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