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漢詩初学者講座
吟詠家に漢詩のすすめ(56)
四国漢詩連盟会長
愛媛県吟剣詩舞道総連盟会長
伊藤竹外
一、漢詩は吟詠・剣詩舞によって感動する
 前月、本欄にて「吟詠家は漢詩を知らない」と述べましたが、一部訂正する要がありましたので再述しておきます。
 過日の弊会、六六庵五十五周年全国大会において構成吟を観賞しましたが、全国の名流吟詠家、剣詩舞家が「憂国詩人の生涯」(六六庵作)「現代を吟じ現代を舞う」(拙作)の意を体した表現はさすが抜群の演技で終始、感動の連續で時には感涙に咽びました。
 「フラミンゴ」や「神龍昇天」など詩語の意を理解する暇のない瞬間に消え去る吟詠の宿命を歎きつつも(漢詩は何度も繰り返し讀んで味わう文学)吟詠、剣詩舞が伴奏、照明などの背景の下に表現する場合は全く異った感動を与える芸術であり、今後一層、吟界と漢詩会との提携の必要性を感じた次第です。
 愛媛漢詩連盟十八吟社は、その大半は吟詠指導者が中心となって推進していますが、全国の漢詩界では各吟社において吟詠会員が入会して個個に勉強していても吟会のトップが指導、運営しているところは少ないようです。
 先般、高知、徳島県の吟界最高幹部の率先垂範によって漢詩連盟が発足した如く、今後、吟界との協力と提携によって漢詩文学の発展を祈っているのが私の宿願でありますが、更には全国の漢詩会の組織を一丸とした日本漢詩連盟結成への期待を新にしております。
 
二、課題「賀婚、賀寿」について
 作詩の課題としてお互いに身近なものですが、さて投稿詩を見るに、その措辞が常識的で且つ安易で俗な表現になっているものが多いと感じました。就中、「賀寿」の詩が多かったのでその熟語について述べておきます。
(一)詩語としての年齢と故事
六十(耳順)孔子の「六十而耳順」より
同(華甲)十の字が六と一とで六十一
七十(古稀)杜甫作「人生七十古来稀」より
八十(杖朝)朝廷に参内するに杖つくを詐される
九十(九秩)秩は十年を言うことから
九十九(白寿)百の字から一を除くと白になる
百歳(期頤(きい))百年一巡して又養われる
(二)国訓となるもの
還暦(六十) 喜寿(七十七)
傘寿(八十) 米寿(八十八)
卆寿(九十) 金婚(結婚して五十年)
 右は吟界でも一般でも広く使われています。既に日本語として定着して長い歴史をもっていますから、たとえ国訓であっても「米寿」「金婚」などは中国にない熟語であっても許されるものと思います。
(三)むつかしい故事はさける
 私なども全く知らなくてあれこれ辞書を引かないと解らないような故事はこの欄には不向きです。作者の努力は多としますが、次のような熟語を果して誰が理解できるでしょうか。作者がいちいち辞書を片手に説明して廻らなければならないものは吟詠家ならずとも現代には通用しないと思います。
 
原憲 (げんけん) ・・・ 孔子の弟子で清貧に安んじた。
桑樞 (そうすう) ・・・ 貧賤を言う。
建安 (けんあん) ・・・ 後漢年間、曹操以下七人の詩人が集って文壇の主力をなした。
三絶 (さんぜつ) ・・・ 諸橋大漢和辞典に依れば三絶の故事が十五以上もあって八十行に亘る解説あり。
関雎 (かんしょ) ・・・ 夫婦和合を頌える曲(詩経)
 
 尚、太刀掛呂山先生の「漢詩入門講座」に故事の使用について「比喩が漠然として解釈が曖昧なもの、偏僻で人には分らないもの、典故を用いてその原意を失したものなどは排斥すべきであると胡適の語を引用して戒しめています。







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