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吟詠家・詩舞道家のための漢詩史 19
文学博士 榊原静山
清代(その一)
−国姓爺合戦の鄭成功ら−
 漢民族による君主国家の最後の王朝、明は三百年つづいたが、西紀一六一六年には満洲に清国が起こり、三代目の順治帝が万里の長城を越えて、中国の心臓−北京に入城し、明朝の復興運動の福王の抗戦や、浙江の魯王、福建の唐王、広東の桂王などをつぎつぎに倒して、西紀一六六二年、名実ともに清の勢力下になった。この清時代にはわが国の演劇でも親しまれている“国姓爺合戦”の鄭成功が出ている。
 
鄭成功(ていせいこう)鄭成功は明の唐王を助けた鄭芝竜と日本人の母との間に生まれた混血児で、父とともに清軍に抵抗し、唐王から明朝の皇族の姓である朱という姓と、成功という名を賜ったところから、国姓爺と呼ばれている。はじめ父が海上の勢力者であったので、彼は自分も厦門(あもい)や金門島付近で数千の部下を従えて勢力を養い、明室の再興をはかり、南京を攻め、失敗して海にかえり、台湾を根拠に三千余隻の海軍力をもって清軍を悩ましたが、三十九歳の若さで世を去った。その子、鄭経(ていけい)、孫の鄭克(ていこくそう)が遺志を継いで抵抗したが、ついに清軍に亡ぼされてしまう。
 このように清朝も初期には国造りに苦労をするが、第四代康煕帝(こうきてい)(西紀一六六一−一七二二)第五代雍正帝(ようせいてい)(西紀一七三五−一七九五)の期間は最も清国の国力が充実した。北は満洲から内外蒙古、青海チベット、新彊まで包含し、朝鮮、ビルマ、シャム、安南を属国とした強大な国家になり、そして文化対策として、満洲文学や風俗文化を普及すると同時に、伝統的な漢民族の文化を保護しようとしたが、満洲民族を排斥したり、政治を批判する学者などはみな投獄し、反清思想の書物を破棄するなど、独裁制を強化はしたが、学問そのものは大いに発達させ、康煕帝の時には今日の漢和辞典の元になる“康煕辞典”や漢詩の辞典“佩文韻府”を作らせ、雍正帝の時には古今図書集成一万巻を集成し、乾隆帝の時には三百人の学者を動員し、十年かかって八万巻といわれる四書全書という大叢書を編集するなどの大事業を行ない、小説としては曹雲芹の紅楼夢(中国の大貴族の家に生まれた賈宝玉の生活を描いた恋愛物語の長篇もの)や呉敬梓(こけいし)の儒林外史(当時の役人の生活や儒者、名士あるいは細民の生活ぶりを痛烈に批判した諷刺小説)その他、蒲松齢の“聊斉志異(りょうさいしい)”李宝喜の“宮場現形記”などがあり、戯曲としては、明朝の史実から取材して侯方域と美妓李香君との恋愛を扱った“桃花扇”を孔尚住が書き、唐の玄宗皇帝と楊貴妃の故事を伝記に忠実に書いた“長生殿奇”を洪昇が著(あらわ)し、文芸の黄金時代を築き上げた。詩壇では、はじめ明に仕えて礼部尚書になり、清朝になってまた官についた銭鎌益(せんけんえき)がいる。
 
銭鎌益(せんけんえき)(一五八二−一六六四)字は受之といい号は牧斉で江蘇省の常熱の出身で、清初の詩壇に活躍した。これについで呉偉業(ごいぎょう)がいる。
 
呉偉業(ごいぎょう)(一六〇九−一六六四)字は駿公といい号は梅村で江蘇省の大倉の出身で、幼い頃から英敏で若い時は役についたが、晩年は静かな自然を愛して、『からたちのまがきと茅舎は蒼苔に掩われ、竹を乞い、花を分ちて手自ら栽う間窓に雨を聴きつつ詩巻をひらき、独樹に雲を看つつ嘯台に上る』とうたい、いかにも静かな趣を表わしている。
 項羽の武勲をうたった“虞兮”という詩もなかなか味のある作である。
 
 
虞兮 呉偉業
 
(語訳)虞兮・・・項羽の愛妃虞美人のこと。重瞳・・・瞳が二重になっている人という意味だが、項羽のこと。辟易・・・しりごみすること。居然・・・どっしり落着いていること。博得・・・博もうる、得もうること。
(通釈)楚の項羽は千人がかりで向かっても、しりごみさせられるほどの勇者で、幾度もの戦いにも謹然として、決してしりごみなどしなかった。それにもまして虞美人ほどの美人を死のうとまで思わすほど、彼女の心を捉えた、これこそ項羽は英雄というものだ−。
 この銭、呉の二人に王士禎(おうしてい)(一六三四−一七一一)と朱彝尊(しゅいんそん)が清初の四家と称されている。
 
朱彝尊(しゅいんそん)(一六二九一七〇九)字は錫(しゃくちょう)、号は竹といい浙江、有嘉興の出身。博学で一六七九年には官に上り明史の編纂官になり、書亨を作って蔵書八万巻を持ち、もっぱら著述にふけり、強い筆力の詩を得意とし、曝書亭集という詩集を残している。
 
織女牽牛 朱彝尊
 
(語訳)匹・・・配偶者。娥・・・神話に出てくる月の国へ上っていったといわれる嫦娥(じょうが)のこと。后・・・嫦娥の主人にあたる神話上の人。
(通釈)織女は牽牛の妻であり、嫦娥は后の妻であるが、織女たちはわずか一年に一度、七夕の夜だけしか会うことができず、嫦娥は自分だけ不老長寿の薬を飲んだばかりに昇天して、月の世界でただ一人淋しく住まわねばならないような運命になってしまった。こうした神人でもこうなのだから、まして世間の人間が嫁したり娶ったり(めとったり)するのに意のごとくならないのは当然のことである。
 







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