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吟詠・発声の要点 第十二回
原案 少壮吟士の皆さん
監修 舩川利夫
2. 各論
(3)発声法 その3
 前回は、声を出すときに首や喉の筋肉に力を入れないことなどを勉強しました。今回はそのようにして生まれた声の素に、よい共鳴を与えるための喉や舌、口、あご顎などをどのように対応させればよいかの勉強をしましょう。
 
喉を詰めやすい状況を克服する
 復習の意味で。声の高さを変える、つまり声帯を引っ張ったり緩めたりするのも筋肉の一種だから、喉に力を入れずに吟じることはできないのではないか、という疑問を持たれるかと思う。簡単に言えば、声帯を調節している筋肉は前筋と呼ばれるものなど五種類があり〔※1参照〕、それらが互いに連係し合って声帯を調節している。声帯がある位置は喉仏のすぐ後ろだから、この五つの筋肉もその周辺にあると考えればよい。ということは、首を支えたり、管などの動きを担っているその他の筋肉とは一応関係がないということ〔※2参照〕
 にも拘わらず我々は、“高い声”とか、“大きい声”と思っただけで喉、首などの筋肉を硬くさせてしまう。人体に備わった用意周到さが度を越えた過剰反応を起こすのだろう。その結果、首、肩に力が入り、意識の重心は上がり、腹式呼吸は乱れ、声は響かず、という悪循環が始まってしまう。
 稽古前にする発声練習の一つの効用は、先に挙げた五つの声帯の筋肉を上手に使いこなして、自分が思うような音程、音質、音量を自在に出せるようにすること。もう一つは、声は首の周囲にある多くの筋肉とは関係なく操れるということを身体に覚え込ませることにある。吟詠の先人が教えた「喉を鍛えよ」の言葉は、訳もなく喉を酷使して痛めることではなく、声帯を意のままに動かせるように練習せよ、というように解釈していただきたい。
 ここで注意したいのは、吟詠を実際に詠うとなると、喉や声帯を痛めやすくするような状況が次々と起きてくることである。つまり
(1)一本でも高い音程がよしとされる風潮から、無理してでも高い声を出そうとする。(2)強い声を急に出そうとして必要以上に多量の呼気を声帯にぶつけ、異常な振動を起こさせる。(3)詩情を表現する感情が高ぶり、気合が先行して、肩と胸に力を入れる。(4)こぶし、ゆり、まわし、などの場合、どうしても声帯とそのまわりの筋肉に力を入れる。(5)(流、会派により違いがあるが)節を回す途中で、喉を詰めた一種のノド声を多用する、また時にひっくり返った声を挟み込む。
 吟詠の味わいを深め、詩情を豊かにする上で、こうしたことは日常的に必要で、欠かすことはできない。これを何の予防的な配慮もなく繰り返せば喉を痛め、声帯にポリープや結節を作ったり、ひどいときは悪性腫瘍の原因となったりすることがある。
 一見して相容れないこの矛盾をどのように解決すればよいのだろう。手短に言えば「自然体」と、「自分を冷静に見るもう一人の自分を忘れない」ことではないだろうか。具体的なヒントとしては、先に記したように、いつの場合にも上半身は力まない。高望みせず自分に合った音域で吟じる。吟詠の中で情感が昂ぶっても、絶えず″演技している自分″を意識する。ドップリと吟に没入するのではなく、没入している自分を、聴き手に訴えるのだ、という一種のゆとりをもつこと。こぶし、まわし、などは吟詠の味わいを出す音楽的な“効果音”なので、そこで力むことなく、ノド声にならないよう、絶えず腹筋の支えの上で詠う、などに配慮したい。
 
身体部分の練習
 右のような状況があるのでなおのこと、力まない声を出す練習が大切になってくる。次の段階は、声帯でできた素直な声の素を、喉、口、鼻を通る間に、よい共鳴をつけた響く声に育て上げることだ。
 我々の体の声帯より上に位置して、声が通る様々な空間を、まとめて共鳴腔と呼ぶが、全体に言えることは、共鳴腔をいつも柔軟で広く保つよう工夫することである。共鳴腔で一番目立つ「口」からみていく。
 
(A)口の開け方
 口を開けすぎるのはよくない。何故なら、開けすぎると喉の通路(図の咽頭口部)が狭くなり、素直に出ようとする声の通路を狭くするから。「アーー」と声を出しながら下あごを少しずつ下げてみる。始めはあごを引くというより、前へ出す感じ。その辺までは口の奥がよく開いているが、さらにあごを引いていくと、舌の付け根が段々と上へあがって声の通りをわるくする感じが分かる。開ける間隔は、「ア」の場合、上下の歯の間を、指2本か2本半くらいとするのが適当といわれる。(母音の違いによる口の形などは別項目で説明)
 従って「母音をはっきりと発音しなさい」といわれても、極端に口を動かしすぎてはいけない訳で、まず考えるのは口の中に不自然な力を感じさせない程度の開け方、その範囲でアイマイ母音にならない発音の工夫などが必要となってくる。
 なお、喉の奥が狭くなったり、舌の付け根が上がってしまう原因として、口の開け方以外に、あごの引きすぎ、肩、胸の反らせすぎなどがある。自分が詠うとき、いろいろと試してみて最適な角度を覚えておこう。
 
 
(B)喉を広く保つ
 声帯と口を結ぶ通路が喉(図の咽頭喉頭部、咽頭口部)で、やはり詠うときは広く保ち、そこで声帯の振動を拡大し、口や鼻に伝わりやすいようにする。普通、この咽頭腔は閉じやすいようにできているらしく、広く保つにはそれなりの練習が必要だ。感じをつかむ表現として「棒のような太いものを飲み込む気持ちで」とか「あくびをするときの喉の感じ」などと言う人もいる。「師匠のノドチンコ」の著者・泉昭生氏の練習方法が参考になるので紹介する。
「(1)鼻から息を吸い込み息を止めないで『ンー(M=唇を軽く閉じる)』の発声をする。次に『アー』の発声の口形で息を吸い込み、息を止めないで(喉の奥の形を変えないで)『アー』の発声をする。
(2)母音の口形、舌の形を決めて、大きく息を吸い込み、息を止めないで喉が開いた状態からすぐに母音を発声する」
 
〔※1〕 声帯の五つの筋肉
前筋 声帯を前後に引っ張る
    声帯が薄くなる
声帯筋 声帯を短くする
    声帯は厚くなる
側筋 声門を閉じる
横筋 声帯の後を閉じる
(披裂筋)
後筋 声門を開く
【本誌平成八年四月号掲載「ドクター萩野(萩野昭三医学博士)の診察室より」引用】
〔※2〕 からだ全体の共鳴をコントロールする筋肉は腰椎の前後にある。「第二の共鳴」の項で詳述する。







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