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吟詠・発声の要点◎第十一回
原案 少壮吟士の皆さん
監修 舩川利夫
2. 各論
(3)発声法その2
 吟詠に合った声の出し方について、前回は手始めに「第一の共鳴」とでも呼べる、首から上を主にした響かせ方から練習すること、そしていずれは全身を使うような声の出し方に仕立てていく道筋などを勉強しました。今回からは、実際に声を出して初歩から練習してみましょう。
 
ため息を声に変える
 「姿勢と呼吸法については、この講座を読んで一応は分かりました。でも、いざ声を出すとなると、うまくいきません」という意味の葉書を何通か戴いた。姿勢、呼吸の二つとも声を出す上で大切な予行演習、と言うより、特に腹式呼吸などは発声法そのものの重要な部分なのだが、それが声と結びつかないということのようだ。
 しかし、呼吸法が理解されれば、素直な声を出す準備の半分は出来上がったと思ってよい。あとは声の元を作る声帯と、声を増幅したり加工する喉、口、鼻、頭部を、一番いい状態に置いてやる作業が残されている。
 “一番いい状態”が意味する内容を少し詳しく見てみよう。声帯がある喉とその周辺、肩、首、胸などの筋肉に余分な(姿勢を保つ働き以外の)緊張があると、響く声が出ないことは前に記した。復習すると、呼吸するときに横隔膜と腹筋を使い、胸の上部は動かさない、などもそのための配慮だ。では、喉や首を緊張させないというのはどのような状態を指すのか。百パーセントの脱力状態はあり得ないにしても、それに最も近い状態の一つに″ため息をつくとき″がある。気分が落ち込んだ、がっかりした、精根を使い果たした、などのときに漏らすため息「アーーア」のこと。心身ともに腑抜けて脱力した格好になっている。
 練習は立った姿勢でもできるが、初めは椅子に腰掛け、背もたれに寄りかかるなど、楽な姿勢がいい。上半身の力を抜き、首も肩もうなだれて、口はあいまいに開き、大きめに息を吸って「アーーア」と、実際にやってみよう。口から出てくるのは、半分が声で半分は息かもしれない。しかし喉とその周りはすっかり脱力している。
 
“音楽”を少しずつ積み上げて
 さて、こうして覚えた″脱力した声″をどうすれば吟詠の声に近づけることができるか。次のように、音楽的な要素を少しずつ積み上げていくのがよい方法の一つと思われる。
(1) 喉とその周りのリラックス感覚を忘れずに、(腰掛けていたら立ち上がり)背筋を少し伸ばし、口を少し「ア」の母音に近づけ、みぞおちを膨らませて息を吸い、腹の下方の筋肉を少し強めに絞って、自分が出しやすい音の高さで声にしてみる。
(2) 呼気を少し長めに伸ばす。吸気から呼気(発声)に移るとき声門(声帯の間の空気が出入りするところ)を閉めず、腹筋の力でポンと出す感じ。これはちょうど前回に記した「もっとも少ない息で安定した声を持続させる練習」とも通じ、大事な基本練習の一つ。
(3) (喉の脱力はそのまま)喉から上がってくる声を、上アゴに当てるような気持ちで、頭部に響かせることを意識してみる。(共鳴については*1参照)
(4) 音の高さはそのままで、呼気の量を多くして大きい声にしてみる。
(5) これまで出していた音の高さを「ミ(三)」にとり、「ミ、ファ、ラ、シ、ド」の音階順に上げてみる。次に音階順に下げてみる。音が高いところへ行っても、喉の周りの筋肉にはなるべく力を入れない。
 こうした練習をあせらずに何回も繰り返し、上半身を脱力させたまま声を出す感じを身につけよう。
 
強い声は腹筋が主役
 力を抜いて声を出すことに集中するのだから、最初は弱々しくて締まりがなく、決して魅力ある声とは言えないかもしれない。だが、脱力した喉の部分から出る声と、下腹の筋肉から徐々に押し出される呼気の圧力と、頭部を主とした響きが合成されると、段々と磨きのかかった声に成長してゆく。吟詠特有の強い声とは一見関係なさそうに見えるが、声の元を素直に育てる基本は同じであり、それに加えて頭部、胸部、腹部、さらには腰部の支えと共鳴をどう調和させるかによって魅力ある吟の声が作られると言っていいだろう。強い声、大きい声を出すということは、呼気の勢いを強めるために腹筋を強く緊張させることであって、首の筋肉や舌の根元に力を入れることではない。(声帯を調節する筋肉は、呼気の強さに対応して収縮する)
 こうした練習方法の一番よい点は、最初から強い声を出そうとして力み、響きを忘れた声になってしまわないこと、それに、喉に負担をかけすぎて声帯を痛めたりすることが少ないことだ。
 
腰を落とす感じをつかむ
 この段階での姿勢と呼吸法に関する大切な点を復習しておこう。意識の重心は臍下丹田に安定しているか。背骨の下方にある腰椎は前に反りすぎて(腹が前へ出すぎて)いないか。肩を張りすぎていないか。膝には少しゆとりをもたせているか。これは発声の段階が進んで全身に響くような重厚な声を出すようになればなるほど大事なことになってくる。音程の高い声、強い声を前へ出すということは、その分だけからだが後ろの方へ引っ張られている理屈で、この力に負けていたのではからだの重心が安定せず、厚みのあるしっかりとした声にはならない。そこで必要になるのが、これに対抗する姿勢、つまり膝にゆとりを持たせ、上体をやや前傾させる感じである。(イラスト参照)
 従って、音量が少ない声で練習しているときから腰はやや落とし気味にし、下半身のしなやかさと、頭部や胸部の響きを支える構えを覚えておいた方がよい。呼吸法では、息を吸うとき胸の上方と肩は使わないこと。みぞおちを膨らませて(横隔膜を縮めて)息を吸い、吐くときは腹の下方の腹筋を使って下から絞るように均一に長く吐き出す。なぜ下から出すのか。あまり科学的な例えではないかもしれないが、チューブ歯磨を思い出していただきたい。キャップを取り、中の練り歯磨を出すとき、チューブのまん中から押し出したのでは中途で力が分散して均一には出てこないが、下の端から少しずつ押し出すとムラなく均等に使うことができる。そんなイメージで練習するとよい。この方法だと、意識の重心も下に下がり、臍下丹田に気を置くことにも一致する。
 
 
【余禄】自分の声を自分で聴く。
 自分が意図したような声になっているかどうかを知る最善の方法は、誰かに聴いてもらい注意を受けることだが、自己診断をしなければならないときにはテープレコーダーを活用したり、自分の顔や立ち姿を鏡に映したりして、なるべく客観的に捉えるように努力したい。
 自分の声を自分で聴くときは、他人の声を聴くのと違い、音の波が自分の顔や首の骨を伝ってじかに耳へ響くので、かなり違った性質の声に聞こえる。特に喉や胸に響かせた声が、自分ではよく聞こえる半面、頭の響きを主にした声は弱々しく聞こえるようなので注意が必要。
 
(*1=主に口の中の共鳴と鼻腔の共鳴を念頭に置いているが、この場合は漠然とした頭の共鳴と考えて差し支えない)







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