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2. 各論
吟詠・発声の要点 ◎第九回
原案 少壮吟士の皆さん
監修 舩川利夫
 
(2)呼吸法
その2、腹式呼吸の実際
 七月号では腹式呼吸の初歩を勉強しながら、我々の体の呼吸についての仕組みを、やや詳しく見てきました。今回はそれを土台に、初級者には腹式の練習方法を、中・上級者には高度な発声に欠かせない腹式呼吸活用法を整理してみましょう。
 
苦手な人は最初、仰向けに寝て
 腹式は苦手という人がかなりいる。内臓のすき間や皮下に脂肪を多く蓄えている人、ふだん腹筋をあまり使っていない人などに多い。そんな人にお勧めの練習法は、【図1】先ず仰向けに寝て、膝を立てる。両手は腹の上に軽く乗せて腹部の動きを感じる。この姿勢をとることで、腹の部分が引き締まり、息を吸うとき、みぞおち辺を膨らませやすくすると同時に、息を吐くときは重力が手伝って腹を凹ませやすい。その上、背中が床面にベッタリとついているから、肩の上下による呼吸が抑えられる。この姿勢で腹を膨らませて息を吸い、腹を凹ませて息を吐くという腹式呼吸運動を、感触をつかむまでやってみる。
 次の段階は少し高度で微妙な面があるので、仰向け練習を卒業してから始めていただきたい。
 
 
〔図1〕仰向けに寝て腹式呼吸のコツを掴む
 
 
“呼び水”としての呼気
 「呼吸」というから順序は“呼気”から始まる、というのは屁理屈のようだが、一応の理由はある。「肺の中が空っぽになるまで吐き切って」と言えば胸を縮め、腹を絞って(横隔膜を上へ上げて)息を吐く。その力を一度に緩めると、反動で下胸部と腹が膨らみ、横隔膜の天井は幾分下へ移動して、自然な形で吸気ができる。その力の延長線上でみぞおち辺を膨らませて、腹式の第一歩を覚える、というのが「吸気の呼び水としての呼気」である。
 このとき注意しなければならないのは、反動で吸気を始めるとき、肩や大胸筋のような胸の上の方はなるべく動かさないこと。胸の下の部分と腹の方で息を吸うように心がけるとよい。
 
横隔膜を意識して息を吸う
 こうして腹式の吸気が始まる。みぞおちのあたりを、なるべく速く膨らませ、鼻から、間に合わないときは口からも同時に空気を肺に入れる。このとき、腹の内部では横隔膜が収縮して、肺の容積を大きくしているのだ、と自覚することが大切だ。(このとき胸郭の下部は連動して広がっている)横隔膜の働きを意識することが、後に出てくる止気、保息などを理解する第一歩にもなってくる。
 詩文を吟じていて、本来は息継ぎしたくないところで急いで息を補給するのを“盗み息”などと言うが、素早い吸気は主として横隔膜の瞬間的な収縮によってできるのだから、練習すれば速くできるようになる。人体の器官は、使えば働きがよくなる、という“ルウの法則”が横隔膜にも、(後出の)腹筋にも通用するわけだ。
 
“息こらえ”と違う“止気”
 普段の呼吸は、息を吸った後ごく自然に吐く動作(呼気)へ移行する。だが、吟(歌全般)のときは、呼気が始まろうとするその瞬間に、かなり重要な気構えが必要となる。
 吸気が終わったとき、上体の様子を見ると、みぞおちの周辺は力が入って硬くなり、下腹部は横隔膜に押されて何となく前へ出ている。この形は「姿勢」で勉強した“意識の重心”がかなり上にきている状態で、吟じる前に体勢の立て直し、つまり臍下丹田に気を入れた姿勢に戻さないといけない。
 “止気”が必要となるのはこのときで、一時的に息を止めるのだが、普通に息をこらえるときのように喉を詰めて(声門を閉じて)止めるのではなく、横隔膜を下げる力と、それを支える腹筋の力が釣り合ったところで止める。と同時にみぞおち辺にあった緊張を、腹の下方両側の筋肉・腹横筋(【図2】)に下ろす。つまり腹の下部がやや緊張し、臍下丹田に気を入れた状態となる。
 
 
(拡大画像:121KB)
〔図2〕腹筋(A:復直筋B:復横筋)
 
 
 呼気へ移る前の、時間にすれば1秒もないこの瞬間が、もう一つ大事な意味を持つのは、吟じ始めの正確な音程と発音を確保すること。さらに、強い出だしの声の準備をする、などがあるが、これについては発声法の項でも触れる。
 
呼気の練習は「フ」の口で
 さて、吸気から下腹部の支えを作り、呼気に入るのだが、吸気が短時間で済むのを善しとしたのに対し、呼気は安定した長い息を善しとするので、そのための訓練が必要となる。
 実際に声を出すときは、呼気が狭い声帯の間をすり抜けたり、子音を作るための歯、唇などの障害物にぶつかりながら外へ出る。つまり声となって外へ出るまでに、息は大小の抵抗に逢いながら、一定の音質と音量を保たなければならない。ということで、呼吸練習のときも“抵抗”を想定して、単に息をハーっと吐くのではなく、唇を突き出すように細くして(または上の歯に下唇を当てて)「フー」というつもりで、均一に長く呼気を出すようにする。このように息を細く、鋭く、長く保持することを保息という。
 
上級者向け“保息”の技術
 以下の説明は少しややこしいので、中・上級者を念頭に置いて記すことにする。
 前述の止気に続いて、みぞおちの緊張を腹の下方に落とし呼気を始める。このときに大事なのは、腹の下の方から一定の圧力で息を出すこと。それも腹横筋を少しづつ収縮させて、だんだんと上の方へ絞り上げるようにする。呼気の初めに胸郭やみぞおちをへこませるのは、成り行きまかせの呼気と同じで保息のコントロールが利かず、長く安定した息は続かない。
 呼気の始めに下腹の筋肉から力を入れていくことは、意識の重心を下に保つ上で、また特に高い音を出すときの下の支えをしっかり保つ上でも大切なことである。
 さらに言えば、吟詠の特徴の一つである読み下しの強い出だし(硬起声、アタックとも言う)を効果的で綺麗に出すためには、腹横筋だけでなく腹直筋(【図2】A)の力も借りて急激な圧力をかけなければならない。これを肩の上下で代用させている人が、上級者にも相当数見受けられる。吟じる前から気分が高まると、ついつい肩が上がってしまうのだろう。ベテラン吟士ともなれば肩を上げたアタックの後でも、すぐに下腹の圧力で支えることができるが、初級者は初めから腹筋の圧力で硬起声を作っていただきたい。そうすればアタックの最中でも喉には無駄な力が入らず、響きのある強い声を出すことができる。
 腹式呼吸の練習で、「フーッ」と細く長く吐くことと併せ、時には腹筋を瞬間的に強く収縮させて硬起声を作る訓練を織り込むとよい。







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