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2. 各論
吟詠・発声の要点 ◎第八回
原案 少壮吟士の皆さん
監修 船川利夫
(2)呼吸法
各論(1)姿勢に続いて呼吸の仕方を考えます。前々回の「呼吸を思うようにできる姿勢」を思い出しながら、研究してください。
その1、いろいろな呼吸
呼吸は人が生きている証拠の一つ。いつもごく自然にやっていることだが、これを声の元として活用するとなると、いくつかの工夫が必要になる。
ふだん我々が静かにしていたり、寝ているときの呼吸は、無意識のうちに深くもなく浅くもなく、みぞおちあたりを中心として腹と胸の一部の筋肉を動かして行なっている。いわば「安静時の呼吸」。胸か腹か、どちらを多く使っているかは人によって違いがある。
ラジオ体操の深呼吸は「胸を大きく開いて深呼吸」というように、意識して肩を上げ、後ろへ反らし、胸を膨らませて息を吸い込み、吐くときはこれと逆の動作をする。これは呼吸運動が主として胸(肋骨の間にある筋肉と大胸筋、他)に依っているので「胸式呼吸」と呼んでいる。激しい運動をした直後とか、人によっては普段でも、無意識のうちにこれに近い呼吸をしている。
もう一つは、先の安静時の呼吸にやや近いが、使う筋肉を腹の方に重点的に移して、自分の意思の力によって呼吸を制御しようとするもので、「腹式呼吸」と言われている。
では、吟詠にもっともふさわしい呼吸(息)とはどのようなものかを考えてみると、
(A)よく響き、声量を豊かにする息
(B)一定の音量で長続きさせる息
(C)強い声、弱い声をうまくコントロールさせる息
(D)瞬間的に吸い込める息
などが基本として挙げられる。
結論を先に言えば、これらを満たすことができる唯一つの呼吸法は腹式呼吸である。言い換えれば呼吸の強さ、長さ、速さなどを自分の意思どおりに制御できるのは腹式呼吸しかない、しかもそれは発声に禁物である喉とその周辺の力みを避けることができる呼吸法であるということだ。
腹式呼吸の初歩
腹式呼吸の方法を簡単に説明すれば、腹(みぞおち付近)を膨らませて息を吸い、へこませて吐く。肩や胸の上部(乳首から上)はなるべく使わない(動かさない)が、胸の下の方は自然に動く。これが基本。初めから終わりまで自分の意志で呼吸を作り上げるのが特徴で、深く、安定した呼気の出し方などが、本人の練習によってかなりのレベルまで向上する可能性を秘めている。
また、腹式呼吸に関わる筋肉など体の部分が、発声・共鳴器官から離れているため、息を急に強く吸ったり吐いたりしなければならないときでも、喉、口腔などに力みが伝わりにくく、従ってよい共鳴と声量を保ちやすい。
さらに腹式の利点として、息を吸い込む速さがある。胸を広げるには、肋骨の間にある筋肉や大胸筋などを動員して、手間がかかる割りに効率はよくない。腹式では、みぞおち近辺をプッと前へ膨らます動作で、短時間に吸うことができる。ということで、腹式は初級の人でも必ずマスターしていただきたい呼吸法だ。順序として腹を膨らますといった外に現れる形を覚えた後には、そのとき体の中でどのようなことが起きているのか、また息を保持したり、効果的にコントロールするにはどこに気をつけねばならないか、などの点に注意して、呼吸法の技術向上を図る必要が出てくる。そのために腹式呼吸の主役ともいえる横隔膜とか腹筋が、一体何者で、どのような役割を果たしているのかを、一応理解しておかなくてはならない。
ちょっと生理的な話、横隔膜と腹筋
肺は自分では伸びたり縮んだりする力を持っていないので、その周りの胸郭を広げたり、肺の下にある横隔膜を下げたりして肺を広げ(吸気)、あるいは腹筋の力も借りてその逆の運動(呼気)を続けている。
横隔膜は体の外からは見えないし、例えば腕の筋肉を収縮させて持ち上げた、といったように、自分の意図が動きとして見えないので解りづらい存在だ。膜といっても筋肉の束でできている。胸(胸腔)と腹(腹腔)の間、肺と心臓のすぐ下にあるのだが、裾野の広がりがかなり大きい。
【図1】にある「横隔膜の上縁」という太線に注目してみる。これで概略が判るように、体の前部では胸骨の下端に固定され、上のヘリは肺のすぐ下にあって(脱力した状態で)洗面器を伏せたように上に湾曲している。その高さは乳首あたりと、思ったより高い位置にある。背面へ回ると下の端は腰骨(腰椎)に固定されている。全体のイメージとしては、体の前で少し高い位置から始まり、天井は胸の中央まで盛り上がり、周囲が胸骨、腹筋、肋骨などにつながり、体の背面では下に広がって腰椎などに固定されたドーム状の筋肉の束。ドームの上に肺が乗っかり、内側に内臓が詰まっている、といった感じ。それ自体、かなり大きい面積を持った器官である。
横隔膜という筋肉が収縮する(ドームが縮む)と、中にある内臓が圧迫されて、腹が出る形となり、その分、肺が下方に広がって吸気を助ける。これが腹式の吸気である。つまり、みぞおち辺を前ヘプっと出すというのは、横隔膜を収縮させていることの現れと考えればよい。
腹式というからには胸の筋肉などはまったく使わないかといえば、そうでない。みぞおちを膨らませたとき、そのすぐ横を自分で触ってみると分かるように、肋骨の一番下の方はかなり広がり、吸気を助けている。瞬間的な吸気は、横隔膜と下部胸郭を広げる筋肉の共同作業によってできるわけだ。
呼気は腹筋の仕事
筋肉の運動というのは“収縮”と、それを緩める“弛緩”である。横隔膜が収縮して肺を広げ、息を吸った後、横隔膜の緊張を緩めて脱力状態に戻すと、自然にいくらかの息は吐けるが、それ以上積極的に肺を押し上げて呼気を勢いづける力は持っていない。そこで腹筋の“収縮”が働き、横隔膜を持ち上げることになる。
【図2】では腹筋と呼ばれる多数の筋肉が模式的に描かれている。腹筋は腹の周りの壁を作っている縦、横、斜めと幾層にも重なって走る筋肉群。全体としては体を前後左右に曲げたり、捻ったり、仰向けの上体を起こすなどの働きをしている。
その中で、呼吸、特に呼気に深く関わっている筋は二つある。腹直筋(図の(1))が収縮すると胸郭の前が下がり、胸の容積が小さくなり呼気を助ける。腹横筋(図の(3))が収縮すると腹の部分が圧迫されて横隔膜を持ち上げ、肺から空気を押し出す。この腹横筋は横隔膜と交差してつながっているので、互いに協調しあっている。
【これで呼吸運動についての大まかな体の仕組みが分かったので、次回は「呼吸法の実際について」へ進みます。】
〔図1〕横隔膜の高さ
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〔図2〕
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