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吟詠・発声の要点 第五回
原案 少壮吟士の皆さん
監修 舩川利夫
1. 総論(続き)
(3)吟詠発声に欠かせない四つの基本(続き)
(ウ)姿勢と重心
 前回は(ア)よく共鳴する声、(イ)日本語の情緒を生かした発音、について記した。三つ目の基本は、姿勢とそれに深く関わる重心について。(詳細説明は各論に譲ります)
 吟詠にとって良い姿勢とはどんな内容を言うのか。鍵となる言葉をいくつか挙げて考えてみよう。
〔安定感〕身体が安定していると声も安定して、聞き手は安心する。人でも物でも重心が低いほど安定感がある。立っている人が両足を横へだんだんと広げれば、それだけ低重心となり安定する理屈。さらに両足に力を入れて踏ん張れば、大地が少々揺れても動かないかもしれない。
 しかし、これでは全身の筋肉がガチガチに緊張してしまうため、良い声は出ない。これを安定の「剛構造」とすれば、吟詠は逆の「柔構造」でなくてはならない。
〔意識の集中点・重心〕吟詠を勉強し始めた人は師や先輩から「臍下丹田に力を入れなさい」と教わったことがあるかもしれない。臍下丹田の意味は「へそと恥骨の間の腹中にあり、東洋の身体論で、心身の活力の源である気の集まるといわれているところ」(大辞林より)という。
 ただし、そこに″力″を入れるというのは、吟詠にとっては正しいとは言えない。″気″を入れるが正解である。つまり両足をやや開いて普通に立ち、活力の根源である臍下丹田に意識を集めることにより、そこに身体の重心を想定して安定感を生み、合わせて身体の他の場所を意識から解放して、余分な力を抜く(脱力する)ことができる。こうして柔構造姿勢の幹ができあがる。
〔過ぎたるは及ばざる〕幹が決まると、肩の張り具合、上体の前傾角度、足の開き方などなど細部にわたる注意点が沢山出てくるが、全般に言えることは、何でも大袈裟にやらないこと。ごく自然に、見た目にも美しく立つのが基本である。
〔型通りで安心、は禁物〕姿勢に関する細かい注意事項に従って、ある一つの体型を作り、そこにはまることで安心する人がいる。誰にでも似合うユニホームを着ていれば一応、大きな間違いは起こさない。ただし、その型を維持するための努力、筋力を必要とすればそれは声にとってマイナスに作用する。しかも、体型、喉、口などの共鳴体は十人十色だから、万人向きの正しい姿勢というものは存在しない。一般論を参考にいろいろやってみて、自分に合った姿勢を探すことだ。いつもそのくらいのゆとりと柔軟性と探求心を持っていただきたい。ただし、自分がいいと思ったときは、先輩や同僚に必ず見てもらい、聞いてもらって、一人よがりにならないように。
〔身体にやさしい姿勢〕どんな職業でもその道のプロは一番疲れないやり方で仕事をこなす。たとえ趣味で吟詠を習う人でも体を大事に長続きさせたい。立ち姿勢で吟じるとき、身体の中で最も負担がかかる場所は腰である。首の骨、背中の骨などを通って上半身の体重は腰で支えられる。
 背骨を真横から見るとゆるやかなS字型に曲がっている。中高年に多い腰痛の多くは、このS字の一番下方の腰骨の曲がり過ぎ、つまり下腹の突き出しと出っ尻の組み合わせ、から起こるという。この姿勢によって腰骨の下のほうが不自然に圧迫され、骨の変形や軟骨の出っ張り、神経の束の圧迫などが起きてしまう。これを予防するには下腹を引っ込めるなどして、背骨をなるべく真っ直に保つのがよい
 
(エ)腹式呼吸
呼吸の仕組み
 血液の中に新しい酸素を送り込む肺は、それ自体伸び縮みする力を持っていない。肺を取り囲む胸郭や肺の下にある横隔膜が、膨らんだり上下したりすることで周囲の(真空に近い)空間を広げたり縮めたりして肺の容積を変え、呼吸運動を手伝っている。
 呼吸運動を支えている身体の器官は何と何か、簡単に言えば上半身の骨格、筋肉全部、中でも主役級は肋骨の間にある筋肉、横隔膜、腹筋である。
 普段、我々が無意識にしている呼吸で、息を吸うときは、肋骨、特に下の部分の肋骨を膨らませ、同時に横隔膜を収縮させて胃などを押し下げることで肺を大きく膨らます。息を吐くときは胸郭を逆に絞り、腹筋を収縮させて胃などを持ち上げ、横隔膜を上に膨らませて肺をしぼませる。このように主として上腹部から下の筋肉を使ってする呼吸を「腹式呼吸」と呼んでいる。腹式でも胸周辺の筋肉を併せて使っている。
 これに対し、深呼吸するときのように肩を上げ、胸郭を一杯に張って息を吸いこみ、胸をすぼめて息を吐き出す、主として胸の上方の収縮でする呼吸を「胸式呼吸」と呼ぶ。
 
何故腹式呼吸がいいのか
 吟詠(歌全般)と呼吸の関係で大事なことは、次の二点である。
(1) 深く、長く、安定した声を出すために、呼吸を自分の意思で制御できるかどうか。
(2) 呼吸時に使われる筋肉などの動きが、発声に関わる声帯、喉、舌などの働きに、わるい影響を与えないかどうか。
(1)について。息を吸う(吸気)とき短時間(秒)に大量の空気を入れることが求められる。胸を広げ、同時に横隔膜を収縮させるのが最も早いかもしれない。しかし、横隔膜を瞬時に押し下げる(収縮させる)動作は少ない労力ですむ。また、横隔膜の動きは訓練により機敏になる。大事なのは息を吐くとき(呼気)だが、ムラのない一定した圧力で息を吐き続けるには、筋肉の緻密な動きが要求される。肩の上下と上方の胸の伸縮はいかにも動的で大まかな感じ。ゴム風船をふくらませ、一挙に口を開いて空気を押し出すのに似ている。対して、主に胸の下部と横隔膜、腹筋を使う呼吸は、収縮を少しずつ緩める横隔膜に、腹筋(直、横、斜と三種ある)が有機的に収縮を始めて、全体として滑らかな呼気が得られる。ちょうど竹筒で作った水鉄砲に、水を吸い上げたり押し出すとき、シリンダーのような棒を微妙にコントロールして、緩急を自在にするのと似ている。ただし、筋肉の滑らかな動きには訓練がものを言う。
(2)について。身体の筋肉は近所同士互いに関連し合っていて有機的に働いている。呼吸するとき首、肩、胸、背中などの筋肉が緊張すれば、喉、あご、舌などは隣同士なので力が入る。こうした発声に直接関係する場所が固くなると共鳴が効いたいい声は出てこない。従って胸の上方の筋肉を多く使う胸式呼吸は不向きのようだ。
 結論として、呼吸には主としてミゾオチから下の筋肉を使い、練習によって、言うことをよく聞く筋肉に育てる、ということになる。







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