3.7 SR245が提案する(先進的)船体寿命モニタリング運用時のイメージアップ
(1)就航中モニタリング
就航中モニタリングではシステムの簡便性と保守作業の軽減とを考慮し、構造部材に生じる応力を全て直接モニタリングするのではなく、気象/海象情報及び船体運動等の最小限のモニタリングデータ群によって遭遇海象を逆算定する事で、各部の発生応力の推定を可能とし、疲労亀裂の伝播状態を算出するとのスキームを指向した。重点監視箇所に関しては必要に応じて、オンライン直接応力モニタリング或いはオフライン高感度犠牲試験片などを併用して、より詳細な疲労寿命監視を行う。いずれにせよ、就航時の実遭遇応力履歴データを自動的に入手・記録する事がモニタリングの主目的であり、乗組員による継続的なデータ監視は(非常時を除けば)不要である。船上で統計処理されたデータは、衛星通信を経由して定期的に陸上のメンテナンス/運航管理拠点に伝送される。大容量の生データは寄港時に回収される。長期に亘る試行の結果、衛星通信を使ったデータ伝送が実用レベルで可能である事を確認している(見開き写真(11)上段と中段参照)。
(2)疲労寿命監視
疲労寿命監視は図18に示す様に、就航後に蓄積された疲労ダメージと残存疲労寿命とを疲労亀裂の寸法によって評価するスキームに基づいている。判定基準は、3.4に定義を示した危険疲労亀裂寸法である。危険疲労亀裂寸法は、隔壁板厚或いは骨材の面材の様に、一般的に板厚方向の深さで定義される場合が多い。一方で、磁粉探傷等の実用的非破壊検査手法によって検知が比較的に容易なのは疲労亀裂の幅(長さ)であり、深さの検知は困難である。そこで、亀裂伝播解析から得られる危険疲労亀裂深さに対応する危険疲労亀裂幅(長さ)を、点検時の主要判定指標として採用した。但し、危険疲労亀裂の幅(長さ)と深さ比は、構造部位(応力分布)に依存し又、複数の製造時微細きず(初期亀裂)が隣接して存在する場合には伝播の過程で幅(長さ)方向に合体する可能性もある。従って、個船のクリティカル構造部位毎に、事前に妥当な危険疲労亀裂最小幅(長さ)を求めておく必要性がある。
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図18 疲労亀裂伝播監視のイメージ
疲労寿命監視の具体的手順は下記となる。
・点検の容易性や頻度にも配慮した危険疲労亀裂寸法を設定する。構造部材毎の重要性(リスク)に応じた安全余裕度を設け、織り込む。
・重点監視個所(クリティカル構造部位)について、想定される航路の遭遇嵐モデルを生成して疲労亀裂伝播解析(設計時の疲労亀裂伝播/寿命予測)を実施する。3.2で述べた様に個々の遭遇嵐モデル自体も確率依存なので、複数の遭遇嵐モデル(時系列)の下での疲労亀裂伝播量のゆらぎを把握する。図19は、50パターンの嵐モデル中での最悪嵐遭遇条件及び最良嵐遭遇条件に対応したシングルハルVLCCサイドロンジの疲労亀裂伝播解析事例である。なお、複数とは言え限られた数の嵐モデルでは、真に最悪の遭遇パターン(厳しい順番で遭遇する)及び真に最良の遭遇パターン(穏やかな順番で遭遇する)をカバーし難い点に留意が必要である。如何なる確率の遭遇パターンまでをカバーする構造設計とすべきかは、船主と造船所とが協議決定する個船毎の仕様に依存する。真に最悪の遭遇パターンに実際に直面するケースは極めて希であり、敢えてカバーすると一般的に建造コスト及び載荷重量での不利が無視できなくなる。
・建造時の工作精度を、疲労亀裂伝播解析にフィードバックする。或いは、設計時の疲労亀裂伝播解析条件に従って、工作精度を管理する。
・建造後就航中にモニタリングされた実遭遇海象毎に、遭遇(作用)応力を推定し疲労亀裂伝播解析(追跡)を逐次行う(図18中C又はC'の算出に相当)。
・設計時に想定した遭遇海象(嵐モデル)による疲労亀裂伝播解析結果と実遭遇海象に基づいた疲労亀裂伝播解析結果とを比較照合し、本船の”疲労状態”を把握する。
・今後航行する海域の想定海象下に於いてどの程度疲労亀裂が伝播するのか、或いは次回点検までに疲労亀裂がどの程度伝播し得るのか等、就航実績に基づいた疲労寿命の修正予測/ゆらぎ再把握を実施する(図18中、C−B又はC−  算出に相当)。
・予測された疲労亀裂伝播寸法により、検査の要否/検査方法及び時期を決定する。
・検査の結果検知されなかった或いは検知された疲労亀裂の寸法情報(図18中D又はD’)をフィードバックして、疲労寿命の再修正(精度向上)予測を繰り返し実施する。
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図19 50パターン中の最悪(左)と最良(右)遭遇嵐モデル下での疲労亀裂深さ解析事例
図19では、遭遇短期海象数約2.5万回が就航後5年の定期検査時期に、約10万回が就航後20年に相当する。設計時にランダムに想定した50パターン中の最悪遭遇嵐環境下でも、20年目に於けるフェース材の疲労亀裂予測深さは高々7mm程度と板厚の1/3未満であり、問題とはならない。従って、定期検査時の広範な亀裂検知/確認は不要となる。但し、予想外に厳しい嵐遭遇履歴を受けながら、例えば15年目の定期検査時に7mm深さの疲労亀裂が見逃された場合には、3年内外で急激に板厚貫通に達し危険な状態に陥る可能性が高まる。従って、例え設計時に安全性が高いと判定された構造であっても、最も疲労強度が厳しい箇所での定期検査時サンプリングチェックまで省くのは望ましく無い事が判る。
図20は図19の疲労亀裂深さに対応する、疲労亀裂半幅(半長さ)の予測値を示す。5年で板厚貫通に達し得る疲労状態は亀裂深さで約5mm弱であり、対応する亀裂全幅(長さ)は約20mm強に過ぎない。20mm程度の亀裂では、目視による無作為検知は一般的には困難と言わざるを得ない。今回SR245が提案する疲労寿命監視スキームに拠れば、相対的に疲労亀裂が伝播(成長)し易い箇所の特定と、検知すべき疲労亀裂寸法(幅/長さ)情報が点検時点で揃っている。その為、適当な数と箇所の磁粉探傷による集中的なサンプリングチェック等によって、容易で信頼性の高い点検実施(構造安全性確保)が可能となる。
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図20 50パターン中の最悪(左)と最良(右)遭遇嵐モデル下での疲労亀裂半幅解析事例
表1 ダブルハルVLCC重要構造箇所の疲労亀裂伝播試解析事例
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SR245では、疲労寿命予測の為のプロトタイプ計算システムを開発した。表1は、ダブルハルVLCCの重要構造個所として設定したサイドロンジ、大骨端部、ビルジ部等について、ランダムに発生した一種類の日本国内〜ペルシャ湾航路での遭遇嵐パターン下に於ける疲労亀裂伝播予測結果事例である。本予測結果によれば遭遇嵐パターンによるゆらぎを考慮しても、各構造個所共、潜在的な製造時微細きず(初期亀裂)寸法から殆ど伝播(成長)が認められず、当然の結果とは言え疲労寿命面での問題は生じないものと判定された。
(3)保守点検マニュアル
保守点検マニュアルは、疲労寿命監視及び余寿命評価技術を活用して、疲労亀裂損傷予防保全の観点から質が高く合理的な船体構造保守管理を行う為の資料集である。
船舶の引渡し時には、まず初期設計時点検マニュアルが準備される。初期設計時点検マニュアルには、設計時に想定した就航海域、就航期間や初期亀裂寸法などの設計条件、工作精度並びに設計条件下で実施した疲労亀裂伝播解析結果に基づき、点検対象とすべき重要構造箇所(クリティカル構造部位)や危険亀裂寸法に達するまでの予想寿命などの情報が記載される。
就航後には、就航後の点検要領を示した保守点検マニュアルが逐次改訂される。就航後は、SR245で開発した疲労寿命監視スキームに則って当該船舶の実際の就航履歴に応じた時々刻々の疲労亀裂寸法(修正)予想値と設計時に想定した亀裂伝播予測値との比較照合を行うと共に、危険疲労亀裂寸法に対する余裕度を勘案して次回点検時期や詳細点検を実施すべき構造箇所を特定する(例えば図21参照)。特定された構造箇所の点検は非破壊検査によるものを原則とし、点検箇所の位置や想定される疲労亀裂の形状に応じて適切な手法により計測する。疲労寿命監視システムにより推定された疲労亀裂寸法は、点検結果により較正され、次回点検に向けて保守点検データベースの更新にフィードバックされる。言い換えれば、保守点検マニュアルとは、初期設計時に不確定性故にゆらぎ幅の大きかった予想疲労寿命を、実船の就航履歴情報に従って絞り込み、信頼性の高い余寿命評価を可能とする支援資料集である。
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図21 保守点検マニュアルの記載情報例
(4)運航支援
運航支援情報は、本船及び陸上の船舶管理者に対して、疲労亀裂損傷の観点からの予防保全的な運航、及び万一航行中に疲労亀裂が発見された場合の緊急避難的運航を支援する為の参考資料である。SR245が提案する疲労寿命監視スキームに基づいて推定される重要構造箇所の疲労亀裂伝播量を参照しつつ、運航支援情報として示される海象条件が各構造部位の疲労亀裂伝播速度に及ぽす影響度情報と、モニタリングシステム等から推定される遭遇中或いは遭遇予定の海象とを照合しながら、望ましい運航/操船を行う事により、疲労亀裂進展量や余寿命の減少を効果的に制御する事も可能となる。図22に運航支援情報の一例を示す。
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図22 運航支援情報(出会波向、出会波周期別の疲労亀裂伝播速度比較)の一例
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