・船体構造の重要部材毎に、疲労損傷に於ける最終的な「危険疲労亀裂寸法」を設定する事により、疲労寿命の定義を明確化する事が出来る。
・疲労亀裂が検知された場合に、その緊急度と最終的な「危険疲労亀裂寸法」に至るまでの余寿命を定量的に評価する事が可能となる。具体的には、発見された疲労亀裂に対して、直ちに補修すべきか、次回の定期検査時まで放置して大丈夫かの判断が定量的に可能となる。
3.5 SR245が採った亀裂伝播解析アプローチの紹介
既述の様に、船体構造に作用する荷重は同じ大きさの荷重が繰り返し負荷される様な単純なものでは無く、大きさの異なる荷重がランダムに加わる複雑な変動荷重である。従って、疲労損傷が問題となる船体構造部材の応力集中部にも、変動荷重と同様の複雑な変動応力が作用する事になる。日本国内〜ペルシャ湾間を航行するダブルハルVLCCに作用する変動荷重(応力)は、以下の特徴を有する(図14模式図参照)。
・満載航海/バラスト航海の二つの航行状態が交互に繰返される。(平均荷重/応力が航海毎に変化する)
・荒れた海象(嵐)に遭遇した場合にまとまって大きな変動波浪荷重(応力)群を受ける。
図14 VLCCの船体構造に作用する変動荷重/発生する変動応力の模式図
船体構造に発生した疲労亀裂に対し精度の良い余寿命評価を行うとの目標から、この様な複雑な変動応力下で、(1)平均応力の影響(特に平均応力が負の場合)及び(2)遭遇荷重履歴(順序)の影響、等を考慮した疲労亀裂伝播解析手法に関する研究が、国内外大学やSRを含む各研究機関で長年に亘り続けられて来たが、いくつかの課題が依然として残されていた。例えば、3.4で述べた△K或いは△Keff(”有効”応力拡大係数)の考え方のみでは応力履歴が正確に考慮できないので疲労亀裂先端のミクロな塑性挙動履歴までを考慮したRPG荷重による手法の導入などが提案されている。しかしながら、大型溶接構造物での計算精度の検証が不足していたり、或いは必要なデータの準備と計算実施が煩雑であり、実用的な疲労設計手段の観点からは必ずしも満足できるとは言えない状況にある。そこでSR245では、理論的には不完全ながらもエンジニアリング的見地からの種々の近似を導入する/大型・小型の構造模型による疲労亀裂伝播実験を実施して較正を織り込む、との現実的なアプローチを採った。例えば、残留応力の影響は無視する/△K値の算定は詳細・簡易法の双方に対応する/平均応力と荷重履歴の影響は亀裂先端部の開口応力計測(小型)実験結果からモデル化を図るなどした。一方、溶接部の潜在的初期亀裂(製造時微細きず)幅としては隅肉溶接脚長を考慮した直交部材の換算板厚を一律で設定し、実験結果との比較から係数修正を織り込んだ。見開き写真の(7)は、ダブルハルVLCCのホッパーナックル部の1/3縮尺大型試験体を用いた疲労実験の様子を示す。本疲労実験では図15に示す様に、タンカーの貨物積載状況を模擬する「平均応力の中期的な変動」に、徐々に発達した後減衰する遭遇嵐を模擬する「短期的な応力変動」を重畳させた荷重パターンを採用している。見開き写真(8)と図16に疲労亀裂発生状況を示す。図16右に示す疲労亀裂伝播再現解析事例の様に、平均的な係数を設定する事により、簡便ながら実用的精度での疲労亀裂伝播予測が可能となった。最近、金属組織の工夫により疲労亀裂の伝播速度を遅延させる鋼材が開発されているが、この様な鋼材を船体構造に適用した場合の効果も定量的に予測可能であり、合理的な採否決定(設計)が可能となる。
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図15 大型模型疲労実験で負荷した実働荷重模擬パターン(満載・バラスト積付対応)
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図16 疲労実験と亀裂発生位置、疲労亀裂伝播再現解析精度(事例)
3.6 SR245が提案する船体寿命モニタリングコンセプトの紹介
SR245が提案する船体寿命監視(モニタリング)スキームは、個別の船舶の設計/建造から廃船に至るまでのライフサイクルに亘る余寿命を評価する為に開発された。本スキームは、就航中モニタリングシステムによって個別の船舶が遭遇した海象を特定し、その船舶の遭遇海象の履歴と設計/建造時に得られている疲労強度データとを用いて、船体構造部材の疲労状況追跡・把握と余寿命評価とを行うとの基本コンセプトに拠っている。船主/船級協会/建造造船所が連携した船体寿命監視により、将来的に個別船舶の安全性管理の高度化と合理化とが図れるものと期待される。運用時のイメージを図17に示す。
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図17 船体寿命監視(モータリング)システムの将来的な運用イメージ
コンセプトの概要は以下の通りである。まず、本船の設計段階に於ける疲労設計条件(主として想定就航航路)と疲労寿命予測結果及び疲労強度に影響する建造時工作精度情報とを基にして、本船のクリティカル構造部位が抽出される。引渡し時までにこれらのクリティカル構造部位を対象とした、本船特有のモニタリング・保守点検・運航支援の各マニュアルが用意される。同時に、本船の構造部材毎の(短期遭遇海象をべースとした)各種疲労伝播予測データが、疲労寿命監視及び余寿命評価システムに対応する個船データベースとして保管される。就航後はオンライン及びオフラインモニタリング(定期検査を含む)により、本船が実際に遭遇した海象即ち、本船に作用した実荷重/応力履歴等を追跡し、構造部材毎の疲労強度の現状把握/疲労亀裂伝播の将来予測等の、余寿命評価を継続的に行う。また、この結果を基にして以降のマニュアル類の改訂即ち、点検要領の見直し、保守計画の策定並びに延命可否判断等を行う事になる。
本監視システムの運用により、設計/建造時には疲労強度予測精度の向上と疲労強度に配慮した合理的な工作精度管理を図る事が可能となる。一方就航後では、航海実績を考慮した個別船舶の構造疲労余寿命評価、個別船舶の疲労状態に基づいた運航支援情報の提供及び、個別船舶に対する適切な保守点検マニュアルの提供などが一貫して可能となる。
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