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3. 研究の内容と主要な成果
 本研究ではまずダブルハルVLCCを対象とした、長期モニタリングによる就航中の遭遇波浪と実構造応答(遭遇荷重・応答履歴)データの収集・整備を行った。また、大型構造模型実験及び各種解析の実施等により、疲労亀裂の成長(伝播)現象を把握・再現する事を通じて、より先進的な疲労寿命解析技術の基盤整備を図った。さらにこれらの基盤技術を基として、実用的な疲労寿命監視法・余寿命評価法のプロトタイプを試作し、船体構造設計/保守/点検の一貫した高度化をイメージアップした。
 
3.1 実船モニタリングの実施及び遭遇海象の高精度推定法の確立
 新造ダブルハルVLCCを対象として、約2.5年間就航中モニタリングを継続した。日本国内〜ペルシャ湾間往復航路に於ける船位、針路、風向風速、動揺、タンク圧力及び発生応力など約80点のデータを自動計測し、船上解析結果を衛星通信経由で陸上に取り込んだ。計測データと(財)気象協会が提供する遭遇海象追算結果との比較から、当該航路に於ける遭遇海象を精度良く推定する手法を確立した。また、短期的な船体応答の統計的(詳細)予測結果が、実現象と大凡良好に一致する事を確認した。
 
 
 
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図4 モニタリング装置とバラストタンク内歪ゲージ、並びに船体応答計測データ事例
 
 
3.2 想定すべき遭遇海象の設定法の確立
 舗装率が低く起伏の多い路面を走る車両が標準以上に強化されている様に、或いは短距離区間に就航する商用航空機が長距離区間機よりも強化されている様に、船舶が遭遇する荷重と受ける(疲労)ダメージも本来航路次第の面がある。一方一般商船は現在概ね、「Worldwide」就航を暗黙裡に想定し、最大荷重に対する最終強度に関しては最も厳しい冬期北大西洋航路専従を、疲労強度に関しては経験的な比率での全世界航路就航を仮定して設計されている(従来からの船体構造強度設計条件は、特定の航路によらないと見なせる)。将来的にも現状踏襲なのか、最も厳しい航路に専従する前提で船体を徹底強化するのか、仕様で航路を特定して輸送経済性の最適化を図るのかは、船主の判断が絡み、船級協会を交え調整すべき課題である。ここでは、特定航路専従船を対象とした場合の、設計・保守計画立案時に想定すべき合理的な「遭遇海象時系列(嵐モデル)」について概念を述べる。
 例えば日本国内〜ペルシャ湾航路の波浪は、大まかには、北大西洋航路よりも穏やかな傾向にある。但し、実船モニタリング時の目視データからは往路では左舷前方から、復路では右舷後方からの波に出会い易い事などの特徴が定量的に把握された。特定の場所・舷に位置する特定の構造の疲労寿命には、作用する荷重の大きさと繰返回数とが強く影響するので、波高のみならず出会波向と周期の偏りの影響も大きい。また、後述の様に疲労亀裂伝播の観点からは遭遇履歴(順序)の影響も大きい。そこで想定すべき海象として、航路に特徴的な波高、波向、出会周期(個々の嵐モデル)の設定と併せて遭遇順序をも含む、「ライフサイクルに亘る遭遇嵐モデル」を開発した。なお、遭遇時系列(順序)も個船にとっては本質的に確率問題となる。相対評価の為の設計基準として航路別に画一的に定義する手法も考えられるが、個船の各構造疲労寿命の絶対値をより高度に予測する観点から、複数の遭遇順序を想定し疲労亀裂伝播量の「ゆらぎ」を把握するアプローチも一案とした。
 
 
 
図5 東インド洋における相対出会波向(左:バラスト航海時、右:満載航海時)
 
 
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図6 ライフサイクルに亘る想定遭遇海象(嵐モデル)のイメージ
 
 
3.3 船体構造応答解析法の検討
 波浪中の船体構造には、波浪による圧力、縦曲げ/水平曲げモーメントや、船体運動に伴う貨物の慣性力が、異なったタイミングで作用する。従って、船体構造に作用する応力の最大値や変動量を求めるためには、波浪圧力、縦曲げ/水平曲げモーメント及び慣性力のすべての荷重を考慮しつつ、遭遇波の一周期に亘る応力の履歴を計算する必要性がある。さらに、船舶は様々な波高・波長を有する波に様々な出会角で遭遇するので、種々の遭遇波浪条件に対して、船体構造の応力履歴を計算する必要性がある。
 上述の膨大な計算を逐一実施するのが、「詳細解析法」である。具体的には計算量を減らす目的で、まず単位荷重に対する各部の船体構造応答を求めておき、それを組合せる事によって、波の一周期や、各波浪条件に対する応力を計算する方法(離散化解析法)が、既に実用化されている。SR245では、実船モニタリングの対象としたダブルハルVLCCの構造応答を離散化解析法で計算し、モニタリング結果と概ね一致すること(即ち詳細解析法の信頼性)を再確認した。
 
 
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図7 離散化(詳細)解析法の概念
 
 
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図8 応力の離散化(詳細)解析事例
 
 
 一方SR245では、より簡便に船体構造の応力履歴を求めるための「簡略解析」の方法論も検討した。一つは、波浪変動圧による応力応答関数を簡易的に求める「相似応答関数法」で、様々な波長に対する応力の計算を省略し、代表波長に対してのみ応力計算を実施するに留める。代表波長以外の波長における応力は、応力を算出する部位の近くに作用する波浪圧力に相似であると仮定する。また、波の一周期に対する計算を省略し、波浪圧力が最大および最小となる時刻を「最大・最小法」により推定して応力振幅を近似算定する。もう1つの簡略化法は、波浪変動(外)圧とタンク内変動圧の重畳による応力の応答関数を、荷重の代表位相を用いて近似算定する方法で、例えば波浪変動圧の代表位相として波上側静止喫水線部の圧力の位相、タンク内変動圧の代表位相として加速度の位相を用いる。
 船体構造の応答履歴を一層容易に算定する方法として、「設計波法」も検討した。この方法では主要な荷重毎に、それらの荷重が最大となる複数の波浪条件を設計規則波として設定する。これらの設計規則波によって生じる応力を各構造別に計算し、得られた応力のうちで最大のものを船舶の一生に一回発生する(各構造毎の)最大応力として近似的に定義する。最大応力以外の発生応力の分布形は別途定義する。
 以上の簡略法の採用は船体構造応答解析の容易化にあたって有効であるが、実際に適用する為には、誤差の程度を把握すると共に、船体構造の各部位に対応する代表波長や設計規則波の具体的選定方法などを、より詳細に検討する必要性がある。







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