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5 インシデント等の危険情報の報告、活用
5.1 船舶分野におけるインシデント等の危険情報制度の導入の意義・必要性
 近年、事故の予兆(インシデント)から得られた教訓を積み上げて事故を予防し、また、事故の発生に際してもこれらインシデント情報を活用して事故の分析を深度化する調査手法が広がりを見せている。
 このため、IMOでは、インシデントの調査、分析手法、体制の確立が重要との認識に立ち、4.1のとおり「海難及び海上インシデントの調査のためのコード」及び「海難及び海上インシデントにおけるヒューマンファクターの調査のための指針」(IMO決議A.884)においては、海上インシデントについても海難と同種の取扱いをするように規定している。
 他方、船舶分野においても海事関係者全体の安全レベルを底上げするため、海難調査により明らかになった海難原因等の情報を一般に分かりやすくかつ利用しやすいように提供することに加え、さらには、航空分野のようにお互いの危険情報を開示し合い、安全情報を水平展開し、海事関係機関共通の安全情報として有効活用するシステムを構築していくことが急務となっている。
 ところで、インシデント情報は、ヒヤリハット情報とも呼ばれ、海難・事故には至らなかったものの「一歩間違えれば」海難・事故につながりかねなかった予兆であり、そのほとんどは海難審判になじまないものである。
 これらインシデント情報は誰もが「できれば人に知られたくない」情報であり、これらの情報を円滑に収集・蓄積・分析し、海事関係機関のほか研究機関や諸外国の関係機関に至るまで幅広く提供していくためには、関係者が容易に参画できるシステムを構築することが不可欠である。
 
5.2 航空分野におけるインシデント情報の報告、活用体制
(1)米国におけるASRS(航空安全報告制度:Aviation Safety Reporting System)
 航空界の先進国である米国は、世界に先駆けて航空分野の安全に取り組んでいたが、1940年代から減少を続けてきた航空機事故の発生率が、1970年代半ば頃から横ばい傾向になり、一向に減少する兆しを見せなくなったことから、1975年、「安全情報を水平展開できるような制度を国が責任を持って作るべきである」というNTSBの米国航空局に対する勧告を受けて、ただちにインシデント報告制度を発足させた。
 しかしながら、航空に関する監督権、処罰権をもっている機関が自ら運用に携わったため、これが失敗に帰し、翌1976年、第三者研究機関であるNASA(米国国家航空宇宙局)のエイムス研究センターにインシデント報告制度の運用を移管して、そこで初めて、ASRS(航空安全報告制度)が初めて成功し、その後どうシステムが急速に世界各国に波及していった。
 安全報告制度の具備すべき要件として、
・免責性(報告者が処罰されないこと)
・秘匿性(匿名性を堅持すること)
・公平性(第三者機関が運用すること)
・簡易性(手軽に報告できること)
・貢献性(安全推進に貢献していること)
・フィードバック(確実に役立っていることを本人に伝えること)(自己顕示欲、表現欲を充足させること)が必要である。
 こうして発足したASRSには、その後エアーラインパイロット6万5千人から年間3万件を超える報告が寄せられるまでになったが、これらの報告はNASAの専門家によって分析され、膨大なデータがコンピューター処理されて航空の現場に[CALLBACK]というニュースレターの形式でフィードバックされているのみならず、毎月15万部印刷されるニュースレター情報は予防安全だけではなく航空従事者の教育・訓練や航空機の設計や整備などにも活かされている。
 ところで、ASRS発足後、2、3年間はインシデント情報の報告が少なく、担当者はその収集にかなりの苦労を味わっている。その理由の一つは、5日以内の報告についてのみを免責としていたこと(途中で10日以内となった。)、分析担当者が少なかったこと、フィードバックが必ずしも十分でなかったこと、などがあげられる。
 ところが現在の米国には、エアーラインパイロットが約6万5千人、自家用パイロットが約60万5千人いるが、エアーラインパイロットの3人に1人の割合で報告し、年間報告数の7割を占めるようになっている。因みに自家用パイロットの報告は少なく、他方、最近では、整備士、客室乗務員、管制官からの報告が見られるようになっている。
 なお、NASAの受付には法律家(弁護士)が立ち会い、報告書が犯罪に関連した情報であれば法務省、事故に関連した情報であればFAA(米国連邦航空局)及びNTSBに送付し、残りのインシデント情報についてNASAが取り扱うという、スクリーニングを行っている。因みにASRSの人員は10人で、年間予算は1.7億円である。
 
(2)我が国の航空安全情報ネットワーク
(Japan Aviation Safety Information Network (財)航空輸送技術研究センター)
 平成8年度から9年度にかけて、航空局、航空会社、航空関係団体、有識者で構成する「インシデント等情報交換システムに関する調査研究委員会」が設置され、「免責と秘匿性」、「組織・運営の中立性」などのシステム構築に関する提言がなされた。
 また、平成10年度から11年度にかけては、「航空安全情報システム構築委員会」が設置され、免責性については航空局の反対により実現しなかったが、秘匿性については各エアラインの自社報告制度の上に実る形で、直接パイロットから情報収集することなく、会社経由で二重の秘匿性がかけられることとなり、更に組織・運営の中立性については、米国NASAのような研究機関ではなく(財)航空輸送技術研究センターがシステムを構築・運営することで確保することとなり、平成11年12月1日、航空安全情報ネットワーク(ASI−NET)の運営が開始された。
 航空安全情報ネットワークの目的は、航空安全情報を一元的に収集し、その情報を参画組織間で共有し有効に活用するとともに、これらの情報を分析し、関係者への提言、要望等を行うことにある。
 航空安全情報ネットワークに参画しているのは、JALグループ7社、ANAグループ4社、JASグループ2社、独立系3社、JAPA(日本航空機操縦士協会)で、情報源としては、運航乗務員からの自発的安全報告(ヒヤリハット情報)、機長報告(ヒューマンファクター関連のデータ)、航空局からのイレギュラー運航情報及びICAO(国際民間航空機関)のADREP(事故・インシデント報告)である。
 報告の登録数は、運航乗務員からの自発的安全報告が平成12年以降で61件、機長報告が140件、イレギュラー運航情報が平成11年以降で544件、ICAO(国際民間航空機関)の事故・インシデント報告(ADREP)が昭和49年1974年以降で約7,300件となっている。
 なお、機長報告は会社に対する義務なので、その数に大きな変化はないが、最近、その中からASI−NETへの報告される数が減少してきており、その理由は、ASI−NETに報告するときに各社の担当者によって報告すべき基準の違いがあるためと思われる。
 データの分析は、飛行段階(離陸、上昇、巡航、降下、進入、進入復行、着陸、地上)ごとに分類し、インシデントの要因を大分類は5(人的要因、機械的要因、環境的要因、組織的要因、データ不足)、細分類は41に、それぞれ分けて行っている。
 運航安全に関する提言・要望としては、平成13年7月、航空局に対し、運航乗務員と管制官との間で乱気流に関する情報を積極的に交換するよう提言を行った。
 また、現在、免責制度、TCAS・RA(不要な衝突防止装置による回避指示)について、提言・要望を検討中である。
 今後の課題として、法的な免責性、報告者の範囲の拡大、フィードバックの充実、広報活動の促進等を考えている。
・人員及び予算
 なお、ASI−NETの人員は、(財)航空輸送技術研究センターのスタッフでまかない、予算は、当初コンピュータシステム開発費として1,800万円要したが現在、ランニングコストはコンピュータシステムの維持、管理費のみである。
 
航空安全情報ネットワーク(ASI-NET)







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