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2003/06/02 産経新聞朝刊
【一筆多論】 漂流大国と決別する道
論説委員 中静敬一郎
 
 「漂流する大国であり続けるだろう」。経済同友会の憲法問題調査会委員長、高坂節三・栗田工業顧問(六六)は、四月下旬にまとめた同調査会の意見書の一節をイラク復興への日本の取り組みとだぶらせる。復興協力という国民の心がひとつにまとまりやすく、日本が得意の国造りの分野ですら、一向に腰を上げようとしない受け身の姿をみるからである。
 小泉純一郎首相が、イラク復興に関し「日本は国際社会の一員として責任を果たす」と明言したのは、イラク戦争開始の三月二十日だった。治安維持などのため、軍隊の提供を表明しているのは、すでに世界五十カ国以上にのぼる。日本は、米国の復興人道支援機構(ORHA)への人員派遣ですら、憲法解釈に時間を費やした。自衛隊派遣では、現行法では無理なため、新法を検討すると首相が表明するまでに二カ月以上かかっている。
 政治的な駆け引きにもまれたあげく、弥縫(びほう)的な手法を繰り返す・・・即応できないのは、二つの根源的な問題をかかえているからだ。ひとつは、日本が動こうとしても動けないシステムになっていること、もうひとつは動く意思があるかどうかだ。
 前者は、「国連中心主義」の弊害である。自衛隊を「人道的な国際救援活動」に派遣するには、国連決議もしくは国連関連機関の要請(国連平和維持活動協力法第三条)が前提だ。PKO派遣も「国連の統括下の活動」(同)と定めている。国連が機能不全に陥った場合、日本は総力を出そうにも出せない「自縄自縛」の仕組みを自らに課したのである。国の主権を国連に委ねたつけは大きい。
 後者は、同盟関係をどう考えるかだ。ブッシュ大統領は事実上の勝利宣言をした五月一日、「戦闘の苦難を分かち合った英国、豪州、ポーランド軍に感謝する」と語ったが、苦難を共にできるかどうかが同盟関係の神髄なのは間違いない。日米同盟の現状は、首相と大統領との信頼関係によって蜜月状態にあるが、内実は、岡崎久彦氏が「軍事的な協力ができないという根本的な欠陥が存在することは常に忘れてはならない」と警告するように危うさをはらんでいる。
 今回のイラク復興支援には政府・与党を含め、傍観者的な意見が少なくなかった。複雑な現地事情、武器使用基準問題、遠い中東の地・・・そして、ほどほどに対米協力しておけば、という意識も見え隠れしていたように思える。高坂氏は「『なんとかなるさ』という安易な考えが国民にも政治家にも蔓延(まんえん)している」と語る。それは同盟関係だけでなく、国を守る意識にもあてはまる。
 今年一月、内閣府が実施した世論調査によると、自らの国を「守る」意識は、「どちらともいえない」(三八%)と「弱い」(一一%)が合計四九%。「強い」とする人(四八%)を上回った。高坂氏の兄である故高坂正尭は、対米協力に関し「それぞれが分担すべき責任を明確にしなければ、無限の依存関係に陥りやすい。それは国際関係においても、国内政治においても好ましくない政治的、心理的影響をもたらす危険をもっている」(宰相吉田茂)と指摘した。国民の半数近くが国の守りに傍観者だということは、依存意識からなお抜け切れないためなのだろう。
 高坂氏が訴えたいのは、これまで棚上げされてきた国の根幹にかかわる問題に正面から取り組み、国民の間に共通認識を確立することである。国民が主権者として憲法にかかわる機会をもちえず、本質を突き詰めた議論を行わなかったことが、結局は「漂流大国」をもたらしたと考えるからである。
 
 
 
 
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