2003/04/01 産経新聞朝刊
【斎藤勉の眼】イラク戦争 「米国への畏怖回復」の戦争
「米中枢同時テロの首謀者、ウサマ・ビンラーディン氏は米兵がいかに弱く無力で臆病(おくびょう)かとびっくりし、米国を“弱馬”と呼んだことがある。彼がこう考えたのは、ベトナムで、レバノンで、ソマリアで、米国が米兵の犠牲者を出したあと撤兵したのを見たからだ」
米有力シンクタンク「外交評議会」のマックス・ブーツ上級研究員は米USA TODAY紙への最近の寄稿論文『イラク戦争は米国の過去の失策を埋め合わせできる』の中でこう書いた。
共産主義の世界への拡大・浸透のテンポを遅らせはしたが、米側に膨大な数の犠牲者を出し、「解放」勢力に南部・親米政権打倒を許したベトナム戦争。一九八〇年代の血で血を洗うキリスト、イスラム両教徒間のレバノン内戦では米国人が武装イスラム狂信主義者に相次いで誘拐・殺害され、九〇年代前半のソマリア紛争では介入した米軍に十八人の死者が出ると米軍は撤退した。
こうした一連の出来事を単純に米国の「弱さ」「臆病さ」と見るかどうかは議論の分かれるところだ。
しかし、在京のかつての「東側」消息筋は「遠く五六年のスエズ動乱では当時のアイゼンハワー米政権は国内で大統領選が迫っていたことなどから一時は中東への関心が薄く、第二次中東戦争勃発(ぼっぱつ)を許してしまった。つい最近のアフガニスタンでは暫定政府が発足後も副大統領の暗殺はじめ米軍主導の治安部隊の能力が疑われるような物騒な事件が続発している」と指摘。「フランスとロシアがイラク戦争が始まって十日もたってなお、米英軍の攻撃に反対しているのは、公に言われている理由以外に、最終的に米国はフセイン政権の息の根を間違いなく止めてくれるのか、という疑念と恐れが根強いからだ」と説明する。
そういう仏露の本当の「ココロ」とは何なのか。同筋は「万が一、仏露が米英側に立ち、しかもブッシュ政権が多大な犠牲者が出たとして戦争を途中でほうり出した場合、生き延びたフセイン政権は仏露との過去の“黒い腐れ縁”を国際社会にばらす挙に出るだろう。仏露はそれをひどく恐れて戦争反対を貫いてきているのだ」と指摘する。
シラク仏大統領は首相時代の七五年、パリに飛んできた当時のフセイン革命指導評議会副議長に核兵器開発用の原子炉の供与を約束した。冷戦時代のソ連はイラクへの武器売却を続け、真相は不明ながら、ソ連崩壊後も対戦車ミサイルや夜間戦闘用の暗視装置、精密誘導弾の誤作動誘発装置などの供与疑惑が米国の神経を逆なでしている。
米国のビンラーディン氏言うところの「弱さ」に神経をとがらせ警戒する仏露が米英軍の「勝利」、フセイン政権崩壊−と相成ったあと、果たしてどんな態度を見せるのか注目ものだ。一方でフセイン大統領自身が捕虜にしたり処刑した米兵の写真をテレビで公開しているのは、米国の世論に訴え「ソマリア」と同様、戦闘を早期終結させる深謀遠慮だろう。
自国内で「官製世論」しか許さない独裁政権は民主国家の「世論」にアピールする効果の大きさを知り尽くしている。フセイン政権にしても北朝鮮の金正日政権にしてもそれは実に巧妙だ。
テロリストやこれと水面下でつながっている独裁国家に米国のいわゆる「弱さ」がなめられ続けてきた部分があったのだとしたら、テロと闘う今後の自由世界全体にとってもゆゆしき事態といわねばならない。
「イラク進攻は、アフガニスタンを独裁支配したイスラム武装原理勢力タリバンを転覆したことに次いで米国の力への健全な畏怖(いふ)を回復させる死活的な手段なのだ」
ブーツ氏はもはや過去のような「弱さ」を世界に絶対に見せられない米英軍の歴史的な使命をこう表現している。
(編集特別委員)
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