日本財団 図書館


2003/04/23 読売新聞朝刊
イラク原油増産 米新保守派の中東戦略の影 加速でOPEC機能崩壊も(解説)
◆急激に進めればOPEC機能崩壊も
 戦後復興に向け石油開発が進展しそうなイラクだが、イラク原油は石油輸出国機構(OPEC)にも衝撃を与える。
(解説部 坂井伸行)
 
 ブッシュ政権の新保守派の考え方に従い、「アメリカが中東戦略のカードとして、世界第二位の埋蔵量を持つイラク原油を使うのではないか」という見方が出ている。
 世界第一位のサウジアラビアは過去六十年間、アメリカと親密な関係にあったが、9・11同時テロの実行犯の大半がサウジ出身だったこともあって、「テロの温床になっている」サウジに厳しく対処し、影響力の低下を図るべきだという考え方だ。
 またアメリカには以前から、中東に民主化、市場経済化(グローバリゼーション)を浸透させるには、カルテル組織のOPECと、その盟主サウジの価格支配力を無力化する必要がある、との考え方がある。
 しかしイラクがOPECの生産調整の枠組みからはずれ、増産を急加速すれば、石油価格の大幅下落と石油収入の減少で、産油諸国の財政悪化を強めることになる。そのうえ、イラクが諸外国と約束した開発仮契約を破棄させ、米英主導でイラク油田開発に突き進めば、産油国に根強い資源ナショナリズムや、イスラム圏にくすぶる反米感情に、油を注ぐことにもなりかねない。そうなれば、石油モノカルチャー経済の中東産油国の政治的社会的不安をさらに増大させる懸念がある。
 イラク戦争終結を受け、二十四日、ウィーンで緊急開催されるOPEC総会では、こうしたアメリカの意向が大きな影を落とす。
 OPECは一九六〇年、イラクが呼びかけ、五か国で結成された。油価を一定の範囲内に維持するため、生産調整するのが目的で、現在加盟十一か国で世界原油供給の四割を占める。中国を中心にしたアジアの需要増が今後OPEC依存度をさらに高めるとされる。
 だが、油価が高すぎれば世界経済に悪影響を与え、代替エネルギー開発を促進させるなどして石油需要を減少させる。OPECはこうした認識に立ち、近年は消費国側との対話も重視する姿勢を見せている。今回もイラク戦争による需給ひっ迫の懸念に対し増産態勢をとり、消費国の不安に応えようとした。これに対し、ロシアやノルウェー、イギリスなど非OPEC産油国は生産調整のコストを負担することなく利潤の最大化を図り、漁夫の利を得ようとしてきた。
 今回の総会は、戦後世界経済の見通しと不需要期入りを考慮に入れ、OPECが超過供給とみている日量二百万バレルの減産を軸に交渉が進む見通し。イラクへの生産割当枠が今回の戦争前の日量二百五十万バレルないしイラン・イラク戦争前の三百五十万バレル程度の範囲なら、OPEC内で調整が可能とみられる。
 ただ、イラクの復興のため、OPECの枠内でどこまでの増産を認めるかで意見が分かれる。「復興資金を確保するには六百万バレル程度の生産が必要」(石油アナリスト)というが、OPECの統制を離れ、急速に生産を立ち上げれば国際石油市場に大きな混乱を与えかねない。
 もっともOPEC内には国別生産枠を順守しない常習国もあり、鉄の掟(おきて)とはいえない状態にある。違反を防止する有効な手段がなく、加盟国の意思が頼りという点で、OPECに対する市場の「信認」にも限界はある。イラク原油の動向によっては、OPECの機能自体が崩壊する可能性も高い。
 
 
 
 
※ この記事は、著者と発行元の許諾を得て転載したものです。著者と発行元に無断で複製、翻案、送信、頒布するなど、著者と発行元の著作権を侵害する一切の行為は禁止されています。

「読売新聞社の著作物について」








日本財団図書館は、日本財団が運営しています。

  • 日本財団 THE NIPPON FOUNDATION