2003/01/30 読売新聞朝刊
対イラク 揺れる国際社会 武力と反戦のはざまで日本の姿勢もあいまい(解説)
米国はイラクに対する強硬な姿勢を崩さず、戦争不可避の環境を整えているようにみえる。だが、それに反発し、釈然としない雰囲気も色濃く漂っている。
(解説部 鈴木雅明)
イラクが大量破壊兵器を依然として隠し持っているなら、その完全武装解除は是が非でも実現すべきだろう。二十七日の国連査察報告でも、疑惑はぬぐえなかった。
サダム・フセイン独裁政権の存在は、世界の安全に脅威であり、イラク国民は政治的抑圧に突っ伏している。この政権を一掃し、中東地域には、新たな安定と秩序を構築する必要があろう。
世界も、この二つの目的を達成する必要があるという点では、あまり異論はないのだが、どうも釈然としない。
最近訪日したレバノンの政党アマル代表アリ・モスマル氏は言う。「レバノン人の先祖フェニキア人は数千年の歴史を持つ海洋民族で、大昔にアメリカ大陸に到達していたかもしれない。たかだか二百年余の歴史しかないアメリカ人に民主主義のなんたるかを教えてもらいたくはない。われわれアラブ人は自分たちの政治体制を持っている」
米国の準備する対イラク戦争に反発したコメントだ。モスマル氏はサダム政権は排除すべきだと主張しつつ、米国の介入は許せないのだ。アラブ民族主義である。
サダム後のイラクについては、海外を拠点とするイラク反政府組織が米国の後ろ盾で構想を練っている。だが、アラブの新聞は、肝心のイラク国民の意見が欠如しているとしらけた態度を取る。
米国と同盟関係にある欧州、なかでもフランス、ドイツが早急な戦争開始に反対している。武力を行使しなくとも、目的を達成できる可能性がまだあるとみているからだ。
国連安保理常任理事国も武力行使に関しては割れている。フランスやロシアは、イラクが大量破壊兵器を保持しているという根拠が米国が主張するほど確実ではないとみている。そればかりか、この対立の背後には、イラク石油利権の争奪がからんでいるという疑念が常につきまとう。
経済権益で強く結びついているサダム政権とロシアや欧州の関係が戦争でご破算になれば、イラク進出で後れをとっている米国や日本は新たな機会を得ることができるかもしれない。米国の武力行使の是非に関して、米国に遠慮し態度を明確にしない日本には、そんな思惑もあるという勘ぐった目も向けられている。
こうした中、昨年から今年にかけて、米国でベトナム戦争時以来最大の反戦集会が開かれたほか、世界各地に反戦運動が広がった。9・11事件以降、米国はテロに対する戦争を開始した。対イラク戦争はその延長線上に位置付けられていたが、いまや明らかに別個の戦争と受け取られている。反戦運動の拡大は、米国の大義があいまいになっていったことともかかわっていよう。
だが、ペルシャ湾岸に既に八万人の兵力が集結した米軍が、武力行使をせずに撤退できるだろうか。現時点での撤退は、唯一の超大国米国の政治的敗北でしかない。それは非現実的なシナリオだ。イラク問題を政治的に解決するにしても、米国が勝利したと自他ともに認められるものでなければならない。
中東調査会の上席研究員水口章氏は、イラク問題の現状をめぐって国際社会は、論理性が求められる「大量破壊兵器の査察評価」と感情的な「反戦」の間で揺れ動いていると分析する。その上で、「武力行使があったらどうするか」と、受け身の姿勢をとる日本政府を批判する。確かに、この「釈然としない戦争」に対応するには、目的と手段を明確にした冷徹な評価と政策決定が必要だろう。
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