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2003/01/03 読売新聞朝刊
アメリカの光と影 「一極世界」続くのか=特集
◆ハリウッド敵なし ノーベル賞量産 集う頭脳
 アメリカが世界を席巻している。軍事、科学から映画産業に至るまで、向かうところ敵なしの勢いだ。しかし、歴史を振り返ると、栄華を極めた数々の帝国もやがては衰退する運命をたどった。二十一世紀の超大国はどうなるのか。そのパワーの源泉と死角を探った。(写真はAPなど)
 ●経済
 米国が世界一の経済大国になったのは十九世紀末。広大な国土、豊富な資源とともに、西部開拓以来の「フロンティア精神」が原動力になった。
 世界の大企業五百社を売り上げ順に並べた米経済誌フォーチュンの「グローバル500」では、一位の小売りチェーン・ウォルマートを筆頭に上位十社中六社が米企業。全体でも百九十七社と約四割を占める。
 ただ、「一国主義」と批判される米国も経済分野では、世界貿易機関(WTO)などのルールに従わざるをえないプレーヤーだ。
 ●軍事
 英国際戦略研究所によると、二〇〇一年の米国の軍事支出は、二位から十一位までの続く十か国の合計にほぼ等しい。
 ブッシュ政権は「他国の追随を許さない」と国防予算をさらに増やし、ハイテク化を進めていく計画で、戦力の格差は質量ともに一段と広がろうとしている。
 軍事評論家の江畑謙介氏は「少なくとも十年、二十年先までは絶対的な強さを持つ。そのころにはミサイル防衛も実現するだろう。ヤリと盾の両方を持つことになる」と予測する。
 ●娯楽
 いま国際的に大ヒットするのはハリウッド映画ばかりだ。
 米国の映画専門サイトによると、これまで世界で上映された映画の興行収入ベスト50は「タイタニック」の十八億三千五百四十万ドル(約二千二百億円)を筆頭に、すべて米大手資本がからんでいる。話題を呼んだ日本の「千と千尋の神隠し」でさえ上位百位に届いていない。
 ●科学
 自然科学のノーベル賞(物理学、化学、生理学・医学の三賞)の受賞者数は米国が抜きんでている。
 ノーベル賞が創設された一九〇一年からの合計では、延べ二百四人で全体の42%。五一年以降の半世紀に限れば延べ百七十六人で54%と、第二次大戦後、米国が科学の中心になったことがわかる。その原動力の一つが、ナチスドイツの迫害を逃れてきたユダヤ系の科学者だった。相対性理論のアインシュタインもその一人で、頭脳の流入は米国の科学の底上げになった。
 ●人材
 米国のパワーを支えているのは、世界から集まり、競い合う優秀な人材だ。
 経済協力開発機構(OECD)によると、大学や大学院で学ぶ留学生の受け入れ数も米国が最も多い。
 同時テロ後、中東では反米感情が高まったが、この地域からの留学生もむしろ増えているという。
 博士号を取得した留学生のうち47%は、質の高い労働力として、米国にとどまるというデータもある。
 豊かさと自由を求める世界の若者にとってアメリカは今も魅力的なようだ。
 ●IT
 インターネットを生んだ米国はIT(情報技術)分野でも世界をリードする。
 例えば、ネット上で商品を売買する電子商取引。世界全体の取引額は、企業と個人が千百七十五億ドル(約十四兆円)、企業と企業は五千百六十二億ドル(約六十二兆円)に達したが、米国は企業対個人で57%、企業対企業でも40%を占める。
 ◎基地
 米軍の基地や施設がある国は五十か国以上。イラクによる九〇年のクウェート侵攻後はペルシャ湾岸にも拠点を設け始めた。同時テロ以降は、対テロ戦争の名の下にアフガニスタンや中央アジアなどへも進出、米軍の活動範囲はさらに広まってきている。
 ◎マクドナルド
 百か国以上に展開するアメリカ食文化の象徴だ。海外進出は冷戦終結直後から加速し、九〇年のロシアと中国に続いて中東やアジアにも次々と出店した。だが、昨年十―十二月期には初の赤字見通しを発表。世界最大手の地位に揺るぎはないが、「アメリカへのあこがれ」とも結びついたマックの魔力にはかげりも見える。
◆独走に反感も
 ◎親米・嫌米
 「あなたは米国が好きですか」――米世論調査会社「ピュー研究所」は昨年、四十四か国の三万八千人にそんな質問をした。
 過半数が「好き」と答えたのはフィリピン(90%)を筆頭に三十五か国もあった。逆に反米感情が強かったのは中東などのイスラム諸国。エジプトは「好き」がたった6%だった。
 同時テロ以前に同じ質問をした二十七か国を見ると、二十か国で「好き」が減った。親米国でも米国への反感は強まっている。
 ◎若き先進国
 人口減少は先進国共通の悩みだが、米国だけは違う。人口上位十か国から英国、ドイツなどが次々と姿を消していった中で中国、インドに次ぐ三位を維持。今後も増え続け、二〇五〇年には上位十か国に残る唯一の先進国になる見通しだ。
 その原動力は、中南米出身でスペイン語を話す「ヒスパニック」。百年後には人口の三分の一に達し、逆に白人が半数を大きく割り込む見通しだ。米国は内部から変質していくかもしれない。
◆わがまま?
 米英仏露中の五か国は二つの特権がある。国連安全保障理事会の常任理事国と核拡散防止条約(NPT)の「核兵器国」の地位だ。
 常任理事国は安保理の決定を一国の反対だけで葬り去ることができる。「核兵器国」は核の保有が公認されている国だ。
 米国はこうした特権を手放さない一方、軍縮や環境をめぐる国際条約には背を向け、骨抜きにしている。さらに昨年発足した国際刑事裁判所では、米兵だけ訴追の対象外にするという新たな特権まで欧州連合(EU)に認めさせた。
 
◆軍事的優位 揺るがない
 ◇ジョン・アイケンベリー氏 米ジョージタウン大教授(地政学)
 ――米国を歴史上の大帝国と比べる論議が盛んだ。
 「米一極の現代はローマ帝国や古代中国の王朝と似た点もあるが、この『帝国』が大きく違うのは開かれたシステムである点だ。資本主義と民主主義を基盤とする価値観で結ばれた大国間の協力と妥協の上に成り立っているシステムなのだ」
 「軍事力、研究開発能力では米国の圧倒的優位は次の世代まで揺るがないだろう。欧州は米国に軍事面で追いつくという目標は放棄している。中国も軍事予算は米国の約十分の一で、格差は実は開く一方だ」
 ――弱点はないのか。
 「米国は他国との貿易を必要としている。テロとの戦いでの情報提供や法の執行、さらに環境や疫病、麻薬、組織犯罪などでは他国の協力に頼らざるを得ない。軍事以外の面では多くの人が考えるほど米国が圧倒的な力を持つわけではない」
 ――同時テロ後、米国と向き合う中で成果を上げた国は?
 「勝者はロシアと中国だ。ロシアはプーチン大統領の迅速な行動で欧米との接近を果たし、米国と準同盟関係になった。中国も米国と対決するのでなく協力する時だと気づいたと思う。かつては中国こそ米国の脅威になると言われたが、今やテロが米国の脅威だ。米国がテロと向き合っている限り、中国は真の関心事の経済発展に力を注げる」
 「敗者もいる。日本は十年にわたる経済力低下で米国にとって重要性を失いつつある。日本は対テロ戦争にも貢献し、日米関係自体は良好だが、中国が台頭する中、日米同盟がアジアにおける米外交のかなめ石の地位を保てるかどうか今後十年の大問題となろう。欧州と米国の関係も微妙だ。冷戦時代の緊密な関係とライバル関係との中間を推移するのではないか」
 ――各国の民衆レベルでは反米感情も伝えられる。
 「ブッシュ政権はイラク問題でもミサイル防衛でも他国と相談せず無神経に推し進める場面が目立つ。圧倒的優位を保つ米国がある程度反感を持たれるのはやむを得ない。重要なのは米国が世界にどんな印象を与えているかだ。現政権は良くない印象を与えている」
 ――イラク攻撃があった場合、世界はどうなる?
 「新しい世界秩序の概観は二年ほどで明らかになるだろう。イラク問題は分水嶺(ぶんすいれい)だ。米政権内には、国際社会に十分な説明をし、米国の利益と世界の利益が合致するのだという合意を形成したうえでイラク問題に対処しようというグループがいる。実はそれこそが戦後の米外交の成功の秘密だった。一方、国際社会という言葉さえ嫌悪して一国主義的行動を追求するグループがいる。イラク問題で、後者のグループが論争に勝つのなら、米国が世界の『いじめっ子』としてのさばるという、これまでとは随分様相が異なる世界秩序へと我々を導くことになるだろう」
(聞き手 ワシントン 永田和男、写真も)
◇ジョン・アイケンベリー氏
 国務省政策企画局などを経て二〇〇〇年から現職。著書「勝利の後で」では過去の戦争が国際秩序をどう変えたかを論じた。日米関係の論文も多数。48歳。
◆衰退は始まっている
 ◇エマニュエル・トッド氏 仏社会・歴史学者
 ――あなたは米国は衰退しつつあると言う。その理由は?
 「軍事では一極支配になったが、新金融資本主義を生み出したはずの米国経済は過去十年で貿易赤字が一千億ドルから四千五百億ドルに膨らんだ。エンロン不正会計疑惑が象徴するように経済は実体のないフィクションと化しつつある。経済の数字と実態を冷静に読めば、衰退が始まっているのは明らかだ」
 ――軍事力で他国の追随を許さないのは事実では?
 「その通りだが、経済はますます世界に依存している。貿易赤字の穴埋めのため、海外から一日十二億ドルもの資金が必要だ。巨大な軍事力を駆使して世界に不可欠な国と印象づけ、資金を呼びこまねばならない」
 「ソ連が崩壊し、戦略的脅威は消えた。テロは危険でも戦略的脅威とは違う。世界は間違いなく安定へ向かっているのに、米国はイラク、北朝鮮、イランを『悪の枢軸』と呼び、大問題と言い募る。なぜいまイラクかといえば、十年間の制裁で弱体した国家なので米国の力を示すのに都合がよいからだ」
 ――米国は民主主義擁護を行動原理に掲げている。
 「世界貿易センタービルのテロを見た目には信じがたいかもしれないが、世界の民主主義はさらに広がる流れにある。最近のブラジルや韓国の選挙がよい例だろう。皮肉なのはそれが米国にとって脅威になること。民主主義が自然に広がれば、その擁護者を自任した米国がもう必要ではない時代が来ることになる」
 ――国や地域の力のバランスをどう考えるべきか。
 「米国のライバルになるのは工業など実体経済で力をもつドイツ、フランス、日本だ。東欧へ拡大する欧州は人口で米国をしのぎ、日本は米国の半分以下の人口で大きな国民総生産をもつ。中国も台頭してこよう」
 「一方、イスラム諸国は識字率が上昇し、出生率が低下する近代化の途上にある。『文明の衝突』論のハンチントン教授(米ハーバード大)の指摘と違い、イスラム諸国には核となる国家がなく、軍事的な脅威にはなりえない」
 ――米国の対抗勢力は?
 「ロシア、欧州、日本が接近すれば、本物の均衡勢力になる。軍事的に欧州とロシア、経済で日本と欧州がどこまで近づくかだろう。前大戦直後、世界の50%を占めた米国の工業生産力はいま25%以下。間違いなく世界経済は多極化しつつある。軍事力が米国に残った最大の武器だ」
 「米国はナチを駆逐し、共産主義を封じ込めた、正当性の高い国家だった。軍事力だけが力だったのではない。その国がいま経済、安全保障で混乱要因になりつつある。今後十年、海外の米軍基地が本当に必要か、世界中のホスト国が問いかけ始め、米国の試練となるだろう」
 ――米国はイラク攻撃に踏み切ると思うか。
 「攻撃しないなら、一年間のイラク騒ぎが何だったのかとなる。攻撃すれば、欧州は米軍事力を安定要因どころか、むしろ脅威と感じ、対露接近を強めよう。決断はドルの価値にも左右される。米国は世界の資金を流入させるため強いドルが必要。ドル安となれば、イラク戦争どころでなくなる」
(聞き手 パリ 池村俊郎)
◇エマニュエル・トッド氏
 七六年、ソ連崩壊を予言する論文で注目された。米国システムの融解をテーマにした近著「帝国の後に」が話題に。51歳。
 
 図=「自由」の超大国は「拘束」が大嫌い?
 図=国内総生産(GDP)
 図=軍事支出
 図=世界の歴代映画興行収入ベスト50の内訳
 図=自然科学分野のノーベル賞受賞者
 図=世界の留学生受け入れ国
 図=世界の電子商取引(企業対個人)市場における各国シェア
 
 
 
 
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