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2003/01/30 毎日新聞朝刊
[クローズアップ2003]米大統領・一般教書演説 事実上の戦争宣言
◇ブッシュ流、強行突破−−正当化へ情報開示
 ブッシュ米大統領は28日夜(日本時間29日午前)に行った一般教書演説で、対イラク武力行使の方向へと一歩、大きく踏み出した。米軍兵士に「重大な局面」の到来を予告するその内容は、事実上の戦争宣言という印象すら与えた。米政府は2月5日に予定する大量破壊兵器関連の「新証拠」開示を焦点として、今後、対イラク戦争の正当化に力を入れることになろう。
(ワシントン中島哲夫)
 
 一般教書演説は約1時間に及んだ。後半が国外の課題で、そのほとんどは「無法者の政権」、特にイラクへの対応に充てられた。大統領の口調や表情は、まるで宣戦布告でもするかのように決然たるものだった。
 大統領は、「ヒトラー主義、軍国主義、共産主義の野望」が米国などに「打ち負かされた」歴史に言及した。「イラクの抑圧された人々」に、フセイン大統領が権力を失う日が「あなた方の解放の日になる」と呼びかけた。中東地域に展開している米兵らに「重大な局面」の到来の可能性を告げ、「もし戦争を強いられれば米国の軍事力のすべてを挙げて戦い、勝利する」と宣言した。
 フセイン政権に圧力をかける狙いもあろうが、米大統領にとって1年で最も重要な演説を「はったり」だけに使うことはあり得ない。それが分かっているからこそ、共和党議員の歓呼と拍手が続く中で、早期の武力行使に否定的な野党・民主党の席では、儀礼的な拍手さえ控える議員の姿も少なくなかった。
 ブッシュ大統領は演説で国連安保理の2月5日招集を求め、パウエル国務長官がイラクの違法な兵器開発計画、これらの武器を査察から隠す動き、テロ集団との結びつきについて情報を明らかにすると述べた。
 これは米国内外で「証拠があるなら出すべきだ」と指摘されてきた情報の開示を意味する。情報源を保護し、情報収集能力を隠しておくための機密指定を、一部解除することになる。軍事攻撃の大義名分の弱さを補うためには仕方がないと見てのことだ。
 この情報開示と、演説で示した決然たる姿勢を原動力に、ブッシュ大統領は各国首脳との会談や電話協議に臨む。パウエル国務長官も、各国外相らとの折衝を加速する。「できれば武力行使容認決議の採択を」。これが米政府の目標だ。
 ただ、狙い通りに運ぶかどうかは不透明だ。2月14日に次の査察状況報告がある。同月末には米軍の攻撃態勢は整う。どの時点で米国が決議案提出に踏み切るか、あるいは採択不可能と見て独自行動を選ぶのか。
 ブッシュ大統領は演説で、米国の進路は「他の国の決定には依存しない」とも明言している。
◇戦火に不安、解放に期待−−バグダッド
 ブッシュ米大統領の一般教書演説を、イラク人の多くは米国がイラク攻撃をどこまで真剣に計画しているのかを測る指標ととらえていた。内容が予想以上にイラクに厳しいものだったため、市民は大規模な戦争が近づきつつあることを改めて認識したようだ。
 演説はイラク時間の早朝(午前5時から)だったが、市民の関心は高く、情報省職員の一人は、いつもより早く起きて英BBCラジオの生中継を聴いたという。この職員は「最近、世界中で反戦運動が盛んになっているため、ブッシュが内容を和らげるのではと思ったが、厳しいものだった。米国はいよいよ本気だと思った」と話した。
 イラクでは最近、連日のように外国の人権・平和活動家がイラク人と連帯して反戦運動を行っている。29日は、ギリシャの医師たちが、バグダッドのサダム子供教育病院で、入院している子供たちやその親=写真・ロイター=と「戦争反対」「攻撃をやめろ」と書いた横断幕を掲げた。
 参加したギリシャ人のカラキス医師(35)は「ブッシュ大統領が厳しい演説をすることは予想していた。イラクの大量破壊兵器疑惑は戦争以外でも解決できるのに、どうして攻撃を急ぐのか」と批判した。また、一緒に運動に参加した白血病の子供(4)を抱える母サーティさん(45)は「米国は12年以上も我々を苦しませてきた。その上にまた、爆弾を落とそうというのか」と厳しい表情で話した。
 イラクでは、表面的には演説への批判が強いが、市民の隠れた声の中にはブッシュ大統領が演説で触れた「イラクの解放」への期待があるのも確かだ。バグダッドのある市民は「この悪化するばかりの生活状況を作ったのはすべてフセイン大統領だ。米国の攻撃やその後の混乱は不安だが、9割以上のイラク人は、米国が我々を解放してくれることを望んでいるはず」と小声で語った。
(バグダッド小倉孝保)
◇増幅した「価値観の対立」−−北米総局長・河野俊史
 ブッシュ大統領にとって、28日の一般教書は、就任以来最も重要な演説だった。対イラク政策と経済対策への疑念から、一時は90%以上あった支持率が50%台に落ち込み、国際社会でも逆風にさらされている。フセイン政権転覆の軍事行動のシナリオを描いているものの、判断を誤れば「プレジデンシー(大統領の職)」の命取りになりかねない。強気一辺倒に見えて、実はそんな危うい局面に差し掛かっていた。
 一般教書演説の直後は一時的にせよ大統領支持率が上がるのが通例だ。国連査察団報告(27日)を受けたこの日の演説をきっかけに、一気にイラク攻撃に向けて国内外の「環境整備」を図る。そんな強行突破とも言える思惑が、演説の行間からは読み取れる。
 演説は、国内向けと国外向けの「二つの顔」を持っていた。昨年の「悪の枢軸」発言以来、一般教書は米国民だけを対象にしたものではなくなった。国際社会に対イラク攻撃の「大義」を納得させようという今回はなおさらだ。「イラクの抑圧された人々」へのメッセージまで盛り込まれた。
 独立系シンクタンク「ケイトー研究所」(ワシントン)によると、演説での具体的な政策提案は約1時間で20件にとどまった。昨年(39件)の半分で、00年のクリントン前大統領(104件)の5分の1に過ぎない。内政課題にも重点を置いたように見えて、それだけイラク問題に偏った異例な内容だったわけだ。
 しかし、演説終了後に野党民主党議員らの示した冷ややかな反応を見る限り、大統領のもくろみが成功したとは言い難い。むしろ、随所に表れた単純な善悪論やユニラテラリズム(単独行動主義)の傾向は、ネオ・コンサーバティブ(新保守主義)人脈や宗教右派に支えられた政権の保守的な体質を際立たせ、価値観の対立を増幅したようだ。
 ベトナム反戦運動の経験があるノーム・チョムスキー・マサチューセッツ工科大教授(言語学)は、対イラク攻撃に反対する世論が保守層の間にも強まり、60年代とは大きく異なっていると指摘する。一般教書演説の最中も、議事堂の外では1500人ほどの市民が軍事行動に反対する静かな抗議行動を続けた。ブッシュ政権がこのまま対イラク攻撃に突き進むのかどうか。2月5日に安保理で予定されるパウエル国務長官の「新証拠の提示」がイラク情勢の行方を占う一つのカギになるだろう。
 
 ■写真説明
 28日、米議会で一般教書演説を行うため演壇に向かうブッシュ大統領=AP
 
 
 
 
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