2003/01/23 毎日新聞朝刊
[特集]民主帝国アメリカン・パワー 迫り来る開戦の足音・・・ブッシュ大統領の決断は
◇プロパガンダ
イラク攻撃への世論作りに向け、米政府はさまざまな情報キャンペーンを進めている。国務省が「広告界の女王」と呼ばれるシャーロット・ビアーズ氏を広報担当次官に迎え入れれば、国防総省(ペンタゴン)は広告代理店と契約し、メディア対策を練る。自由と民主主義を理念とする米国にとって、世論ほど重要なものはない。「コーポレート・アメリカ(米国株式会社)」を象徴するかのような、「戦争を売る」ビジネスの実態を探った。
(「民主帝国」取材班)
◇広告代理店を「活用」、反イラクへ世論誘導
関係者によると、ワシントンの広告代理店「レンドン・グループ」は昨年、国防総省と契約したという。同社は「取材は一切受け付けていない」(広報担当)とし、活動内容は、米メディアでもほとんど報じられていない。
しかし、ワシントンのシンクタンク「中東研究情報プロジェクト」のイアン・アービナ研究員は、レンドン社に雇われてイラク国民向け「反フセイン」のラジオ番組作りに協力した学生に会った、という。
証言によると、学生はイラク出身のハーバード大男子学生。週2回スタジオに通い、「フセイン大統領のうそや親族の誇大妄想ぶりを風刺」するために大統領の声の吹き替えや翻訳を担当。月3000ドル(約36万円)の報酬を得ていた。
同社は、91年の湾岸戦争でも陰で動いた。クウェートがイラクから解放された際、市民が星条旗の小旗を振って米軍を歓迎したが、同社幹部はその後、「7カ月も占領下にあった市民が星条旗を持っていますか。そう、(小旗を配ったのは)私たちの仕事でした」と内幕を明かしたという。
消息筋によると、レンドン社は今回、国防総省の職員にメディア対応の訓練を行っているようだ。「テレビカメラの前でいかに振る舞うべきか」「記者の質問にどのように答えるか」。従軍記者が湾岸地域の米軍基地などで取材する際も、同社に訓練された軍人が対応することになる。
同社はまた、昨年12月にロンドンで開かれたイラク反体制派会議にかかわり、反体制派の幹部らにメディア対応の訓練もしているという。
広告代理店による戦争キャンペーンが拡大したのは湾岸戦争からだ。イラクに侵攻されたクウェート政府は複数の米広告会社と契約、これらの会社はイラク軍の残虐さを強調するキャンペーンを行った。
「保育器スキャンダル」として語り継がれているのは、駐米クウェート大使の娘に看護婦と名乗らせ、米議会で「クウェートを占領したイラク軍が、病院の保育器から赤ん坊を引っ張り出し、床に放置して殺した」と証言させたことだ。
「ハーパーズ・マガジン」のジョン・マッカーサー編集長によると、この証言には大手広告社ヒル・アンド・ノールトンが関与していた。現地調査で証言内容を否定した同編集長は言う。「真実が分かった時、うそはすでに役目を終え、世論を動かすことに成功していたんです」
サンフランシスコ在住のジャーナリスト、ノーマン・ソロモン氏は、プロパガンダはいまや軍事作戦と同じぐらい重要だ、と指摘。「テレビは提供された戦争の映像を流し、軍事作戦名を字幕で使用する。これだけでも政府は報道をかなり操作できる」と語る。
昨年12月、対イラク戦争支持の国際世論を形成するため、国防総省が同盟国にうその情報を流すことを企画した、との報道が流れた。ある国務省幹部は「その案は大統領に拒否された」と前置きした上で、「国防総省の一部は、友好国にも、もっと活発で直接的な働きかけをすべきだと考えていた」と明かす。
「宣伝は爆弾のように降っている。世界中、逃げ道はない」。広告業界紙「オドワイヤー」のケビン・マカリ―編集長は警告する。
◇一国だけの繁栄は望まぬ−−米「国防科学委員会」委員長、ウィリアム・シュナイダー氏
イラク攻撃に向け、ブッシュ米政権内ではいかなる論議が続いているのか。ラムズフェルド国防長官の知恵袋とされ、国防総省の諮問機関「国防科学委員会」の委員長を務めるウィリアム・シュナイダー氏に聞いた。
(古本陽荘)
◇同盟国への石油供給、守ることが国益
――ブッシュ大統領を指導者としてどう評価しますか。
大統領選挙キャンペーン中は、「無知なカウボーイ」という感じで報じられた。その結果、就任後の数カ月間は外国のリーダーたちが非常に低い評価でブッシュ大統領に接してきた。しかし、大統領は何に焦点をあてて、何を成し遂げるかに関し非常にはっきりとした考えを持っている。
――政権内の安全保障政策はどのようなメカニズムで決まりますか。
クリントン前政権との大きな違いは、副大統領(チェイニー氏)が積極的にかかわり、非常に重要な役割を担っていることだ。「知識は力」と言われるが、かつて国防長官を務めたチェイニー氏には、経験に裏付けられた権威がある。そして、チェイニー氏とラムズフェルド国防長官が個人的な信頼関係を持ち、考え方が似ていることから、相対的に国務省の存在が小さくなっている。
――ラムズフェルド長官とパウエル国務長官はイラク政策などで対立しているようですが。
個人的な問題ではなく、国防総省と国務省という組織的な違いに過ぎない。違ったアプローチ(手法)が大統領に進言され、どういう戦略を取るべきかは最終的に大統領が決断している。大統領はイラクについて、明白に(体制変革という)目的を言明しているが、いかに目的を達成するかについては柔軟だ。
――新保守主義(ネオコン)勢力が政権への影響力を持っています。
彼らは政府の安全保障問題に活発にかかわっている。(与党の)共和党に対して極めて強い存在感を示し、意見を吹き込む力がある。シンクタンクが政策面で影響力を持つのは米国の政治スタイルと言えるだろう。
――イラク攻撃における米国の「国益」で石油はどれほど重要ですか。
米国は中東にすべてを依存しているわけではない。問題は、米国の同盟国などが中東から石油の供給を受けていることだ。米国は日本や欧州の国々が被害を受けている中、一国だけ繁栄できるとは考えていない。世界の平和と安定が米国の利益になると考えている。
――「フセイン後」をどう考えていますか。
米国は、民主的な反体制派が国をつくるべきだとの立場であり、新政権を押し付けるつもりはない。ワシントンの人々はイラクが連邦制になるかどうかに大きな関心がある。
――米国は領土的な侵略なしに史上初めて「帝国」になったという指摘もあります。
それは大げさだ。日本だって戦後、経済的に成功して国際的な影響力を持った。日本の経済活動が世界中でいろんな変化をもたらした。国際的な影響力とはどういうものかの良い例だと思う。
◇「世界の支配者」という錯覚−−ハーパーズ・マガジン誌編集長、ジョン・マッカーサー氏
イラク攻撃を準備するブッシュ政権への国際世論は厳しく、その単独行動主義的傾向に批判が集まっている。湾岸戦争(91年)時の宣伝戦に関する著書「セカンド・フロント」で知られるジョン・マッカーサー氏=ハーパーズ・マガジン誌編集長=に米国が抱える問題点を聞いた。
(ニューヨークで佐藤由紀)
◇キリスト教傾斜、濃厚−−不寛容な社会に
――知識人やリベラル派が戦争について沈黙しているように見えます。
その通り。自分の地位が危うくなるのではないか、個人攻撃を受けるのではないかと反動を恐れ、自己規制している。米国は基本的に保守的な国だ。ベトナム戦争で身につけた、権威を懐疑的に見る思考法はすでに消えてしまった。
そうした状況は同時多発テロ後、さらに悪化し、「脅威があるのだから、市民的自由は返上してもよい」という主張が目立ってきた。我々が忘れてならないのは、米国がテロの標的になった理由の一つは、米国の対外政策が他国の人たちを刺激したということだ。
――ブッシュ大統領は善と悪の二元論を多用します。「単純さ」というのが今の米国の特徴になっていませんか。
現在の米国には、米国は自由のビーコン(指針)であり、決して腐敗せず、常に正しいというメンタリティーがある。米国社会では、キリスト教を厳密に守る不寛容の社会になるのか、(多様な価値観を尊重する)多元主義の社会であり続けるのか、という議論が起きている。どうも前者の方向に進んでいるように見える。宗教的な感覚が非常に強い。神は米国の側にあり、米国には世界を「掃除」する使命がある、という感覚だ。
――冷戦後、米国が唯一の超大国になったことと関係しますか。
実際はソ連が崩壊しただけなのに、米国には冷戦に勝ったという意識が強い。こうした共産主義に対する勝利感から、米国は世界を支配できる、やりたいことは何でもできる、という意識が生まれてきた。そこには、イスラム原理主義を強制的に米国の考える正しい形に変えられる、という意識も含まれる。
――「世界の支配者」という意識は米外交にどう影響していますか。
米国はいつも正しいのだから、なぜ他国と議論しなければならないのか、といった振る舞いが目立つ。国連を無意味と考え、米国批判に対して不寛容になっている。ドイツがイラク攻撃に関して米国を批判したことに、米国のある層は非常にいら立った。一方で、(諸外国は)対米批判が「(テロ組織)アルカイダへの支援」であるかのように思われることを極端に恐れている。
――湾岸戦争と比較して感じることは。
12年前と変わらないのは、市民は政府の言うことを信じるということだ。ブッシュ大統領が「イラクは核兵器開発まであと半年」と言えば、必ず信じる人はいる。これこそプロパガンダ(恣意(しい)的な宣伝)だ。イラク戦争は間違った情報で始まり得るというだけでなく、民主主義も損なう。
■写真説明
ホワイトハウスを見るため南側の公園には多くの観光客が訪れる=ワシントンで、加古信志写す
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