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2003/01/10 毎日新聞朝刊
[民主帝国アメリカン・パワー]第1部 イラクとの戦い/9止 迫り来る・・・
◇迫り来る「決断の時」−−「フセイン後」描けないまま
 イラク共産党シリア支部は、ダマスカスの雑居ビルの3階にある。アーディル・ルーリド支部長(54)は9カ月前にイラクからダマスカスにやって来た。イラク北部の山岳地帯などで20年も反政府活動を続け、うち4年間は監獄で過ごした。
 「フセイン(イラク大統領)を倒したい一心で生きてきたんだ。年の割に老けて見えるだろう? 山の1年は里の3〜4年に相当するからな」と、シワの深い顔をほころばせる。
 棚にレーニンの胸像が置かれた事務所には、米大使館員が足しげく通ってくる。「米国の民主主義を理解してほしい。米国と共産主義の闘争は過去のものですよ」などと説いて帰っていく。
 かつてイラクで強い力を持った共産党はフセイン体制下で非合法化され、今は反体制派の中でも弱小の組織。米大使館員の頻繁な訪問は、反体制派の糾合に懸命な米政府の姿を浮き彫りにする。
 先月15日、ルーリド支部長はテレビを見ながら、「密約」の存在を明かした。「今は米国とも協力するが、フセイン打倒後に米国と袂(たもと)を分かち、新たなイラクを築く合意が一部反体制派の間でできている」というのだ。
 テレビは、イラク反体制派がフセイン後の統治構想を協議したロンドン会議を映している。会議は米国主導で開かれ、イラク共産党は「米国のお仕着せ」と反発して参加しなかった。支部長が言う「密約」には、会議の蚊帳の外に置かれた悔しさも漂う。
 だが、一口にイラク反体制派と言っても、共産党からクルド人、親イランのシーア派イスラム教徒組織まで包含する「同床異夢」の寄り合い所帯。ロンドン会議では、新体制作りに向けた意思決定機関「暫定執行委員会」(65人)が設立されたが、人選に関して早くも各派の不協和音が表面化しているのが実情だ。
 
 反体制派の熱気とは裏腹に、ワシントンの空気は冷めている。「反体制派がロンドンで何を決めようが、あまり意味はない。新体制のイラクの中心になるのは、国外ではなく国内の勢力だろう」。米議会筋は淡々と語った。
 複数の中東専門家によると、「フセイン後」について、国防総省は米軍による占領案を、国務省は反体制派を含むイラク人による統治案をそれぞれ練っている。注目されているのが、第二次大戦後の日本に敷かれたGHQ(連合国軍総司令部)体制のような米軍主導の軍事占領案だ。
 国防総省の諮問機関「国防政策委員会」のエリオット・コーエン委員は「国防総省がGHQ関係の資料を見直しているのは確かだ。第二次大戦後の日本、ドイツの占領経験から、占領は長期的に利益を得やすいと考えられている」と打ち明ける。
 フセイン後の青写真を描けないまま、米国が体制打倒に固執するのは、それが米国と同盟国の戦略的利益につながると信じるためだ。国務省幹部は「イラクが核兵器を持てば、イスラエルがイラクを先制攻撃し、第三次大戦に発展しかねない」と力説する。
 この説明に従えば、米政府の視線は、国連の大量破壊兵器査察で何が見つかるかではなく、フセイン体制が続く場合の「将来の脅威」に注がれていることになる。
 レーガン政権下で国家安全保障会議(NSC)に所属していたジョージ・ワシントン大のヘンリー・ナウ教授によると、ブッシュ大統領がイラク攻撃を真剣に考え始めたのは昨年4〜5月だった。「対イラク軍事行動で、大統領が『どんな作戦案があるのか示せ』と国防総省に指示したのは6月以降。軍の規模を検討し、91年の湾岸戦争ほどではないが、ヘビー・フォース(大規模な兵力)で準備することを決めた」という。
 
 米国のイラク攻撃への不安が日々高まるバグダッド。市内で雑貨店を営むカリームさん(42)が、ロンドン反体制派会議の模様を伝えるラジオに耳を傾けながら、あきれた表情を見せた。「ああいう連中(反体制派)はカネ稼ぎで活動しているんだ。米国は本気で彼らと一緒にフセイン大統領を倒す気なのかね」
 だが、市民の関心は高く、国営放送が何も伝えない中、多くの人々が海外放送をこっそり聞いたのも事実だった。
 
 イラク攻撃は、平和で安全な中東と世界の実現に道を開くのか。それとも、米国の軍事介入は「パンドラの箱」を開けるように、むしろ域内の不安定化とテロの激化をもたらすのか。ブッシュ大統領の「決断の時」は刻々と迫る。
(「民主帝国」取材班)=第1部おわり
◇イラク反体制派
 北部のクルド人で構成するクルド民主党(KDP)とクルド愛国同盟(PUK)、シーア派のイラク・イスラム革命最高評議会(SCIRI)が有力組織で、イラク国民会議(INC)には30以上の団体が加盟。この4派に旧王制派の立憲君主運動(CMM)やイラク国民合意(INA)を加えた6組織(グループ6)は、米国の「イラク解放法」に基づく援助対象になっている。
 
 ■写真説明
 さまざまな人種が行き交うニューヨークの交差点。世論を味方につけたブッシュ大統領に決断の時が近付く=加古信志写す
 
 
 
 
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