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2003/01/03 毎日新聞朝刊
[民主帝国アメリカン・パワー]第1部 イラクとの戦い/4 力増すユダヤマネー
◇「イラクにヨルダン王家」構想も
 イスラエル首相に当選した右派政党リクードのシャロン党首が、取り囲む記者団に携帯電話を誇らしげに見せた。「いま、ブッシュ大統領から(祝福の)電話があったよ」。01年2月7日未明、テルアビブで開かれた勝利集会。上機嫌のシャロン氏がエピソードを披露した。「ブッシュ氏は以前、『僕が大統領になって、君が首相になったらなあ』と私に語っていたんだ」
 ブッシュ大統領はテキサス州知事時代の98年、イスラエルを訪問し、党内タカ派のシャロン氏(当時外相)の案内を受けた。大統領就任前、ほとんど外国へ行っていないブッシュ氏の数少ない訪問国の一つがイスラエルであり、「大きな影響を受けた」と帰国後、周囲に語ったという。
 両首脳の親密さの背景を、イスラエル外務省高官が解説する。「米共和党は92年に父親ブッシュ氏が落選したのを契機に『二度とユダヤ人社会とは争わない』と決定した」というのだ。
 父親ブッシュ氏は湾岸戦争(91年)の勝利で驚異的な支持率を得たが、翌年の大統領選で落選した。ユダヤ人入植地建設への融資保証に難色を示したブッシュ氏に米国内のユダヤ系組織が反発、対抗馬のクリントン氏(前大統領)に「ユダヤマネー」が流れたのが敗因の一つだった。
 ユダヤ系市民は米国の総人口の2〜3%に過ぎないが、米国政治に大きな影響力を持つ。特に01年9月の同時多発テロ以降、ユダヤ系の資金収集活動が活発化した。イスラエル高官によると、昨秋までの1年間で米国内のユダヤ系組織が集めた政治資金は従来の2倍の約8000万ドル(96億円)に急増した。
 ユダヤ系資金は昨秋の中間選挙でも威力を発揮した。その一例がアラバマ州の民主党下院予備選。落選した現職のヒリヤード議員は、自爆テロに苦しむイスラエルへの連帯決議に反対した議員11人の一人で、対抗馬にはユダヤ献金が殺到した。ニューヨーク州のユダヤ系団体「HUVPAC」の創設者、マンデール・ガンシュロー氏は、全米40州で「親イスラエル候補」80人に資金援助したことを認め、「米国にはイスラエル支援の義務がある」と強調する。
 
 ワシントンのユダヤ系シンクタンク「高等戦略政治問題研究所」(IASPS)が96年6月に出した政策提言が今、亡霊のように息を吹き返している。「クリーンブレーク」(完全なる決別)と題された文書は、「フセイン政権を倒し、イラクにヨルダンのハシム家を復活する」ことに言及、イスラエル中心の中東の再編構想を描く。
 注目されるのは、イスラエルと関係が深いパール国防政策委員長、ファイス国防次官らの署名があることだ。「フセイン後」のイラクに、イスラエルと国交を持つヨルダンのハシム王家を据えるというもくろみは、この構想を支持する中東専門家マイケル・ルービン氏が昨年10月、イラク担当官として国防総省入りしたことで再び注目を集めた。
 ハシム家は58年の革命で王制が倒れるまでイラクも統治した。パール氏とともに国防長官の諮問機関、国防政策委員会のメンバーを務めるエリオット・コーエン氏(ジョンズホプキンズ大教授)は「ハシム家がイラクに戻って王制を敷くという考えには大賛成だ」と語る。
 イラクの「ヨルダン化」が実現すれば、中東の政治構造は一変する。バージニア軍事研究所のクリフォード・キラコフ教授は「クリーンブレークはイラクを手始めに中東全体を不安定化させるものだ。(構想の)実現性はともかく、これを書いた人物が現政権にいることが問題だ」と強い疑念を提起している。
 
 同時テロ後、シャロン政権とブッシュ政権は「テロとの戦争」で同盟関係を強化した。米国の有力組織「米国ユダヤ人委員会」(会員約12万人)のデビッド・ハリス専務理事は「テロとの戦いで断固たる対応をし、イスラエルを強く支持する大統領がいる」と満足感を隠さない。
 湾岸戦争時、イスラエルはイラクに再三ミサイルを撃ち込まれながら報復を自制した。当時国防相だったモシェ・アレンス氏は毎日新聞に対し「もう少し戦争が長引いていたら、我々は報復していただろう」と振り返る。想定されるイラク攻撃時のイスラエルの出方は読み切れない。だが、対イラク戦の行方やフセイン後の中東再編に、イスラエルの意向が色濃く反映することは間違いない。
(「民主帝国」取材班)=つづく
◇ハシム家
 聖地メッカ出身の名門家系で、イスラム教の預言者ムハンマド(マホメット)の直系とされる。第一次大戦で、太守フセインが「アラビアのロレンス」と共にオスマン・トルコへの反乱(アラブの反乱)に参加。英国は戦後、フセインの二男アブドラにヨルダンを、三男ファイサルにイラクを与え、両国で王国を成立させた。イラクでは英国委任統治を経て、32年に王国独立、58年に崩壊。
 
 ■写真説明
 ユダヤ系組織が活発にロビー活動を行う米連邦議会議事堂=ワシントンで12月20日、加古信志写す
 
 
 
 
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