2003/01/01 毎日新聞朝刊
[民主帝国アメリカン・パワー]第1部 イラクとの戦い/3 石油権益、配分視野に
◇仏露中や企業も入り乱れ
世界の石油を取り仕切る国際石油資本(メジャー)の幹部が囲むテーブルに、1枚の航空写真が載せられた。高度5000メートルからイラクを撮影した写真だ。12月上旬、ワシントンにある石油コンサルタント会社の一室。メジャーとコンサルタント会社の幹部らが、「フセイン後」をめぐり協議を続けた。
航空写真と地図を使った一連の情勢分析作業は「マッピング」と呼ばれる。さらに高度を下げた航空写真では、イラク軍の配置も分かるし、特定の油田の収益性や米軍が爆撃した場合の復興費用を算定することも可能だ。関係筋は「個別の油田への爆撃の影響は国防総省にも伝えられている」と明かし、収益性の高い油田周辺が攻撃目標から除外される可能性を示唆した。
別のコンサルタント会社幹部は「あるメジャーはイラクの油田を8等分し、米欧メジャーなどで分配する青写真を描いている。(フセイン後の)新政権とは最短3カ月で交渉に入れると見込んでいる」と証言する。
また、11月中旬にはホワイトハウスでブッシュ大統領、チェイニー副大統領とメジャー首脳の会合が開かれ、メジャー側が戦後の油田開発計画を説明、1月には米政府やメジャーの代表者らが一堂に会し、イラク攻撃に備えた「終盤情報」のすり合わせが行われるという。
「メジャーはCIA(米中央情報局)以上の情報を持つ」。国務省高官はそう語り、米政府とメジャーが実質的に車の両輪として、戦後の石油権益確保へ動いている実態をうかがわせた。
12月中旬、国務省の一室で、幹部が地球儀のロシアを指さしながら「ブッシュ政権は約束を守る」と語った。フセイン政権がロシアとの油田開発契約を突然破棄したニュースが世界を駆けめぐった直後のこと。幹部の真意は、イラクの決定にかかわらず、米国が「フセイン後」のロシアの石油権益を保証する、ということだった。
国連制裁下でありながら、ロシア、中国、フランスなど十数カ国の石油企業が制裁解除後をにらみ、フセイン政権と石油権益の契約や交渉を行っている。業界筋によると、その中には日本の組織も含まれている。歴史的にイラクと関係の深いロシアは他に先行し、最大の石油会社ルクオイルが97年に日量60万バレルの油田の開発権を得ていた。他国は「ロシアを羨望(せんぼう)の目で見ていただけに、契約破棄に留飲を下げた」(別の国務省幹部)。
複数の関係筋によると、ロシアは対イラク戦の可能性が高まる中、イラク国内の既得権益の保証を米側に求めてきた。米政府はこれに対し、「ロシアの権益はフセイン政権が続く限り、絵に描いた餅だ。フセイン排除に向け我々に協力すべきだ」と説得。米政界に強いコンサルタント会社「ユーラシア・グループ」のイアン・ブレマー代表は「米政府の権益保護の約束と引き換えに、ロシアがイラクを武装解除させる国連の新決議に賛成した」と説明する。
イラクの突然の契約破棄は、米露の「裏取引」に怒った結果だという。こうした事実から浮かび上がるのは、ロシアのあからさまな二重外交だ。だが、フランスや中国もフセイン政権と米国の間で揺れ動いているのが実情だ。
シリアの首都ダマスカス郊外。イラク反体制派「イラク・イスラム革命最高評議会」(SCIRI)シリア・レバノン支部のジャブール代表は「フセイン後の新議会ができたら(露中などが持つ石油開発権は)すべてキャンセルされるだろう」と語る。これを見越して「欧州やロシアの企業を含む、たくさんの会社」が反体制派と積極的に接触しているというのだ。
世界2位の石油埋蔵量を誇るイラクで、調査済みの73の油田のうち開発されているのは24に過ぎない。現在は制裁下のため日量200万バレルを割っているが、「メジャーの開発によって700万バレルになり得る」との見方もあり、文字通り「宝の山」だ。
国務省高官は、「イラクの新政権は疑いなく、米国と米企業に前向きな見方を示すだろう」と余裕を見せる。フセイン後のイラクで、米国が権益配分を仕切ることは間違いない。戦争の足音が近付くにつれて、武力行使に批判的な欧州やロシア、中国なども米国に逆らいにくい状況が生じている。
(「民主帝国」取材班)=つづく
◇国際石油資本
もとは米欧の大手石油会社7社(セブンメジャーズ)を指し、73年には原油供給量の65%を占めた。その後、供給比率は下がったものの、世界の石油開発・販売で圧倒的な力を持つ。98年以降、合併・再編が相次ぎ、現在はエクソンモービル、シェブロンテキサコ、ロイヤル・ダッチ・シェル、BP、トタールフィナエルフの5社。
■写真説明
ホワイトハウス前の道路でイラクとの戦争に反対し、プラカードを掲げる女性=ワシントンで12月17日、加古信志写す
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