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2003/01/06 毎日新聞朝刊
[民主帝国アメリカン・パワー]第1部 イラクとの戦い/5 攻撃へ「神」の後ろ盾
◇ネオコンと連帯する宗教右派
 昨年11月24日の日曜日、テキサス州南部サンアントニオのキリスト教会は、異様な熱気に包まれていた。テレビ伝道師のジョン・ヘイギー師(62)が壇上で、ドスのきいた声を響かせる。「フセイン(イラク大統領)よ、よく聞け。ホワイトハウスにいるテキサス人(ブッシュ大統領)が、おまえを必ず引きずり降ろす」。会場を埋めた6000人の聴衆は総立ちとなり、拍手と歓声が渦巻いた。
 主催した教団「コーナーストーン教会」は信者数1万7000人と小規模だが、集会の模様は全米110のテレビ局で放送された。設立者のヘイギー師は、ブッシュ大統領がテキサス州知事時代に親交を持った実力者だ。この集会は「イスラエルをたたえる夜」と題し、毎年開かれているもので、昨年は、さながら「フセイン打倒決起集会」の様相を呈した。
 同教団はイスラエルの右派政党リクードとの関係が深く、聖書を厳密に解釈する福音主義派(キリスト教原理主義)に属する。同党のネタニヤフ外相(元首相)は過去2回、集会に出席している。
 ヘイギー師は「聖書は、エルサレムがユダヤ人に与えられた『約束の地』としている。米国のキリスト教徒は預言を実現させる責任がある」と語る。ヘイギー師はユダヤ系ではないが、自らシオニスト(ユダヤ民族主義者)と称し、旧ソ連圏などのユダヤ人をイスラエルに移住させる運動を熱心に展開する。
 旧約聖書の「出エジプト記」(Exodus)にちなみ「エクソダス2」と呼ぶこの活動に過去3年で370万ドル(約4億4000万円)の募金を集め、約1万人の移住に貢献してきた。
 
 福音主義派は近年、米国で勢力を伸ばし、全米の信者は7000万人前後とされる。同派を含むキリスト教右派の政治団体「キリスト教徒連合」(クリスチャン・コアリション)は会員数200万人とも言われ、政治への強い影響力を持つ。99年春、大統領選の準備を進めていたブッシュ陣営は、同団体のラルフ・リード元事務局長を選対顧問に迎え入れた。
 テキサス州のジャーナリスト、ルー・ドゥボースさん(53)は「選挙における宗教右派の力は無視できない。リード氏の存在自体が信者に訴えかけた」と語る。大統領選でのブッシュ氏への投票の3〜4割が福音派の票だった、というのが定説だ。
 01年1月22日、就任3日目のブッシュ大統領は、海外で中絶を伴う家族計画を支援する米団体への援助を禁止する政策を発表した。「中絶反対」は福音派の活動の大きな柱であり、この発表は選挙支援への「お礼」とも受け取られた。
 同時多発テロ後の米国内の動きについて、イスラエル高官は「約500万人のユダヤ系人口にキリスト教右派の7000万人が加わり、(親イスラエル勢力が)大きく膨れ上がっている」と解説する。この連帯に、イスラエル中心の中東再編を目指す新保守主義者(ネオコン)が加わり、イラク攻撃をあおる三位一体の構図が浮かび上がる。
 バージニア軍事研究所のクリフォード・キラコフ教授は「内政分野にしか関心がなかった宗教右派の議員らに、外交面での知恵を授けたのはネオコンだった。ネオコンとキリスト教右派の協力体制が確立されて政治的な影響力が強まった」と語る。
 
 一昨年9月11日、同時テロが起きた日の夜、ブッシュ大統領は「彼ら(犠牲者)が、誰よりも偉大な力により慰められるよう祈る」と国民に語りかけ、旧約聖書の一節を引用した。
 死の陰の谷を行くときも
 私は災いを恐れない。
 あなたがわたしと共にいてくださる。
 「ダビデ(古代ユダヤの王)の祈り」を収めた詩編の一部だった。キリスト教の熱心な信者とされる大統領の発言には、テロ後、「我々の使命」「全能の神」などの言葉が目立つようになった。
 ローマ法王ヨハネ・パウロ2世は昨年11月14日、イタリア国会で演説し「キリスト教は和解の宗教だ。対決の論理のとりこになってはいけない」と訴えた。テロ後、寛容の精神を失いつつある米宗教界への警告とも受け止められている。
(「民主帝国」取材班)=つづく
◇福音主義派
 聖書に絶対的な権威を置くプロテスタントの流派で、霊的体験から突然、宗教心に目覚めたという信者が多い。特に、米国南部で「レッド・ネック」(日焼けした首)と呼ばれる貧しい白人層に浸透。人間は神によって造られたとして進化論教育に反対、中絶にも強く反対している。中絶を行う医師が、福音派を含む宗教右派に殺害される事件も起きている。
 
 ■写真説明
 恍惚(こうこつ)とした表情の信者たちの前で説教をするヘイギー師=テキサス州サンアントニオで、加古信志写す
 
 
 
 
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