日本財団 図書館


IV 出前授業の概要
1 授業校及び児童生徒について
 授業校とした小木町立深浦小・中学校の児童生徒数は、それぞれ53名・33名である。同校は小木半島に卓越する海成段丘のIV面に位置し、児童生徒の家庭の多くは、たらい舟を所持し漁に使用している。同校区の集落で、佐渡全体のたらい舟数の90%以上を占めている(小木町でほぼ100%)。家でたらい舟を所持する児童生徒の多くは、たらい舟を漕いだことがあるが、たらい舟を使用しての独特の長いヤスを使いこなして行う磯ネギ漁は行った経験のある者は少ない。事前打ち合わせ会において、同校の教師は、児童生徒の多くが、たらい舟に対して、特別の意識は持っておらず日常風景の一部とみなしていると、指摘していた。また、名人技ともいえる磯ネギ漁についても、その技術の高さに気付いていないようである。
 これらを踏まえ、出前授業では、児童生徒にとって日常的で身近な、たらい舟にかかわる事象についての見直しを図ることを第一に考えた。そして、たらい舟を製作する職人もいなくなり、また漁師の高齢化等も重なり、それらの文化が消えようとしている現実を直視させようとした。このような現実の中で米国人ダグラス・ブルックス氏や地元小木町のたらい舟復活に賭ける熱意を感じさせながら、日本人として、そして地元の人間としてどのように考えていくかをせまったものである。いわゆる郷土愛の育成という点も視野に入れながら実践を試みた。
 
2 授業の概要
「復活たらい舟!」 指導案
授業校 小木町立深浦小学校(3年生〜6年生)
小木町立深浦中学校(全校生徒)
指導者 (財)新潟県文化振興財団(新潟県立歴史博物館)
主任研究員 田中 和徳
(1) 授業のねらい
(1)  たらい舟にかかわる技術について、磯ネギ漁法、漁具の材料、杉板とたが(竹)の関係を調べたり考えたりすることを通して、地元の自然や素材を有効に活用していたり、長年の知恵が凝縮されている点に気付く。
(2)  ダグラス・ブルックスさんをはじめ、多くの人たちがたらい舟の文化を後世に伝えようと努力している点に気付く。
(3)  見慣れた地元の生活の中に、優れた伝統文化がある点に気付き、その文化が消えようとしている現状に対して、自分なりの考えを持っていく。
 
(2)指導計画
<1時間目>たらい舟と磯ネギ漁
(1)たらい舟
(2)磯ネギ漁の技術と漁師の知識
(3)漁具に込められた知恵・・・地元の素材と北前船の交流による遠隔地の素材の活用
(4)木の文化
 
<2時間目>ダグラス・ブルックスさんとたらい舟づくり
(1)ダグラスさんについて
(2)最後のたらい舟職人藤井さんとの出会い
(3)ダグラスさんのやりたいこと
 
(2)授業の概要
 出前授業は2時間連続で行った。1時間目は、児童の見慣れた地元の生活の中に優れた伝統文化が存在することに気付いてもらうために、たらい舟を使用した磯ネギ漁の見直しを試みた。最初に「深浦で自慢できること」を尋ねた。返ってくる児童の抽象的な答えに対しては、より具体的な説明を求め、それに対して地元外の立場から評価を行うことにより、身近な事象の価値に気付けるようにした。
 授業を行いながら気付いた点は、第一に、家庭によっては、自宅で水揚げをしている魚や貝などのおいしさを指摘する児童が、すぐに出てこなかった点である(C5〜C6)。第二に、多くの児童が自分でたらい舟を漕いだことがある反面(前に進めるにはこつが必要)、磯ネギ漁の名人技ともいえる技術の高さに気付いていない点である。(C18)にあるように、この技術を児童達は「普通」と答えている。そこで、技術の高さに気付かせるために、サザエを捕るヤスとアワビを引っかけて捕るカギの実物をみせながら、荒海で揺れるたらい舟の上から10m前後下の貝などを捕る難しさとアワビを死なせないで捕る難しさについて説明した。意外ではあったが、このことを知らない児童が多かったことも事実である。その後、自作ビデオで、ベテラン漁師坂口さんの海底地形や四季の魚貝の生態、潮流等の知識について視聴した。補足説明として、坂口さんから聞いた、佐渡有数の「さしみ」のおいしさと深浦地区の地理的条件について説明を行った(T50〜T52)。1時間目の最後では、自作ビデオで磯ネギ漁の漁具と地元の木の性質をいかした製法について説明し、この1時間の授業の中で「すごい」と思ったことを学習カードに記入させた。2時間目冒頭の発表では、磯ネギ漁の技術や小回りのきくたらい舟の利点、漁具の工夫、漁師の知識を児童達は指摘していた(C37〜C44)。意図していなかった点では、漁師が片手で櫂を自由自在に漕ぐ技術を多くの児童が指摘していたことであった。児童は両手で漕いでも、思うように操れないことを経験上から知っているからである。
 2時間目は、自作ビデオを使用して「ダグラスさんが日本や佐渡でやりたいこと」を中心に授業を行った。ダグラスさんは、ビデオの中で、子ども向けのメッセージとして語っている「たらい舟の作り方を次の世代に残したい」の意味とその背景について掘り下げてみた。
 まず、ダグラスさんが「最後のたらい舟職人」であった故藤井さんからたらい舟作りを学んだことを自作ビデオを通して、児童に提示した。そして次のように質問した「ダグラスさんがいないとたらい舟作りはどうなるの?」。児童たちは、たらい舟作りが、終わってしまう、と考える立場と終わらないと考える立場に分かれた。前者の立場の児童は「教えてくれる人がいないから終わり」と考えた。後者の児童が(C58〜C61)のような発言をしたところで、筆者は次のように板書し「ダグラスさんが作り方の本を書いていれば、それを見る。」、ダグラスさんが行っている、たらい舟作りに関する記録化作業(ビデオ撮り、図面化、製作マニュアル作り)について説明した。この作業の必要性については、マニュアルなしで親方から弟子に伝承される過程を理解させる意味から、「藤井さんはどうやって習ったの?」と質問し、弟子たちが親方の技を盗んで自分のものにすることに気付かせ(T87〜T90)、授業を締めくくった。最後にダグラスさんについて、学習カードに記入させた。
 
3 授業記録
<1時間目>
T1 深浦で自慢できること
C1 自然がいっぱい C2 海が近い C3 岬太鼓
T2 小木祭りでたたいたやつ
C4 校舎が木でできている
T4 ほかに
C5 食べ物がおいしい
T4 特に何がおいしい
C6 きのこ
T5 おじさんが佐渡に来ると、魚とか貝が食べたいけど、みんなにとっては当たり前すぎるのかな?きのこが好きなのかな?
T6 魚はあきちゃった人
 少数挙手
T7 魚が好きな人
 大勢挙手
T8 貝が好きな人
 大勢挙手
T9 おさしみが好きな人
 大勢挙手
T10 深浦でおさしみを食べちゃうと、ほかのところに行くとどんな感じかな? なんかまずく感じるかな?
T11 深浦に来ると、魚食べたり、貝食べたり、サザエのさしみ食べたり、アワビはお金がなくて食べれないんだけど、みんなは毎日食べるのかな
C7 いや、ときどき
T12 それ、どうやって取っているの
C8 普通に
T13 みんなが普通といってもおじさんには分からないんだけど
C9 もぐる C10 たらいふねでとる
T14 もぐったことのある人
 大勢挙手
T15 めがねなんかしてね
T16 今回おじさんは、みんなに自慢してもらいたいものの一つにたらい舟を見てもらいます。たらい舟を自慢したいと思った人はいますか? あまりいないね
 一人挙手
T17 どうして君はたらい舟を自慢したいの?
C10 佐渡にしかないから
T18 佐渡それもどこにしかないの
C11 小木
T19 小木でもどこにしかないの
C12 深浦 C13 宿根木
T20 宿根木にもちょっとあったな
T21 昔の分布と今の分布を提示
T21 それに隠された秘密を見ていきましょう。おじさんたちはビデオを作ったから、もうちょっと聞いてみようか?たらい舟を1学期調べた人がいたといると聞いたけど、調べたことで自慢できることを教えて? 誰か
C14 こまわりがきくところとか C15 漁船と違ってたらい舟は浅いところでも漁ができる
T22 あと付け足すことない。ほかに付け足す人いる?
C16 不思議な漕ぎ方をする
T23 僕もやったことないけど8の字に漕ぐね。やったことある人?
 大勢いる
T24 ビデオ見る前に、せっかく話がでてきたから小回りがきくと浅いところでも入れる、この理由を見てみると みんな沢崎とか白木に行くと岩がごつごつしているのがわかるかな?
C17 分かる
T25 海にでるとすぐ砂浜とかになっていなくて、岩が沖のほうまででているところがあるね、ちょっと平らになって、そのすきまとか入り江になっているところにたらい舟のおじさんたちがいるよね。
 すきまや浅いところに入れることを説明 たらい舟のそこは平らということで 舟とのちがいを説明
T26 深浦の土地にあった舟なんです。深かったら使わなくてもいいんだけど、浅かったり岩があったりするから使うんだね。ではさっそくビデオを見てみましょう。
 ビデオ視聴
T27 あとでおじいちゃんがでてくるから、おじいちゃんのすごいと思ったところを聞くよ。
T28 みんなは当たり前かもしれないけど、磯ネギってきいたことある。たらいふねで魚をとっていたり、貝をとっていたりしたけど、あれをみてすごいと思ったことはありませんか? ない? 当たり前?
C18 普通
T29 普通すぎて感じないのかな?でも、これはすごいんじゃいかと思うことはない?よその人に自慢するとしたら、おじさんみたいに長岡から来た人や東京から観光客がきた人に紹介したいことはないかな?
C19 片手で漕ぐ C20 うまく海草をとる
T30 何で
C20 鎌で刈り取る
T31 みんなの家には何mくらいのものがあるの。
C21 はかったことがない
T32 この教室のはばくらい
C22 もうちょっと短い
T33 わかめの他にもっと長いものをみたことない?
C23 サザエをつくやつ
 実物を提示
T34 もっと長い?
C24 教室より長い
T35 もっと長いものがあるよ。これは何だろう
C25 アワビをとるカギ
T36 これは、17、8mのものを小木の博物館でみたけど、みんなの中で使ったことある人いる?ひろきくんは使ったことある? うまくとれた?
C26 むずかしい。ひっかけるのが難しい。
T37 長いから難しいのかな ひっかける場所って決まっているの?
 引っかけ方を説明
T38 ひっかけていけないところ
C27 貝のうすいところがあってひっかけると簡単にわれる
T39 一発で死んじゃう場所があるようです。
C28 急所
T40 きも。ひっかけるのも面倒だけど、15mくらい海の下でひっかけてはいけない場所にさしちゃうと死んじゃいます
T41 貝が死んじゃうとどうなる?
C29 鮮度が落ちる C30 値段が安くなる
T42 死んでいる貝が1個いると、全部の貝がみんな臭くなって他の貝もパーになる。そんな話聞いたことある?
C31 ある
T43 だから、その急所のきもは絶対にさしてはいけないんだって。ここにひっかけるだけでもめんどうなのに、ひっかけたときにそれにあてないようにひっかけるんですね。それも10mも下でね。
T44 さっきみていたでしょう。波がぷかぷかしていて揺れているのを見た?あれを撮った時はけっこう波が高かったけど、ひろきくんが乗ったときは波はどうだった?
C32 けっこうあった
T45 それが難しかった?ガラス箱がこんなになって。みんなから見るとあたりまえのことかもしれないけど、おじさんから見るとものすごいことだと思うんだね。
 板書
T46 じゃぁ坂口のおじいさんの話を聞いてすごいと思ったことを後で聞くからよく聞いてて
 ビデオ視聴
T47 では1回しかみなかったけど
 板書 坂口おじいさんのすごいところ?
T48 今のお話をきいてすごいと思ったこと、自分ではまねできないことを発表してみてください。
C33 沢崎のそこの地形が分かっている。 C34 季節ごとにとれる場所が違うことをしっとる。
T49 このおじいさん見たことがある人
 大勢挙手
T50 沢崎の人、手をあげて?
 おじさんはあのおじいちゃんの沢崎荘に泊まって、おじいちゃんがとってきたばかりのサザエとか、すみいか、あおりいかとかいうけど、沢崎のおさしみって甘いんだね。みんな気がついていた?
C35 普通
T51 みんなが考える普通ってね、レベルの高い普通だから。
T52 沢崎あたりは佐渡のさきっぽで波があらいんだそうだ、真野に近い方と寺泊に近い方と違って、さきっぽには風があたって、沢崎は小木の町の中で一番波が荒くて、波が荒い分、魚や貝などの筋肉が発達していて、そういう魚や貝のほうが甘くておいしんだそうだ。そういう話をしていました。みんながすんでいるところの魚や貝というのは、佐渡の中でも一番おいしい魚や貝だということを自信をもって、普通と思っているかもしれないけど、すごいことなんですよ。
T53 博物館のおじさんの話をきいてみようかな?
 ビデオ視聴
T54 あのおじさんしっているような顔しているね。あったことある人いる?
 大勢挙手
T55 あわびをとるケイカギのさきっぽについている木の話をしていました。これが非常にやわらかくて、アワビが岩のところにくっついていて引っかける時に、これが堅いとぽきっと折れると思います。それがバネようになっているから、固いものをぐっと引っかけた時に、しなってきゅーんとはずれるんでしょうね。だからこういうやわらかくてバネみたいな木を使っているんですね。これが水の中に入ると絶対折れない、そういうすごい木なんです。小木の山の中にも少し生えてるけど羽茂の方にいっぱいあるようです。足りないものは北海道の方から取り寄せているみたいだけど、昔は小木というのは日本各地の能登半島とか北海道とか、江戸時代から北前船でいろいろなところと交流しているから、遠くの方から材料を取り寄せることができます。さっきの長い棒は、樫の木で水の中でも沈みやすい木なんだそうです。浮かびやすい木だと、深いところをやるときに浮かんでくるから扱いにくいけど、重たくて浮かびにくい木だと作業しやすい。そういう木をみつけて、この長い木の先につけています。あと、鎌や何かも佐渡にあるカーブした木をわざとみつけてきて、カーブしている方がワカメの根元から刈り取れるとかね、そういう工夫を地元の木とか見て、この木は曲がっているな、やわらかいな、弾力性があるな、固いな、等そういうことをよく考えて作られたのが、こういう道具なんです。(実物見せながら)すごいことなんですね。
T55 5・6年生は、この時間ですごいと思ったことを書いてください。次の時間何人かの人から発表してもらいますから。自分がすごいなと思ったことを書いてください。2つあったら2つ書いて下さい。







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