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舶用燃料油中のN分含有率とNOx排出値の調査研究
日立造船株式会社
1. 目的
 NOxの生成要因としては、Thermal NOxが主流とされているが、粗悪な舶用燃料油を使用する場合には含有窒素分によるFuel NOxも要因として無視出来ない。しかしながら、現行のIMO/NOxテクニカルコードにおける海上運転時のNOx補正としては、粗悪油使用による一律補正のみであり、窒素分含有率に基づいた定量的補正は考慮されていないため、燃料油中の窒素分含有率が高い場合には、NOx規制値をオーバーしてしまう可能性がある。
 そこで、NOx測定用定容試験装置を製作し実船から採取した燃料油サンプルを燃焼させ、燃料中の窒素(N)分とNOx排出値の関係を調査し、IMO/NOxテクニカルコード改正のための提案研究を行った。
 
2. 実施経過
2.1 実施機関
開始:平成12年4月1日
終了:平成14年1月31日
2.2 実施場所
・日立造船(株)
・日立造船ディーゼルアンドエンジニアリング(株)
・九州大学総合理工学研究院
 
3. 実施内容
3.1 国内外環境規制の動向把握のための調査
(1)規制におけるFuel NOxの扱い
 米国の連邦規制法では、燃料の窒素分がFuel NOxへ転換する割合は燃焼条件により変化するため、燃料性状から一義的にFuel NOxを規定するのが困難とされている。
 これらの規制案で使用する油はDM級の燃料で、よって舶用大型で使用されるRM級の燃料油に関しては言及されていない。Fuel NOxに関しては規制の中に記述はなく、EPAでの研究報告で報告2)がある。この報告では、残渣油が多く含まれるRM級の使用で、燃料中の窒素分は理論的に100%転換するとNOxの増加が懸念されるが、実際には低質油の燃焼性低下によりNOxの増加は少なかったとされている。
 一方、欧州での規制は欧州連合として制定され、船舶用ディーゼルでは、水域の規制がIMO規制より先行して導入されている。外航用の機関に対する規制は、米国と同様にIMO規制によって規制されることになる。
 大型船舶で使用される燃料に関して、酸性雨の問題からSOxの発生に起因する燃料中の硫黄分には注意をはらわれても、燃料中の窒素分にまで言及されていない。
 このようにアメリカやヨーロッパ各地区の排ガス規制にも、調査した範囲ではFuel NOxに言及するものはない。両地区とも、硫黄分とともに窒素分が含まれる低質重油を使用する大型船舶については、IMOの規制に順ずることになっている。
 本来、低質な燃料油ほど含有される硫黄分や窒素分は多くなる傾向にある(図1参照)。IMO規制案では、試験台におけるNOx計側が基準とされ、この際使用される燃料油はISO8217に指定されるDM級の舶用燃料を使用することになっている(NOxテクニカルコード5.3.2章に規定)。DM級の燃料には窒素分は含まれないため、Fuel NOxの影響はない。
 しかしながら実際の運行には窒素分が含まれる燃料油が使用され、Fuel NOxが発生する。IMOでは、ISO8217に指定されるRM級の舶用燃料を使用する「船上のNOx計測値」と、DM級を使用する「試験台のNOx計測値」の許容差として10%までを認めている(テクニカルコード6.3.11.2章に規定)。さらにその他の計測誤差を含めて、15%を超えてはならないとしている。
 ディーゼル機関から排出されるNOxは、作動ガス(空気)中の窒素が高温の燃焼場で酸化されて発生するThermal NOxがそのほとんどであり、燃料中の窒素が酸化して発生するFuel NOxは、Thermal NOxに対し非常に小さい比率である。しかしながら、最近の燃料油の低質化においては、燃料の中の窒素分含有率が高い場合があり、その影響を評価する必要がある。
 そこで各種文献のFuel NOxの排出特性について調査する。
 
(2)文献からみたFuel NOxの排出特性(燃料中の窒素含有率とFuel NOxの関係)
 燃料中の窒素分からFuel NOxへの転換率について、ボイラーにおいて各種の試験結果をまとめたものを表1に示す。これから多くても60%を超えていないことがわかる。
 また図2に50HPパッケージボイラーでの試験結果を示す。NOxへの転換率は、窒素分0.2%以下では60%以上、重油中に通常含まれるとみなされる窒素分0.2〜0.5%の範囲では40〜60%である。
 燃料中の窒素分(窒素分)のNOxへの転換率は燃料と空気の混合状態によって大きく変化すると報告がある5)。実験によると完全予混合の場合、燃料中の窒素分の0.9乗、拡散燃焼の要素が強くなると0.35〜0.53乗に比例したとの報告がある。このように燃焼の形態により転換率も傾向が異なる。よってディーゼル燃焼は、エンジンのサイズにより燃焼の形態が異なり予混合も拡散燃焼も含むため、Fuel NOxへの転換率も様々な傾向を示すと考えられる。
 ディーゼル機関によるFuel NOxの転換率について、C重油とA重油の実験結果の例を図3に示す。C重油を使用した場合、40〜100%と広い範囲でばらついており、燃料中の窒素分が100%近い割合でFuel NOxへ変換される可能性があるデータとなっている。
 燃料中の窒素分が変換する割合は、ディーゼル機関の燃焼性に影響される割合が高く、便宜的にNOx転換率を30〜50%としてFuel NOxを求めると図4のようになり、燃料油中の窒素分(窒素分)を0−1%に減少によりNOx排出量は40〜70ppm低下となっている。
 これら文献調査から筆者らは、ディーゼル機関の燃料中窒素分のNOxへの転換率はA重油で50〜100%、C重油で30〜80%、そしてNOx濃度はC重油の方が30〜140ppm高い値を示すと推測する。
 
3.2 NOx測定定容試験装置の製作および試験方法
 以下の点に考慮して試験装置を試作した。
(1) 回転数の影響をなくすため、エンジンの燃焼室を模擬した定容燃焼器とする。
(2) 燃料の違いを明確にするため、燃焼条件(噴射圧や噴射時間など)を正確に合わせる。
(3) 燃焼用の空気には完全に乾燥した空気を使用し、湿度の影響をなくす。
 図5に定容燃焼装置の概観を示す。
 本装置は容器内に空気を加圧充填しヒータで加熱することで、ディーゼル機関で圧縮行程が終了し、燃料噴射直前の燃焼室作動ガスの状態を模擬している。その中に燃料ポンプで加圧した試料油をノズルより噴射し燃焼させる。
 燃焼後、容器内のガスをガス分析系に導きNOx濃度を計測する。
 この分析系統図を図6に示す。分析装置は次の機器を使った
(1) 堀場(NGK)NOx計 MEXA−120(ジルコニア式):就航船に装備のジルコニア式
(2) 島津製 O2計 POT−101(磁気風式)
 燃料は電子制御油圧駆動増圧ピストン型噴射システムにて噴射する。
 25〜30mm2/sの動粘度になるよう加熱された燃料は、噴射直前まで噴射ノズル先端部に循環されており、噴射時には確実に設定温度の燃料が出て行くようになっている。
試験条件
(1) 噴射圧力 66MPa (2) 噴射期間 25ms
(3) 噴射ノズル 0.16mm単孔 (4) 開弁圧力 35MPa
(5) 燃焼室内空気圧力 2.5MPa (6) 燃焼室内空気温度 670℃
 
試験
 上記の条件で5回連続して燃焼させ燃焼ガスを分析する。
 
3.3 NOx測定試験結果
 調査対象船の“IKOMASAN”、“ANTARES”から5サンプル、別途手配した窒素が含まれない“MDO(A重油)”そして“高窒素(0.76%)油”の合計7サンプルにてテストした。
 表2にそれらの性状およびテスト結果を示す。また図7にテスト結果をまとめてプロットする。
 MDO、IKOMASAN(の平均値)、高窒素サンプルの3つのデータを比較すると、窒素%に合わせてNOx値が変化しており、MDOとIKOMASAN平均値とのNOxの差は約100ppm、IKOMASAN平均値と高窒素サンプルの差はさらに100ppmで、窒素%の差から見て燃料中窒素のNOxへの転換率は約50%と計算される。
 しかし、IKOMASANの燃料は窒素はどれも0.34〜0.39%と同レベルであるがNOx値には大きなばらつき(プラスマイナス約10%)が出ている。
 これはThermal NOxのばらつき、つまり燃料による燃焼の違いによると考えられる。窒素0−1%が全てFuel NOxに転換されても約60ppm(13%O2換算)で、0.39%でも230ppm、つまりNOxデータ(約1000ppm)の8割方はThermal NOxと言える。そのため、Thermal NOxの変化はFuel NOxの違いを容易に打ち消している。
 また、IKOMASANとANTARESの比較結果も、ANTARESの方が窒素分含有率は小さいが、NOx排出値は定容燃焼器も本船結果でもANTARESの方が高くなっている。
 これらから窒素分含有率は一義的にNOx排出に関与しているとは言えず、燃料によるThermal NOxの個体差つまり熱発生率が影響していると言える。
 Thermal NOxの影響をなくするため、アルゴン+酸素(空気中に窒素なし)中での燃焼テストを実施し窒素分含有率とFuel NOxに相関があることが確認できたが、転換率を計算するとI−4では50%、高窒素サンプルでは85〜90%と高い値になった。
 
3.4 熱発生率による検証(燃料性状の影響)
 今まで述べたように本船からの燃料サンプルは窒素分含有率が大差ないのにNOx値では20%もの差を生じる例があり、燃焼パターンの違いによるThermal NOxの差が現れている。
 そこで熱発生率測定専用の小形定容燃焼器(0.7リッター)を製作し燃料による熱発生率の差を検証した。
 IKOMASANの4サンプル(I−1〜I−4)を図8に比較する。これらの窒素分は0.34〜0.39%の狭い範囲にあるが前述したようにNOx排出値はばらついている。
 熱発生率を見ると、I−1は着火遅れが7msと長く、熱発生率上では予混合燃焼と見られる期間が他のサンプルより長くなっている。I−2では着火遅れが5msとなり、予混合燃焼のピークもI−3、I−4より大きくなっている。I−3、I−4は他に比べて着火遅れが短く(約4ms)、初期予混合燃焼のピークから判断される予混合燃焼割合も比較的小さい。
 一般に予混合燃焼割合が大きいほどThermal NOxの生成も多いと言われており、これらの熱発生率パターンの違いは定性的ながらNOx値の違いと整合している。
 さらにA−1(ANTARES)のサンプルを見ると、I−1と同等の着火遅れ(7ms)と高い予混合燃焼のピークを示す。NOx測定結果で見られたように、A−1は窒素0.30%であるがI−1と同様に高いNOx値を示す。これも、大きな予混合燃焼割合によってThermal NOxが多く生成された結果と判断できる。
 図9は、高窒素サンプル(窒素0.66%)の熱発生率をI−2(IKOMASANの4サンプル中では平均に近い)と比較したものである。この図にはA重油(MDO)の熱発生率も示しているが、これら3サンプルの予混合燃焼割合は偶然ながら近いと判断される。
 これらのNOx値を比較した結果を図10に示す。この図によると、3サンプルのNOx値は含まれる窒素%と比較的良好な相関を示している。
 
4. 調査研究の成果
4.1まとめ
 これらをまとめると次のことが言える。
(1) 現状ある国内外の環境規制は、調査した範囲ではFuel NOxに言及するものはなく低質重油を使用する大型船舶については、IMOの規制に順ずることになっており、IMO規制でのFuel NOxの扱われ方が重要である。
(2) Fuel NOx計測のため、完全乾燥空気を使って湿度の影響をなくし、各燃料で空気条件、噴射条件を正確に合わせ、回転数の影響もでない定容燃焼器試験システムを確立できた。
(3) 燃料油中の窒素分含有率のFuel NOxへの転換率は、各種文献からはA重油で50〜100%、C重油で30〜80%と推測したが、今回のMDOと実船サンプルの計測結果からは約50%の転換率となる。
(4) 0.4%近辺の窒素分含有率バンカー油の場合、NOx排出値はA重油に比べ約100ppm(10%)Fuel NOx分の増加となる。ただし、窒素分が同レベルでも燃料による熱発生率の違いによりThermal NOx分が異なり、NOx値はプラスマイナス約10%のばらつきが出る。つまり陸上運転のNOx排出値に比べて最大約15%増加となる。
(5) IMO/NOxテクニカルコードに関しては、NOx排出量の許容誤差拡大あるいは窒素分含有率の規制値を設けるなどの提言していけるだけの資料が揃った。
 
4.2 今後の課題
(1)窒素分含有率の高いバンカー油入手により、定容燃焼器での試験データを増やし、Fuel NOxへの転換率の精度アップを図る。
(2)燃料の熱発生率の違いによるNOx値のばらつきの評価、Thermal NOx分を排除したアルゴン+酸素(空気中に窒素なし)での測定法の確立を進める。
 
引用文献)
1) U.S.Environmental Protection Agency「Final Regulatory Impact
2) Analysis:Control of Emissions from Marine Diesel Engines」EPA420−R−99−026 November 1999
3) 大気汚染研究会編「大気汚染ハンドブック(4)燃焼編」コロナ社 79.01
4) 別冊化学工業17−14「窒素酸化物防止技術」化学工業社 73.12
5) 三浦昭夫(中部電力)「重質油の燃焼特性について」中部電力株式会社研究資料No.76 1986







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