超音波による油水分離に関する調査研究
兵神機械工業株式会社
1. 目的
船舶からの油による海洋汚染防止が国際的にルール化されてから久しいが、近年海洋汚染に対する管理が厳しく要求されている。このような状況下において、この度IMO(国際海事機関)で従来対象外とされてきた乳化油も含めた油による海洋汚染防止の討議が進行している。
乳化油に対する処理技術は、従来のフィルターまたは化学的な処理方式によっているが、ランニングコスト及びメンテナンス作業の観点からいくつかの課題がある。
また、乳化油の分離技術については、固・液分離、液・液分離の分野で、超音波を応用した研究が既に行われている。しかし、多くは液の滞留状態での超音波の照射によるものである。
本調査研究では、船舶に使用される油を対象に、液が流れている状態で超音波を照射し、乳化油を効率よく水から分離する超音波を利用した新技術の開発を目的に実施する。
2. 実施経過
2.1 実施項目
本調査研究では、以下の項目について実施した。
(1)有効な超音波の領域解析
実船のビルジに含有する乳化油を想定したサンプルにより有効な超音波の領域(パワー、周波数等)の調査・解析を行い、同解析から得られた結果と理論上の結果を比較・解析する。
(2)試作器の設計及び製作と理論結果との比較・解析
解析に基づいて、液の流速を考慮した試作器(超音波発信器および付帯機器)を設計、製作し、実験を行い、(1)の解析による結果と比較検討し、試作器の基本構造の妥当性を確認する。
(3)油水分離器形状の検討及び改良型試作器の再設計、再製作等
(2)により得られた結果に基づき、超音波発信器の形状、個数、取付位置の効率的な形状を再検討する。さらに改良型試作器の再設計、再製作及び再実験により試作器の実用性を評価し、超音波発信器の形状、個数、取付位置の効率的な形状を決定する
2.2 実施期間
開始:平成13年4月1日
終了:平成14年2月8日
2.3 実施場所
兵神機械工業(株)社内
大阪府立大学工学研究科内
3 実施内容
3.1 有効な超音波の領域調査
3.1.1 ビルジ中の乳化油濃度の調査
実船ビルジの採取ならびに既存資料から、乳化油の濃度の調査を行った。実船から採取したサンプルは、IMO規則MEPC60(33)で規定されている四塩化炭素抽出法により分析を行った。調査の結果、乳化油の濃度は7〜200ppmと船舶により大きく異なった結果となったが、調査結果に基づき本調査研究で対象とする乳化油の油分濃度を200ppmとした。
乳化油は、現在IMOで討議されているビルジセパレータの型式承認試験基準に基づき作成し、内容は次の通り。
混合油(重油50%+軽油50%)200ppm
重油:比重(15/4℃)0.988 粘度 489cSt/37.8℃
軽油:比重(15/4℃)0.83
界面活性剤(ドデシルベンゼンスルホン酸ナトリウム−DBS)1ppm
3.1.2 有効な超音波の領域調査
水中の油分を超音波により除去するには、油分の分解(炭酸ガスと水に分解)と油水分離(水の層と油の層に分離)の2方式がある。本調査研究では、図4の装置1を用い、油水分離と油分の分解について基礎的な調査を行った。結果は表1のとおり。また、油水分離の調査では、水の層と油の層が目的通り超音波の波長に沿って集まることが確認された。
原水の油分濃度:200ppm
超音波照射時間:30分
油分濃度測定機:TOC計
周波数
(kHz) |
処理水中の油分濃度(ppm) |
分解 |
分離 |
25 |
199.6 |
170 |
40 |
199.1 |
164 |
100 |
168 |
92 |
200 |
135 |
44 |
400 |
81 |
- |
|
表−1
これらの結果から、分解では200kHz以上で顕著な効果が認められる。
分離の実験では、分解も平行して行われるので分解された油分の減少量を除いて評価したところ、分解と同じく周波数が高いほど効果が認められた。
しかしながら、分離された油層は超音波の波長に沿って集まり、200kHzではその波長(1/2 λ=3.8mm)が短く、流れ系の油水分離では適さないと判断した。同じ理由により、400kHzでの分離実験では波長が短く分析用のサンプルが採取できなかった。
このようなことから、流れ系では周波数が50kHz(1/2 λ=15.2mm)以下が有効と判断した。
3.2 試作器の物理化学的機能特性の調査
3.1.2 節の結果に基づき、油水の滞留時間および水の取出し口の位置等を考慮した試作器(超音波水槽)を設計・製作した。
図5の試作器(超音波水槽)および装置1(図4)、3(図6)の物理化学的機能特性(振動子からの距離と物理化学的特性)について下記の調査を行った。
3.2.1 超音波による水温の上昇速度、四塩化炭素(CCl4)の分解強度の調査
装置2(図5)を用い、水温の上昇速度、四塩化炭素の分解等の物理化学的機能特性について検討した。
3.2.1.1 実験方法
1)装置
処理水槽:250×350×200mm(H)
処理水槽水:精製水
使用周波数:28、40kHz
2)物理化学的機能特性について
温度上昇および四塩化炭素の分解と水槽水深の関係を求めるため、水深50、100、193mmについて28および40kHzの超音波水槽に四塩化炭素をそれぞれ18mg/Lになるように添加して超音波を10分間照射した後、水温、pH値、溶存酸素、電気伝導率、全有機炭素、を測定した。
3.2.1.2 実験結果
1)生成熱量
水温は時間とともに直線的に上昇し、水温上昇速度は28kHzが40kHzよりも大きく、水深50mmでそれぞれ2.7、2.4℃/分となった。
生成熱量は28kHzが40kHzよりも大きく、水深が大きくなると生成熱量は増加した。28kHzの場合50mmで0.135kcal/cm2、198mmで0.176kcal/cm2となり、水深が4倍に増加すると生成熱量は1.3倍となった。
2)四塩化炭素分解能力
(1)四塩化炭素
四塩化炭素は超音波により分解されて塩素イオンが生成する。塩素イオン濃度より分解された四塩化炭素濃度を換算した。投入した四塩化炭素が分解された割合は28kHzの方が40kHzよりも高く、分解強度が強かった。また、四塩化炭素分解率は水深が浅い方が高くなり、超音波振動子に近いほど分解強度が強いことが推定された。
四塩化炭素分解量は水深が深くなるほど増加したが、水深が4倍になり四塩化炭素存在量が4倍になっても分解量は1.3倍(28kHz)にしか過ぎず、振動子からの距離が遠いほど分解効果が減衰した。
超音波水槽2kw出力時に、熱量当たりの四塩化炭素分解量は水深とは関係なくほぼ一定となり、振動子から遠い部分でも発生した熱量に対応して四塩化炭素が分解されると推定される。
(2)電気伝導率
電気伝導率は、28および40kHz超音波10分間照射後いずれも上昇し、水深が浅いほど大きく上昇した。電気伝導率の28、40kHzの同一条件での測定値を比較すると28kHzは40kHzよりも約1.5倍大きい値となった。これは四塩化炭素が超音波により分解して塩素イオン、水素イオンができたためと考えられ、その分解強度は28kHzの方が40kHzよりも大きいと考えられる。
(3)pH値
28kHzおよび40kHz、10分間照射後、pH値はいずれも低下した。また、水深が浅いほど大きく低下した。これは四塩化炭素が超音波により分解して塩酸ができたためと考えられる。
(4)全有機炭素(TOC)
TOCは四塩化炭素の分解により、減少傾向を示した。しかし28kHzと40kHzが同様の傾向を示さなかったのは、四塩化炭素の水溶解度が小さいためと考えられた。
(5)溶存酸素
キャビティーの生成と溶存酸素量に関係があると考えられたため測定した。溶存酸素は超音波10分間照射前後で大きな変化はなかった。
3.2.1.3 まとめ
1) |
水温は時間とともに直線的に上昇し、水温上昇速度は28kHzが40kHzよりも大きく、水深50mmでそれぞれ2.7、2.4℃/分となった。熱生成量は水深が深い方が大きくなった。 |
2) |
四塩化炭素の分解強度は28kHzの方が40kHzよりも強い結果となった。四塩化炭素分解量は水深が198mmで50mmの1.3倍(28kHz)に過ぎず、大部分は50mm以下の部分で分解が起きていることが推定された。熱量当たりの四塩化炭素分解量は水深とは関係なくほぼ一定となり、発生した熱量と四塩化炭素分解量は比例関係にあった。 |
3) |
キャビティーは水深が深くなれば多くの場所でできるが、水温上昇速度や四塩化炭素の分解は振動子の近くで起きていると推定される。 |
3.2.2 超音波によるキャビテーション強度(OHラジカルの生成)の調査
3.2.2.1 実験操作
ヨウ化カリウム水溶液(0.2M)をそれぞれの装置を用いて空気雰囲気で超音波照射した。
装置2では流量を30ml/minとした。
装置2では、1、3、15、30分間の照射後、装置1、3では10、30、60、120分の照射後、生成したI3の濃度を、波長350nmにおける吸光度の測定によって求めた。
3.2.2.2 結果
ヨウ化カリウム水溶液に超音波を照射すると、OHラジカルとの作用により、式(1−1)(1−2)のような反応がおこる。
H2O→H・+OH・ (1−1)
2OH・+I2+I−→I3−+2OH− (1−2)
したがって、I3−の濃度を求めることによってOHラジカルの生成量、つまりキャビテーションの強度がわかる。
それぞれの装置を比較すると、装置2のキャビテーション強度が装置1、3と比較して高くなっている。
3.2.3 超音波によるベンゼン(C6H6)の分解強度
3.2.3.1 実験操作
装置2および1については、照射容器に所定濃度の石油の成分であるベンゼン65mlをいれ、2時間以内の照射を行った。装置3においては、照射容器に直接15Lの試料溶液をいれて照射を行った。
装置1では、装置内に試料170mlを満たした後、その有機炭素量を、TOC計を用いて測定し、その値を初期濃度とした。
3.2.3.2 結果および考察
ベンゼンに超音波の照射を行うと、おもに二酸化炭素と一酸化炭素に分解することがわかっている。
装置1、2、3によるベンゼンの初期分解速度は、400ppmのとき1450、460、1850μmol・1−1・min−1、また、100ppmのとき、412、80、460μmol・1−1・min−1であった。
それぞれの装置を比較すると、無機化率は、3.2.2で求めたキャビテーション強度の結果に依存することがわかった。
200kHz程度の周波数においてキャビテーション現象における化学的な効果が大きいことがわかった。
3.3 試作器の油水分離性能の調査
3.3.1 試作器による流れ系での油水分離性能の調査
12個の振動子(2列6行に配置)を使用した超音波発振子を使用し、装置2を用いて油と水の混合物について流れ系における分離実験および油の分解実験を行った。通常、水に超音波を照射すると、図7、8に示す様に、大きく重い物質は非加圧部(節)に、小さく軽い油滴または気泡は加圧部(腹)に集まることが知られている。ここで用いた油は細かく水より軽かったため腹に集まった。油の濃度はTOCによって測定した。
滞留時間が1時間の分離実験において、200kHzではその波長(1/2λ=3.8mm)のため、節と腹の距離が短すぎて分離がうまくいかなかった。25kHzでは200ppmが110ppmまで、40kHzでは130ppmまで減少した。28kHzでの分離実験では、油分濃度が500ppmの原水を使用して行ったが、処理水の油分濃度は200ppmであった。このことから、処理水の油分濃度は、原水の油分濃度の比例に近い影響を受けることが判明した。
分解実験において、200kHzでは油の熱分解が進行し、200ppmの油が30分で120ppmまで60分で65ppmまで無機化(炭酸ガスと水に分解)された。25kHzと40kHzでは無機化はほとんど起こらなかった(1時間で200ppmが190ppmまで減少)。
3.3.2 気泡混入による油水分離性能の調査
微細な空気粒と油分が超音波の腹部に集まることを想定し、微細な空気を油水に通気させ、油水分離反応の加速を試みた(図9)。反応容器の下部から微細な空気を通気したところ、滞留時間が1時間の分離実験において、水中の油分濃度は25kHzと40kHzでそれぞれ60ppmと80ppmと微細な空気の通気による効果が認められた。
3.3.3 改良型試作器の油水分離性能の調査
油水分離の効率を上げるため、振動子の個数を14個とし、1列に配列した図10の流通式の超音波照射装置を試作し、その油水分離の効率について検討した。また、反応容器は実用性を考慮し、滞留時間が20分以内となるように設計・製作した。この装置では25kHz、40kHz、95kHz、170kHzの多周波数の超音波の発生が可能であった。最初の試作器において、25kHzの周波数が油水分離に最も適切であったことから、本装置で25kHzの周波数で実験を行い、滞留時間が15分(全体の体積が1.5Lであるので、流量として6L/分になる)。の状態において、油分濃度が200ppmの原水から処理水中の油分濃度が29ppmまで減少した結果を得た。
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