3.3 COADS/KoMMeDS−NF統合データを用いた北半球冬季の海上気象要素の長期変動
服部 友則Tomonori Hattori・轡田 邦夫Kunio Kutsuwada
東海大学海洋学部 〒424−8610 静岡県清水市折戸3−20−1
School of Marine Science and Technology, Tokai University
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要旨
異常気象や温暖化といった地球規模の気候変動の解明には、海上気象要素に対する数十年スケール変動の実態を理解することが重要であり、その解析には長期にわたる海上気象観測データが必要である。こうしたデータとして従来米国海洋大気庁(NOAA)作成の統合海洋気象データ(COADS)が使用されてきた。しかしCOADSには第一次世界大戦前後の北太平洋域におけるデータが乏しく、同海域における長期変動の解析を行う際には欠測データの存在が間題となっていた。そこで、神戸海洋気象台が収集・保管してきた海上気象資料のデジタル化データ(KoMMeDS−NF)とCOADSを統合するデータセットの作成を試みた。まず、月平均値データにおけるCOADSの欠測時期がKoMMeDSによってどの程度補充されるかを調べた。その結果、空間的には北太平洋の日本近海・ハワイ付近・米国西岸およびニューギニア付近を主とした海域において、時間的には1920年代以降における欠測データが顕著に軽減された。これにより、北太平洋・北大西洋両海域において二十世紀初頭からの90−100年間に達する長期間の解析が可能となった。次に、統合データセットにおける冬季平均(1−3月)の時系列に対する経験的直交関数(EOF)解析を行った結果、海面水温(SST)データの北太平洋における第二モードと北大西洋における第一モードの時間関数との間に有意な相関が認められた。これらは、60−80年の時間スケールを有する長期変動とみられ、北太平洋における第一モードはアリューシャン低気圧、北大西洋における第二モードはアイスランド低気圧およびアゾレス諸島高気圧の勢力と密接に関係していることが示唆された。以上より、北太平洋および北大西洋における海面水温の数十年スケールの変動には、各海域において固有な変動と両海域間で関連する変動が存在することが示唆された。
1. はじめに
近年、地球温暖化や異常気象などの環境問題が世界的に重要な関心事となり、広く議論されている。現在では、大気と海洋とは相互作用する一つの気候システムとして認識されており、こうした地球規模の気候変化の原因を解明する為には、大気・海洋場における数十年以上の時間スケールを持つ変動の実態を理解することが重要である。特に、海面水温場は下層大気における運動の主要なエネルギー源の一つであり、気候変動を左右する重要な因子と考えられる。
この様な数十年スケールの変動の代表的な例としてPDO(the Pacific Decadal Oscillation:太平洋十年振動(Mantua et al., 1997)やAO(the Arctic Oscillation:北極振動(Thompson and Wallace, 2000)等が挙げられ、こうした数十年規模の気候変動を解析する際には、可能な限り長期に渡る海上気象観測データが必要である。
本研究ではこうした数十年スケールの海上気象変動を解析するために、COADSデータ(Comprehensive Ocean Atmosphere Data Set)と神戸海洋気象台(およびその前身)が収集・保管してきた海上気象観測データ(神戸コレクション、KoMMeDS−NF:The Kobe Collection Maritime Meteorological Data Set funded by Nippon Foundation)を用いた。こられの資料の利点としてデータが長期間に渡って存在すること、実測値である点が挙げられる反面、航路沿いデータが集中する一方欠測域が少なくないこと、第一次・第二次両大戦前後の期間を主としたデータ数が少ないなどの欠点がある。COADSデータを用いた過去の研究の多くは、太平洋における第一次大戦中の欠測が多いため、数十年スケール変動の解析は困難であった。これに対し神戸コレクションデータは第一次大戦前後における北太平洋域のデータが豊富に存在し、両データを併用することにより、二十世紀初頭からの90−100年にもおよぶ長期間の解析が可能となる。更に、既存データの多い北大西洋における解析と比較することにより、両海域に跨る長期変動の解析が可能となる。
そこで、本研究ではCOADSデータにおける欠測を神戸コレクションデータによって補充することにより、新たな格子データセットの作成を行った。両データを統合したデータセットに対して時間および空間に対する内挿操作により解析期間をどの程度延長出来るかも調べ、実際にこれらのデータを用いたEOF解析を主として長期変動特性を調べた。
2. 使用データ
NOAA作成のCOADS(緯度2°x経度2格子月平均データ)の内、海面水温・海面気圧・海上気温・スカラー風速・東西風・南北風の6要素に対して、まず緯度4°x経度10°格子における月平均データヘの再格子化を行った。次に、神戸コレクションデジタル化データ(KoMMeDS−NF)を各要素に対して緯度4°x経度10°格子の月平均データに格子化し、COADSの月平均値データの中で欠測がある格子に対する補充を行った。
3. 統合データセットの特性
北太平洋の海域を120°E−80°W、20°S−60°N、北大西洋の海域を80°W−0°、20°S−80°Nと定義し、それぞれの海域内において1889−1932年の44年間におけるCOADS月平均値データの欠測格子にKoMMeDSがどの程度寄与するのかを調べた。ここでは海面水温(SST)に注目する。COADSのみを使用して、データの存在する格子の月の数を示した図(図1a)を見ると、大西洋においては欠測域が比較的少ないのに対して、太平洋においてはハワイ諸島付近や日本近海およびアメリカ大陸沿岸部では欠測が少ないが、北太平洋中央部および太平洋赤道域においてはデータの存在月数が少ない。次に、COADS+KoMMeDS−NF結合データセットに対する同様な分布(図1b)と比較すると、大西洋においてはほとんど変化が見られないのに対して、太平洋では西太平洋を中心に幾分欠測域が減少しているように見える。そこで、欠測域の軽減された海域をみるために両者の差に対する分布(図2)を見ると、先ず、北大西洋においては全く変化がない、もしくは月数10個以下に留まっている。これはCOADSが大西洋においては比較的データが豊富であることと、KoMMeDSが大西洋においてはさほどデータ数が多くないということに起因すると考えられる。それに対して、北太平洋においては全体的に存在月数は増加し、特に日本近海、日本−ハワイ間の航路周辺、および日本−ニューギニア間の航路周辺海域において顕著であったことが分かる。一方、赤道以南の中部太平洋においては、それほど顕著な増加が見られない。これは、KoMMeDS−NF中のデータが同海域において少ないことに因ると考えられる。
ここで、データの存在月数の増加が顕著であった165°E、5°Nの海域における時系列に注目すると(図3)、特に1920年代以降においてCOADSのみではデータがほとんど存在しなかったのに対して(図3a)、KoMMeDS−NFの結合が大きく貢献したことが分かる(図3b)。これにより従来のCOADSのみを使用した解析よりもより解析期間を延ばすことが可能になったといえる。
又、1889年から1932年の44年間において、北太平洋及び北大西洋における月平均データの存在する格子数を、COADSデータのみとCOADS+KoMMeDS−NF統合データの間で比較を行った(表1)。北太平洋においてはKoMMeDS−NFを使用した場合、3611個の格子において新たな月平均データが補充され、COADS+KoMMeDS−NF統合データに対するるKoMMeDS−NFデータによって補充された格子数の割合は約4.3%であった。これに対して、北大西洋における同様な割合は約0.11%に過ぎず、顕著な効果は認められなかった。
以上に挙げた事実は他の要素についても同様な傾向であった。海面気圧(slp)、海上気温(air)、スカラー風速(wspd)、東西風速(uwnd)、南北風速(vwnd)の5要素いずれについても、KoMMeDS−NFによる欠測格子数の軽減は北大西洋ではほとんど見られず、北太平洋の日本付近やハワイ・アメリカ西海岸・ニューギニア近海において顕著な増加が見られた(図省略)。
また、各要素について1889年から1932年の44年間における北太平洋及び北大西洋での月平均データが存在するる格子数をCOADSのみとCOADS+KoMMeDS−NF結合データとの間で比較すると(表2)、いずれの要素においても、海面水温と同様に北太平洋ではKoMMeDS−NFの使用によって格子数が約4−7%増加する一方、北大西洋では顕著な増加は見られない。特に、海面気圧(slp)に対しては、COADSのみでの格子数が他の要素に比較して少なく、KoMMeDS−NFの使用によって明らかに増加するとともに、その割合も北太平洋で約7.3%増加した。
表1:
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1889−1932年の期間において緯度4°x経度10°の各格子に海面水温データが存在する数
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北太平洋 |
北大西洋 |
COADSのみ |
80800 |
64380 |
COADS+KoMMeDS |
84411 |
64454 |
KoMMeDSの寄与した数 |
3611 |
74 |
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表2:
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1889−1932年の期間における各要素のデータが存在する格子数
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気温 |
海面気圧 |
スカラー風速 |
東西風 |
南北風 |
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北太平洋 |
北大西洋 |
北太平洋 |
北大西洋 |
北太平洋 |
北大西洋 |
北太平洋 |
北大西洋 |
北太平洋 |
北大西洋 |
COADSのみ |
81879 |
64506 |
67111 |
59589 |
82698 |
64818 |
81926 |
64559 |
80845 |
64499 |
COADS+KoMMeDS |
85402 |
64584 |
72386 |
59716 |
86092 |
64882 |
85460 |
64630 |
84465 |
64568 |
KoMMeDSの寄与した数 |
3523 |
78 |
5275 |
127 |
3394 |
64 |
3534 |
71 |
3620 |
69 |
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4. COADS+KoMMeDS−NF結合データセットを用いた解析
COADS+KoMMeDS−NF結合データセットを用いて、各要素に対するEOF解析を行って時間・空間に特有な変動を調べた。その際、欠測格子は時間的・空間的に内挿する必要がある。本研究では、月平均データをSSTは1月から3月の3ヶ月間、他の要素については12月から2月の3ヶ月間の平均値を冬季平均データとし、これに時間方向に3年まで連続して欠測が存在する場合、その前後の年の平均値を冬季平均データとした。最後に、欠測格子の南北あるいは東西に隣接する格子が欠測でない場合にそれらの単純平均によって空間内挿を行った。その結果、北太平洋・北大西洋両海域において1910−1997年の88年間をカバーする長期間のCOADS/KoMMeDS−NF統合データセットが作成された。
この結合データセットを用いて、3年移動平均した時系列に対してEOF解析を行った。その結果、SST場において、北太平洋の第2モードと北大西洋の第1モードの時係数は相関係数が0.82であり、95%で有意な相関がある(図4)。この変動は、北太平洋においては北太平洋中央部(図5a)、北大西洋においては湾流域(図5b)において1940年代後半に極大となり、1910年代後半および1980年代後半に極小となる60−80年規模の長期変動の存在を示唆するが、これらの特性は過去の研究と矛盾しない(Minobe、2000)。こうしたSST変動が海洋に特有の現象であるのか、また大気との相互作用に起因する現象であるのかに興味が持たれる。なお、SSTデータにはFolland & Parker(1995)によって指摘されるバケツ採水データヘの補正の必要性があげられるが、本研究作成データでは未補正である。しかしながら、上述の60−80年変動に対する影響は小さいと考えられる。
一方、北太平洋における第1EOFモードはアリューシャン低気圧、北大西洋における第2EOFモードはアゾレス諸島高気圧およびアイスランド低気圧の勢力に特徴づけられる気圧変動のみならず当該海域における東西風変動との相関が認められ(図省略)、両海域における海洋−大気変動と密接な関係があることが示唆された。
以上より、北太平洋及び北大西洋の海面水温の数十年規模変動には、各海域で固有な変動と両海域間で関連性をもつ変動が存在することが示唆された。
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