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第3部 解析作業部会による研究成果
3.1 概要
 平成7年度以来継続してきた電子媒体化事業により、デジタル化された「海上気象報告」が蓄積され、気候変動の厳密な解析ができるようになった。そこで、平成11年度から専門の研究者から成る解析作業部会(第1部p.6)を設置し、解析研究を推進してきた。第3部では平成14年度における解析作業部会の成果を収録する。
 
題名:レジームシフトの季節発展
著者:安中さやか・花輪公雄(東北大学大学院理学研究科)
要約:1−3月と7−9月の両時期について、南半球を含めた全球規模におけるdecadalスケール変動の符号反転(レジームシフト)の季節発展とその後のシグナルの維持を調べた。その結果、次が明らかになった。(1)太平洋域にシグナルを持つ5回のレジームシフトは、両時期において全球規模の広い海域で符号反転を示す。(2)北半球でシフトが起こる前年の7−9月に太平洋赤道域で符号反転が起こり、その後1−3月に北太平洋中央部やアラスカ湾の符号反転が起こっている。(3)インド洋や北大西洋の反転は1−3月に大きく、南太平洋の反転は前年の7−9月に顕著に現れている。(4)レジームシフトは、1年で速やかに状態を反転させるENSOと同期して起こる。(5)レジームシフトは、ENSOモード、北太平洋モード、北極振動モードの同期した符号反転として表される。(6)太平洋熱帯域のシグナルは、東部では風偏差の弱化に伴って消滅するものの、中央部ではシフトの後も持続する。(7)ENSOモードと北太平洋モードの同期した符号反転は、Masusda(2002)のモデル結果と一致する。
 
題名:COADS/KoMMeDS−NF統合データを用いた北半球冬季の海上気象要素の長期変動
著者:服部友則・轡田邦夫(東海大学海洋学部海洋科学科)
要約:KoMMeDS−NFによって、COADSの欠測データがどの程度補充されるか調べた結果、空間的には北太平洋の日本近海・ハワイ付近・米国西岸およびニューギニア付近を主とした海域において、時間的には1920年代以降において顕著に補充されたことがわかった。次にCOADSとKoMMeDSの統合データセットを作成し、冬季平均の時系列に対する経験的直交関数解析を行った結果、北太平洋および北大西洋における海面水温の数十年スケールの変動には、各海域において固有な変動と、両海域間に関連する変動が存在することが示唆された。
 
題名:神戸コレクションの品質管理と露点温度に見られるデータ品質の特徴
著者:小司晶子、石井正好、杉本悟史、松本隆則(気象庁)
要約:気象庁は神戸コレクションの品質管理をWMOの基準に従って行った。観測値には品質管理フラグをたてたが、ほとんどのデータはフラグ1(正しい)であり、正常範囲内であることを示した。露点温度に関しては補正を行っていないが、全球平均の時系列を計算すると、1960年頃を境に以前の露点温度が他種の温度に較べ正偏差に偏っている。日本では1940年代までは乾球・湿球とも自然通風で測定していたが、それ以降は強制通風による乾湿計が用いられたという報告があり、さらに風速4m/s以下の場合、水蒸気圧の計算に用いる乾湿球定数が一定でなく風速に依存するという。これによる換算誤差の可能性も推測されることから、今後、新しい回帰式を作成し、露点温度の補正量の見積りを検討したい。
 
3.2 レジームシフトの季節発展
安中さやか・花輪公雄(東北大・院・理)
 
1 はじめに
 北半球におけるdecadalスケールの変動に伴うシグナルは南半球にも見られることは、これまでの研究でも指摘されており(Mantua & Hare,2002;Xie&Tanimoto 1998)、南半球の変動が北半球に影響を与えているとの提案もなされている(Luo & Yamagata 2000)。しかし、南半球海面水温(SST)場の長期変動を直接扱った研究は非常に少ない上、北半球における変動との関係はほとんど議論されていない。また、過去の長期気候変動の研究は、北半球冬季に着目して行われているが、南北両半球の季節は反転していることから、ある季節に限定した解析では、全球規模の変動をうまく記述できない可能性がある。そこで本研究では、1−3月と7−9月の両時期を扱い、南半球を含めた全球規模におけるdecadalスケール変動の符号反転(レジームシフト)の季節発展とその後のシグナルの維持を調べることを目的とする。
 
2 使用するデータと解析方法
 COADSと神戸コレクションからSSTデータセットを作成した。また、SST変動に伴う大気変動を見るために、NCEP/NCAR再解析(Karoly et al.1996)の海面気圧(SLP)、500hPa高度、海上風データを使用する。SSTデータは1854年から存在するが、ある程度格子点が埋まる1901年以降を解析の対象とする。
 時系列の符号反転を検出するために、multiple change−points test(Lanzante 1996)を行った。これは、パラメータを必要とせずに、データの不連続点を検出する方法である。また、データの値そのものではなく、順位を用いることで、極端なはずれ値の影響を抑制することができる。
 
3 結果
 multiple change−points testを用いて、有意なSST符号反転を示す格子点の割合を時期毎に計算した(図1)。その結果、Yasunaka & Hanawa(2002;2003)で見出されたレジームシフトのうち、1988/89年のシフトを除く、太平洋熱帯域にシグナルを持つ5回のシフト(1925/26年、1945/46年、1957/58年、1970/71年、1976/77年)は、両時期において全球規模の広い海域で符号反転を示すことが分かった。一方、季節間の前後関係を見ると、まず7−9月に熱帯域でシフトが起こり、その後1−3月に全域でシフトが起こっているように見える。
 レジームシフトの季節発展の空間分布を調べたところ、太平洋熱帯域にシグナルを持つ5回のシフトは、お互いによく似た季節発展を示すことがわかった(図2)。北半球でシフトが起こる前年の7−9月に太平洋赤道域で符号反転が起こり、その後1−3月に北太平洋中央部やアラスカ湾の符号反転が起こっている。インド洋や北大西洋の反転は1−3月に大きく、南太平洋の反転は前年の7−9月に顕著に現れている。このような季節発展の特徴はENSOイベントの発展の特徴とよく似ている。
 レジームシフトとENSOイベントとの関係を見るために、ENSOイベントの指標であるNino3.4指数の時系列を示す(図3)。レジームシフトが起こった年は、1年のうちにエルニーニョ(ラニーニャ)状態からラニーニャ(エルニーニョ)状態へ急激に遷移した年であることが分かる。また、シフト時のENSOイベントは、7−9月に発生し、ダラダラと偏差の持続する長期停滞型のイベント(堀井2002)となっている。一方、このような観点から見ると、1940年代のシフトは、1941/42年に起こったように見える。1940年代は、北太平洋中央部で極端にデータの少ない期間であるために、SST場からの検出がうまく機能しなかった可能性がある。また、太平洋熱帯域にシグナルのないシフトと分類された1988/89年のシフトも、ENSOイベントに同期して起こっている。
 シフトにおいて反転したシグナルは、その後、弱まるものの完全に消えることなく、ほぼ全ての海域で、次のレジームシフトまで持続している(図4)。ただし、最も変化の大きかった太平洋赤道域東部のシグナルは、ほとんどなくなっている。また、この海域における海上風場の変化は、シフト前年の7−9月に大きな収束(もしくは発散)偏差があるものの、その後の期間では、有意なシグナルがなくなっており、SSTシグナルと一致した持続性に関する特徴を示す。
 SST場における卓越変動モードを求めた。まず、熱帯域で最も卓越する変動として、Nino3.4で表されるENSOモードが得られた(図5a)。次に、ENSOモードを差し引いた場に対して、季節毎にEOF解析を行ったところ、北太平洋モード、北極振動モード、南半球トレンドモードが得られた(図5b−c)。ENSOモードは全球規模で両季節ともに最も卓越するモードである。北太平洋モード、北極振動モードは北半球1−3月、南半球トレンドモードは南半球で両季節を通じて卓越していた。各モードの時係数において、有意な符号反転の年を調べたところ、ENSOモード、北太平洋モード、北極振動モードが、レジームシフトの起こった年に有意な符号反転を示すことが分かった。すなわち、レジームシフトは、これら複数の変動モードの重ね合わせとして記述できると言える。
 
4 まとめ
 前節の結果より、以下のことが分かった。(1)レジームシフトは、1年で速やかに状態を反転させるENSOイベントと同期して起こり、そのイベントは偏差を長く持続させる長期停滞型である。(2)レジームシフトは、ENSOモード、北太平洋モード、北極振動モードの同期した符号反転として表される。(3)太平洋熱帯域のシグナルは、東部では風偏差の弱化に伴って消滅するものの、中央部ではシフトの後も持続する。
 Masuda(2002)は、北太平洋熱帯外の海洋が、ゆっくりとした海洋調節で、アリューシャン低気圧の符号を反転させる背景状態を用意している場合、ENSOイベントが引き金となって、アリューシャン低気圧の符号反転が起こるととを簡単な非線形モデルにより示した。本研究における、ENSOモードと北太平洋モードの同期した符号反転は、Masuda(2002)のモデル結果と一致する。
 北太平洋モードに伴う大気循環場の変化は、北太平洋亜熱帯域西部に低気圧偏差を生む。その気圧偏差は、ENSOイベントを終わらせるのに重要な役割を果たすフィリピン海高気圧の発達を抑制するため、ENSOイベントを終わらせにくくするものと考えられる。
 以上のことから、decadal変動の符号反転(レジームシフト)は、ENSOイベントに位相固定し、それゆえ、階段関数に近く、かつ、明確な周期を持たない特徴を示すものと推察される。
 
参考文献
堀井孝憲, 2002:エルニーニョの発生時期と強さの関係. 東北大学大学院理学研究科修士論文, 118pp.
Kalnay, E. and Co-authers, 1996: The NCEP/NCAR 40-Year Reanalysis Project. Bull. Amer. Meteor. Soc., 77, 437-471.
Luo, J. and T. Yamagata, 2001: Long-term El Nino-southern oscillation (ENSO)-like variation with special emphasis on the South Pacific. J. Geophys. Res., 106, 22211-22227.
Lanzante, L.R., 1996: Resistant, robust, and non-parametric techniques for the analysis of climate data. Int. J Climatol., 16, 1197-1226.
Masuda, S., 2002: Role of the ocean in the decadal climate change in the North Pacific. J. Geophys. Res., 10.1029/2002JC001420.
Mantua, N.H. and S.R. Hare 2002: The pacific decadal oscillation. J. Oceanogr. , 58, 35 44.
Xie, S.P. and Y. Tanimoto, 1998: A pan-Atlantic decadal climate oscillation. Geophys. Res. Lett., 25, 2185-2188.
Yasunaka, S. and K. Hanawa, 2002: Regime shifts found in the Northern Hemisphere SST field. J. Meteor. Soc. Japan, 80, 119-135.
Yasunaka, S. and K. Hanawa, 2003: Regime shifts in the Northern Hemisphere SST field: revisited in relation to tropical variations. J. Meteor. Soc. Japan, 81(2).







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